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2022/7/7 6:30

芸術家が「有楽町の超ど真ん中」で工房を構えて活動する理由・できる理由

まずはこの写真をご覧ください。

奥には壁いっぱい、窓にも広がって描かれた女性の絵、手前には彫刻のようなものが多数置かれています。ファッションブランドの店舗、ではありません。これらは、とあるアーティストたちのアトリエ(=作業場)なのです。しかもここは、有楽町駅から徒歩1分のオフィスビルの1階。超一等地といえる場所にあります。

 

普通に考えると、賃料はとんでもない金額になり、アーティストの創作の場とするには異色の空間のように思えてきます。

 

「ソノ アイダ#新有楽町」は、三菱地所の新有楽町ビルで展開されているアートプロジェクト。その中心的な企画「ARTISTS STUDIO」は、2人ないし3人のアーティストが自身の制作環境を移設し、約1か月半の間、アーティストの営みを展示、完成した作品の販売を行うというものです。

 

なぜ、有楽町に芸術家がアトリエを構えられるのか?そして、有楽町という街で創作活動を行う意味はどこにあり、どのような新しい価値が生まれるのか? 本記事では、参加アーティスト・藤崎了一さんとHogaleeさんに加えて、主催の株式会社アトム、協力の三菱地所の関係者に取材。このプロジェクトが持つ意味を伺いました。

 

アーティストの側から見た有楽町で活動する意義

そもそもアートの世界では、一般的にアーティストは家賃が安く制作しやすい郊外にスタジオを構え、作品だけが都心に展示される“ドーナツ化現象”が起こっているそうです。やはり有楽町が制作の場になるのは特別なことなのでしょうか?

 

Hogalee「壁画は基本的に現場へ行くので、都会のビルのこともありますし、逆に地方に足を運んでの滞在して制作する方式も経験しています。とはいえ、こんなビジネス街でやることはないですね。壁画を描く壁がたまたまビジネス街だったというのはありますけど、有楽町はさすがにないです(笑)」

Hogalee (ほがりー)さん:女性『girl / オンナノコ』をモチーフにコミック描写の線画にて記号化したものを描き続けている。現代アートやカルチャーの文脈をレイヤーにしたキャンバス作品や、空間描画(壁画)をアクリルペイントやマスキングテープでの描画するなど、作品の表現の場は幅広い

 

藤崎「僕は普段、茨城県にある鉄工所の一角を間借りしてアトリエにしています。有楽町は新鮮で、場だけでものすごく刺激になりますね。ビジネス街なので大体は素通りだけど、なかには食い入るように立ち止まって見る人もいます。その距離感が制作には心地がいい。

 

四六時中見られているような緊張と、無視されている感覚の行き来が面白いです。飲み屋街が近いから、酔った人がふらっと入ってくるなんてこともありました(笑)。美術館だと美術のリソースを持った人が来るじゃないですか。それとまったく違うので、そこも新鮮でした」

藤崎 了一さん:素材に対峙する自身の身体素材のもたらす「現象」という要素を掛け合わせることで、既知の素材を一気に飛躍させた表現へと昇華させる作品を発表。立体・写真・映像など、幅広いメディウムを用いる。 2020年にEmerging Photographer of the Year Awardファイナリスト受賞(英国)、sanwacompany Art Award / Art in The Houseファイナリスト受賞など

 

ふたりはすでに2年前の「ソノ アイダ#有楽町」で1度制作の場をともにした経験があり、今回は2度目。とはいえ、ふたりにとってはいつもの活動の場所とは勝手も違えば、雰囲気も違う。どのようにして創作は進んでいったのでしょうか。

 

藤崎「最初、何もない空間に入って、『じゃあどこから始めるか』というのがスタートなんですよ。窓からどう作品が見えて、どういうふうに配置すればふたりともにプラスになるか。お互いの立ち位置を見つけるために1週間から10日くらいは、制作しながら次の展開を考えていました。慣れてくると、置いたものを今度こっちに変えてみるかとか、場にとってどれが一番強度があるかとか、自分でも外から見たり、見た人の意見、感想を踏まえたりして試行錯誤していきました」

