こんにちは、書評家の卯月 鮎です。みなさんは17歳のとき、何を考え、何をしていましたか? 学年でいえば高2か高3。私は、それまで皆勤賞だった学校をさぼって、上野あたりの美術館をフラフラしていました。悪いことをしたかったのか、勉強以外の知識を身につけたかったのかよくわからない毎日でした(笑)。
では、後世に名前を残した作家たちの17歳とは? さぞかし優秀だったのか? それともごく普通の若者だったのか? 今や成人年齢は18歳。子どもと大人の境目の17歳はすべてが揺れ動く年頃です。
日本文学研究者が作家の17歳を深掘り
今回紹介する新書は、『作家たちの17歳』(千葉 俊二・著/岩波書店)。著者の千葉 俊二さんは日本文学研究者で早稲田大学名誉教授。谷崎潤一郎を中心に、児童文学や森鴎外・寺田寅彦などの日本文学を幅広く研究しています。著書に『文学のなかの科学―なぜ飛行機は「僕」の頭の上を通ったのか』(勉誠出版)、『谷崎潤一郎』(集英社新書)などがあります。
日記に暗号で書いた作家とは!?
本書に登場する作家は太宰治、宮沢賢治、芥川龍之介、谷崎潤一郎、樋口一葉、夏目漱石の6人。個人的にやはり太宰治が気になります。『人間失格』に記された「恥の多い生涯を送って来ました」。こんな文章を書けるようになるには、どういった青年期を過ごしたのか……。第1章は太宰治が旧制中学3年生で、満年齢17歳を迎える1926年(大正15年/昭和元年)の正月から1か月ほど書いた日記の紹介から入ります。
「自分は今人生の岐路に立って居るのではないかと思って居る……その岐路に於ける自分の歴史を作って行かねばならぬと自分は思って居る」。若くしてこの自覚。のちに“太宰治”となって、人生を振り返ることがわかっていたかのような書きぶりです。
面白いのは日記のところどころに暗号風の表現が使われている点。「眼野大黄い尾ん菜(上-ウ覚成) 余尾見手居多」とは、「目の大きい女(女学生) 余を見ていた」となるのだそう。
こうした暗号は、異性を意識したときやタバコを吸うなど不良行為をしてしまったときに限られていたとか。隠しておきたい欲望をえぐり出していく後年の太宰文学を念頭に、「太宰少年は、それを直視するのを恐れるかのように、遊戯的な要素もまじえながら、おずおずと自分にしか分からない暗号的な表記で書いた」のではないかと千葉さん。暗号というメンタリティがのちに文学として昇華されていったのでしょうか。
顔ぶれのなかでは唯一の女性である樋口一葉の17歳は波瀾万丈でした。1889年(明治22年)に17歳で父を亡くした一葉は、樋口家(母と妹)を養う戸主という重責を背負うことに。このころの備忘録で一葉は、自分を「みの虫」にたとえているそうです。清少納言の『枕草子』をふまえた表現で、風に吹かれてブラブラ揺れながら「父よ、父よ」と力なげに鳴く姿を重ねています。
そして同じく17歳で、一葉は父に決められていた婚約者からまさかの言葉を告げられます。その内容とは……!?
過去の日記や世に出る前の文章など多数の資料が引用され、カジュアルな雑学本とは異なる知見の深さを感じる一冊。岩波ジュニア新書なので基本的なターゲットは中高生ですが、丁寧で読みやすい文章で書かれた、名作の背景に踏み込む分析は大人が読んでも「なるほど」と思わされます。
まだ何者でもなかった17歳の作家たちの素顔を知れば、親近感が湧くこと請け合い。本書をきっかけに、私も改めて数々の名作を読み返したいと思いました。
【書籍紹介】
作家たちの17歳
著者:千葉 俊二
発行:岩波書店
十七歳、誰もまだ「文豪」じゃなかったーー太宰治は作家になろうと決意し、宮沢賢治は進路をめぐって父に反発、芥川龍之介は友達と雑誌を作り、谷崎潤一郎は苦学生だった。夏目漱石は下宿で受験勉強し、樋口一葉は父と兄を亡くして一家を背負うことになる。作家たちの十代とその決断を、当時の日記や創作とともに紹介。
【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。