こんにちは、書評家の卯月 鮎です。歴史の教科書が今と昔で違うというのは、ネットやテレビでもしばしば取り上げられる話題です。鎌倉幕府の成立年は1192年と信じて疑っていませんでしたが、最近では1185年説が主流で、多くの教科書が1185年を採用しているとか。
仮に30代以上が「いい国(1192)つくろう鎌倉幕府」と覚えていたとして、今や8000万人以上が無意味な語呂合わせを記憶している状態……。ちょっと怖くてちょっと笑える、大掛かりなコントですね。
時代を追って変わりゆく教科書
歴史の教科書も変わっていますが、理科の教科書も時代を追うごとに内容が変化しています。今回紹介する新書は『こんなに変わった理科教科書』(左巻 健男・著/ちくま新書)。著者の左巻 健男さんは理科教育の研究者で、東京大学教育学部附属中高教諭、京都工芸繊維大学教授、同志社女子大学教授、法政大学教授を歴任し、現在は「RikaTan(理科の探検)」誌編集長を務めています。『暮らしのなかのニセ科学』(平凡社新書)、『絶対に面白い化学入門 世界史は化学でできている』(ダイヤモンド社)など、理科・科学に関する著書も多数です。
姿を消したアルコールランプ
「生活単元学習の時代」「現代化の時代」「厳選とゆとり教育の時代」「理数教育充実の時代」……戦後の理科教育を約10年ごとに7期に分けて、切り替わる教科書を通じて、日本の理科教育を見つめていく本書。もちろん、「今はもう、これ教えてないの!?」「あの用語がなくなった!?」という驚きも満載です。
第2章の物理・化学に続いて、第3章は生物・地学について。生物の授業で一番インパクトがあったのは、「カエルの解剖!」という人も多いのではないでしょうか。私も、カエルの足に電流を流して筋肉が動くのを確かめた記憶がうっすらとあります。
ですが、2000年代の生物の中学教科書ではカエルの解剖についての掲載が減り、準備と後片付けが大変なうえ、動物愛護の観点もあってカエルの解剖は行わない傾向になっているそう。「子どもたちは教科書にある解剖図を眺め、視聴覚教材で画像を見ることで、動物の体のつくりを知ったつもりになってしまっています」と左巻さん。
代わりといってはなんですが、2010年代の教科書で「無脊髄生物」の項目が復活したため、イカの解剖がよく行われているとか。確かにイカなら用意も簡単そうですが……。
第5章を読むと、実験器具も変わってきていることがわかります。理科室といえばアルコールランプや石綿付き金網など独特の器具がズラリと並んでいました。しかし、アルコールランプは「倒れやすい」「炎の調節が難しい」「事故が多い」といった理由からお役ご免に。
現在の主流は実験用ガスコンロ。つまみを回せば点火でき、炎の調節も簡単なため対流の実験もしやすいとか。このアルコールランプの巻き添えになったのがマッチです。実験でマッチを使うことはほぼなくなり、実生活でもマッチを見る機会が減り、マッチをすれない子も……。便利になった半面、できないことが増えていくというのは少し皮肉を感じます。
中学で放射線と放射能の違いまで学んでいた1960年代、ゆとり教育時代になくなり、また復活した元素の周期表、光電池や発光ダイオードが教材として採り入れられたここ最近の小学校理科……。長年理科教育に携わってきた左巻さんの視点から、教科書の項目、用語、実験を軸に語られる教科書の変遷。そこから科学立国を目指してきた日本の戦後モデルの紆余曲折も透けて見えます。
読者の興味をひきながら、丁寧な口調とわかりやすい説明で進んでいく本書。「子どもは知りたがり」「科学をたのしむ姿勢を育てたい」という左巻さんのメッセージもよく伝わってきます。
【書籍紹介】
こんなに変わった理科教科書
著者:左巻 健男
発行:筑摩書房
カエルの解剖、ショウジョウバエの飼育、有精卵を使った成長観察、かいちゅうや十二指腸虫の感染経路の写真付き解説、たくさんの昆虫や季節の植物など、いまはもうない理科授業。約一〇年ごとに、理科は大きく変わってきた。新発見や説明法の見直しもあって、かつての常識がいまは非常識だったりすることもある。生活密着の五〇年代、科学立国を目指した六〇年代、米ソ冷戦の影響を受けた七〇年代まで、理科はどんどん難しくなったが、詰め込み教育への反省から八〇年代以降は精選、厳選へ。けれど二〇一〇年代以降、ゆとり教育批判で再び高度化した。理科教科書で戦後日本のあゆみを読み解く。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。