 

↑アトリエの外はショッピング施設や飲食店が入る商業施設ビル。アトリエは自由に見学することができ、2人と話すこともできる。街ゆく人は日々、作品が完成へと近づいていく変化を感じ取ることが可能

 

Hogalee「最初藤崎くんが結構がっつりやって、そこに僕が引っ張られてやりすぎちゃったということもありましたね(笑)。さらに藤元明(※1)のテコ入れも入って、『ここ空いてるじゃん、なんで隙間があるの?』と言われて。それで『うるせー、やってやる』って(笑)」

※1:2015年からアートプロジェクト「ソノ アイダ」を主宰するアーティスト。詳細は後述。

 

藤崎「そうなると今度は、こっちも負けてられないぞみたいになったり(笑)」

 

有楽町という場からも刺激があり、ふたりのアーティストが同じ場所で制作することでも互いに影響を及ぼし合う。インタビューは1か月半の制作期間の終わり間際。今、ふたりにとって有楽町とはどのような街なのでしょうか。

 

Hogalee「僕は女性を書く作家なので、有楽町はモチーフとなりそうな女性が溢れているイメージソースの街ですね。普段そんなに情報ソースがないので。休憩している時や歩いている時に、あの靴かわいいな、あの服いいな、という目線で見てます(笑)」

 

藤崎「郊外にいるとわからないことが、ここにはたくさんあります。社会の構造の中心ってこういう人たちが成り立たせているんだろうな……。社会を成立させている要素が今ここに集約されていると思うと見ていて面白い。そして、そのなかに自分が介入しているというのも心地よい刺激です。自分も街の一部というか、社会の一部になった感覚が有楽町にはあります。夜まで制作していたらワイワイガヤガヤし始めて、そうか今日は金曜日なんだなと。普段そうした曜日感覚がまったくないので(笑)」

 

Hogalee「ネクタイしている友達がいないからね(笑)」

 

主催者、サポートの立場から見たアートと有楽町の関係

アーティストにとっても、道行くビジネスパーソンにとっても、日常でありながら非日常の空間となっている「ソノ アイダ」。続いては、2015年から「ソノ アイダ」を主宰し、今回も中心的に関わるアーティストの藤元明さんと、プロジェクトをサポートする三菱地所の中森葉月さんに話を伺いました。

右 藤元明さん:1975年東京生まれ。東京藝術大学美術学部大学院デザイン専攻修了。FABRICA(イタリア)に在籍後、東京藝術大学先端芸術表現科助手を経てアーティストとして国内外で活動 左 中森葉月さん:三菱地所株式会社プロジェクト開発部有楽町街づくり推進室。有楽町の再構築に携わり、ソノ アイダをはじめとした様々な施策を実施、サポート

 

空きテナントの活用として都市の空間を埋めるために始まった「ソノ アイダ」。プロジェクトの名前としては特徴的で、一度聞いたら忘れられません。

 

藤元「テナントが入っていない空いた空間は呼びようがない、名前のない場所。だから“その間”と呼んだわけです。しかもテンポラリーで期間限定だから、時間的にも“その間”。空間も時間もその間なので、『ソノ アイダ』にしようと決めました」

 

2015年から、東京・池尻の空きテナントや蒲田にある改築直前の老舗花屋などを活用してきた「ソノ アイダ」。その後、三菱地所に声をかけられ、2020年に有楽町・国際ビルヂングの路面店で「ソノ アイダ#有楽町」が開催されました。

 

藤元デベロッパーがアートに注力する場合、都心にできた施設にアートを買って置くというのが基本だったんです。でも、そうなるとアーティストは郊外にいて、作品だけが都心に集まるドーナツ化現象に拍車がかかる

 

それを逆転するには賃料のロジックをどう攻略するかなんですよね。都心ではだれにとっても一律に高い賃料が課されているわけですが、そこに賃料とは別の価値というのが成立するようになれば、アーティストが制作する場として使えるようになる可能性がある。

 

三菱地所がこれを是としたら、ほかのデベロッパーもやるかもしれない。東京でそれが起これば、大阪や福岡でも起こるかもしれない。だから、これはイノベーションでありレボリューションだなと思うんですよ」

 

三菱地所の担当者として今回のアートプロジェクトをサポートしてきた中森さんは、デベロッパーという立場から、「ソノ アイダ」をどのように捉えているのでしょうか?

