人気バラエティ番組『水曜日のダウンタウン』(TBS系)『マツコ&有吉かりそめ天国』(テレビ朝日系)、クイズ番組『くりぃむクイズミラクル9』(テレビ朝日系)『潜在能力テスト』(フジテレビ系)『全国高等学校クイズ選手権』(日本テレビ系)、そして謎解き番組『佐藤健&千鳥ノブよ!この謎を解いてみろ!』(TBS系)『今夜はナゾトレ』(フジテレビ系)まで──いまや日本のバラエティー番組には欠かせないキーパーソンが超人気構成作家・矢野了平さんだ。中高生のころからクイズに没頭した経験を土台にテレビ界入り。以降、“好き”を原動力にトップを走り続けてきた矢野さんに“番組作りへの尽きない情熱”について伺った。
(構成・撮影:丸山剛史/執筆:木村光一)
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クイズ作家? 基本的には構成作家です
──テレビのバラエティーやクイズ番組のスタッフロールに、矢野さんの名前を見かけない日はないような気がします。現在、どれだけの番組を担当されているのでしょうか?
矢野 テレビのレギュラー番組は10本くらいでしょうか。ラジオでも『田村ゆかりの乙女心症候群』(文化放送)『パンサー向井の#ふらっと』(TBSラジオ)、出版まで含めると通信教育教材『名探偵コナンゼミ』(小学館集英社プロダクション)の謎解き問題の作成といった仕事もしています。
──テレビだけでなくラジオや出版まで! 本業はクイズ作家ですよね?
矢野 元々、学生時代にクイズ番組の問題を作るアルバイトをきっかけにテレビの世界に入り、それもあってクイズ番組を得意にしてきましたが本業は構成作家です。僕の所属する事務所の社長の方針で「最初の3年間はクイズ禁止」と言われ、その間に台本やナレーション原稿の書き方や企画書の作り方を徹底的に仕込んでもらえたおかげで“クイズという武器を持った構成作家”になることができた。いわゆる“クイズのプロ”として声をかけていただいときには、わかりやすい肩書きとしてクイズ作家も名乗っていますが。
──それにしてもすごい仕事量です。睡眠時間は足りていますか?
矢野 あんまり無理をする性格ではないので眠くなったら寝るようにしてます(笑)。とにかく僕らは人を楽しませるのが仕事ですから、基本的に自分も楽しくあるべきだと思ってるので。それに番組づくりはチームワーク。つねにプロとしてのクオリティを保ち続けるのは大変ですが、みんなでひとつの番組を作っているという安心感もある。コロナ禍で突発的にスタッフの誰かが1週間動けない状況になっても、互いにカバーし合って乗り切っていくのを見て余計にそのことを実感しました。
中学高校時代からラジオのクイズコーナーで賞金稼ぎ
──矢野さんは中高生時代からクイズで収入を得ていたそうですね。
矢野 僕の家は母子家庭で裕福じゃなかったんです。子どものころからラジオとクイズが好きだったもので、試しにラジオのクイズコーナーに応募したのがきっかけでした。僕が中学生ぐらいのころはラジオ業界もバブルで予算があって、番組によってはリスナーが電話で参加してクイズに正解すると結構な額の賞金や商品がもらえた。中学高校の6年間は生活必需品をほぼ賞金で賄ってました(笑)。視力が落ちて眼鏡を買い替えなきゃいけなくなったり、自転車が欲しくなったりするとせっせとクイズコーナーにハガキを出してたんです。それで出演権を勝ちとって35万円分の国内旅行券やハワイ旅行をGETしたこともありましたね。大学の受験料もクイズの賞金から支払ったんです。
──すごい! そこまでいくと正真正銘の賞金稼ぎですね。
矢野 そうですね。僕にとってクイズはいちばんの趣味でしたが、高校に入学してすぐにクイズ研究会を立ち上げるほどのめり込んだのは、ズバリ賞金が欲しかったからです。純粋なクイズ好きからすると動機が不純に見えたかもしれません。でも、賞金や商品の存在が大きな原動力になってクイズに目覚め、さらにそうして熱中することによってクイズが僕の生き甲斐になっていったんです。
──そこまで夢中になったということは、早いうちからクイズで身を立てたいと考えていたわけですね?
矢野 いえ、大学生になると出演できるラジオ番組も減って、賞金を獲得できたのは解答者として出場したテレビの『パネルクイズ アタック25』(テレビ朝日系)での優勝と『クイズ$ミリオネア』(フジテレビ系)くらいでした。その代わり「バラエティ番組で使われるクイズ問題を作るアルバイト」が入ってくるようになった。ある番組は、毎週30問提出して5000円。採用されると1問につき1500円。採用率が高ければさらにボーナスがもらえる。元々好きなことだから全然苦にならなかったし、僕にとっては時給1000円の普通のアルバイトより割がよかったんです。そういう感覚で始めた仕事だったので、知り合いのプロデューサーに声をかけられて構成作家の見習いになってからも、それが本業という実感はなかった。これで食って行こうと腹を括ったのはだいぶ後になってからでしたね。
視聴者参加型番組が姿を消した理由
──このごろでは視聴者参加型のクイズ番組もめっきり少なくなり、解答者も芸能人ばかりになっています。なぜ、そうなってしまったのでしょう?