 

中森今までの街づくりは、ある程度お手本にするモデルが決まっていて、そのゴールに向かって理論的にきちっと逆算してつくっていくようなやり方が多かったと思うんです。もちろん有楽町でも『アートの要素がこの街には必要なんじゃないか?』『もっと多様性をもたらすにはどうしたらいいんだろう?』といった課題意識はあったんですが、それに対する正解というのは誰もわからなくて。

 

一方、『ソノ アイダ』は最初は何が出てくるかわからない状態。こういう世界観があるんだっていうのを私達も目の当たりにさせられたことで、有楽町が目指すべき方向がだんだん見えてきました。やっぱりアーティストの突破力はすごくて、ぼんやりしていたものを一足飛びにバーンと表現して、こういう世界でしょ! というのを創ってしまう。私たちはそこに学んでいる部分も多いですね」

 

デベロッパーとして有楽町再構築に取り組んでいる三菱地所。有楽町のど真ん中にアトリエを生み出すという構造は、三菱地所の所有する物件を活用することで成立していますが、長期的な視野に立った街づくりの哲学に基づいているといいます。

 

中森「今回の『ソノ アイダ#新有楽町』は、弊社は協力という形で参画しています。アートを通して都市の活性化に挑戦する株式会社アトムさんに物件を借りていただき、本プロジェクトが展開されています。

 

私達デベロッパーとしても、この街を良くしたいという想いはあるものの、全部を自分たちだけでやりきれるわけではありません。ですので、同じ方向で一緒にやっていける企業や個人のアーティストの方を、どんどんこの街に増やしていきたいと思っています」

 

藤元「人の紹介やマネジメントなど、中森さんのサポートがなかったら成り立たない部分は大きいですね。今回は役割分担が上手くいっているなと感じています。アーティストは街の人とコミュニケーションすることで、街にクリエイティビティをもたらす。

 

そして、その周りをどう固めていくかは、誰が主役というわけではなく、役割を担っている人たちが集まってバインドしていく。直接的な利益にはつながらなくても、それぞれが地域の活性化という社会的な課題にどう貢献できるかが重要です」

最後に、藤元さんにとって有楽町とはどのような街でしょうか。

 

藤元有楽町は“混ざっている街”だなと。いわゆるオフィスワーカーの日常であり、土日は家族連れやカップルも来る。また、有楽町は築50年を超えるレトロなビルもいっぱい残っていて、今は昭和と令和が混ざっているビジネス街だけど飲み屋街もある。今度はそこにアートが混ざろうとしています。カテゴリーで割っていったほうが合理的に思えますが、その価値観でやってきた結果、つながらない社会になっちゃった。

 

そこでもう一回混ぜようと試みている。これが新しい時代の解答かは未来にならないとわからないですが、少なくとも僕らは混ざったほうが面白いと思っている。合理的にビルを建てれば儲かるけど、街に無駄が少なくなって、気づいたら都心はつまらなくなってしまった。

 

そうしたなかで、アートは『まずやってみよう』という位置づけにあるんですよね。新しい建物ができたらセキュリティがうるさくて、何もできないかもしれない。有楽町が再開発中だから枠組みが緩んで混ざることもできるんだと思います」

 

街づくりは、割るのではなく混ぜる。合理的という名目で作られていた見えない壁を「アーティストの突破力」が破壊しつつある、それが今、有楽町で起きていることといえるでしょう。なお、ソノ アイダ#有楽町は6月29日から第5期がスタート。花崎 草さんと塩原 有佳さんによる活動が8月7日まで行われており、こちらも注目です。

 

まとめ/卯月 鮎 撮影/中田 悟