矢野 昔から『クイズダービー』や『世界まるごとHOWマッチ』(共にTBS系)のような芸能人によるクイズショーは人気がありましたし、それが視聴者参加型の番組に取って代わったわけではありません。僕はクイズ番組に“出る側”に憧れてクイズを始めたので、個人的には視聴者参加クイズ番組が好きで増えてほしいと願ってます。けど、なかなか視聴率が取れないんですよ。
──近年、矢野さんが構成を手掛けられた『超逆境クイズバトル!! 99人の壁』(フジテレビ系)は大評判を呼びましたが。
矢野 『99人の壁』は稀有な成功例です。実はその後もテレビ界では同じようなトライアルが行われているんですが、やっぱり思うように視聴率が取れない。したがってレギュラー化に至っていないというのが現状なんです。
──つまり、一般のクイズマニアを対象にした番組はウケが悪いと?
矢野 クイズマニアかどうかはあまり関係ないと思います。要は一般の方が解答者である場合、「この人はどんな人なのか」「どんな思いを背負ってクイズに挑戦しているのか」という背景を伝えるのに時間がかかる。視聴者は、一生懸命クイズに答えようとしている出演者を応援したいわけです。しかし、それがまったく見ず知らずの解答者だと、その人に感情移入するまでにどうしてもストロークが必要になる。
でも、解答者がタレントであれば、あらかじめ視聴者側もある程度の情報を持っていて「この人、たしかお金に困ってるんだよな」とか「この子、お馬鹿みたいだけど大丈夫なの?」とか、説明をしなくてもすんなり感情移入してもらえるんですよ。あるいは一般の人でも「東大生」とか有名進学校の「◯◯高校クイズ研究会」といった肩書きがあればわかりやすい。 『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)『家、ついて行ってイイですか?』(テレビ東京系)のような番組もありますが、どれも街録モノなので、スタジオクイズ番組とは勝手が違うという印象です。さらにテレビで顔と名前を露出するリスクが高い時代になってしまったという要因もあります。難しいです。
“謎解き”の本当の楽しさは“体験”にある
──“謎解き”もすっかりジャンルとして定着した感がありますが、矢野さんはそのブームの立役者といわれています。そこにいちはやく着目したきっかけについて聞かせてください。
矢野 先に言っておきますが、真の「ブームの立役者」はSCRAPであり、松丸くんですので(笑)。僕の場合は、単純に自分がやってみて楽しかったんです。普通にお金を払ってプレイヤーとしてイベントに参加したら面白くてハマってしまった。そこで『今夜はナゾトレ』(フジテレビ系)という番組の1コーナーの問題作成を東京大学の「AnotherVision」という謎解きサークルに依頼したところ、そこから謎解きクリエイターたちとの交流が生まれて人脈が出来上がっていった。とにかく彼らの発想力のすごさと、それを実現するための人材の豊富さには驚かされました。それからテレビ番組で謎解きを扱う際にアドバイスを求められるようになり、そうこうしているうちに自分でも問題が作れるようになった。これもクイズと同じで、好きなことに夢中になっていたら気づけばそれが仕事になっていたという感じです(笑)。
──テレビでは謎解きもクイズの一種のように扱われていますが、本来、クイズと謎解きの違いはどこにあるんですか?
矢野 実際にイベントとかに参加してみるとわかるんですけど、謎解きでもっと大事なのは、その世界観やストーリーに没入すること。どうすれば自分に降りかかった危機から脱出してヒーローになれるかを考え抜く。テレビだと時間も限られていてなかなかストーリーの面白さを伝えきれないため、どうしてもクイズ的な要素に目が向けられてしまうんですが、謎解きの本当の魅力は体験にある。感覚的には、問いに答えるのがクイズ。ミッションをクリアするのが謎解き。おおまかにはそんなイメージですね。
ネットで評判の動画の作り手は誰か
──YouTubeや動画配信やTikTokなどに押されて、もはやテレビはオワコンだと言われていますが、矢野さんはどう感じていますか?
矢野 たしかに、地上波のテレビ放送は多様化したライフスタイルにマッチしていません。ここ数年でようやく番組の同時配信も始まりましたが、局によってアプリが別々だとかとにかく面倒くさい。正直、番組のクオリティは年々向上して今が一番面白くなっていますから、もっと簡単にいろんな番組がスマホで見られるようになれば必ず視聴者は増えると思います。問題なのは試聴するためのシステム。TikTokとかYouTubeはテレビより見やすいから支持されているのだと思います。
──とはいえ短時間で気軽に楽しめるTikTokやYouTubeに比べるとテレビ番組は長尺過ぎる。それも若者のテレビ離れの要因と言われています。
矢野 地上波放送はいわゆる家にあるテレビという受像機で見てくれる人の数で成績がつけられるので、どうしてもお茶の間の視聴者をつかまえる方法を盛り込んだ番組になりがちです。でも『水曜日のダウンタウン』(TBS系)は1つのネタが10分とか15分ということもあって、一部が切り取られる形でYouTubeにアップされ、かなりの再生回数がカウントされてます。もちろん、それは違法行為なのですが、それが世の中の正直なニーズなのだとも感じます。そもそも「テレビは終わってる」と言っている人たちが面白がって見ているネット上の動画も、作ったのはテレビ番組の制作者たちであるケースが少なくないんですから。
──では、危機感はないと?
矢野 番組の作り手としては、正直、全く危機感はないです。というのも、最近ではYouTuberの企画のお手伝いもすれば地上波放送の番組からのスピンオフ配信用番組も制作している。むしろ地上波以外のメディアの仕事が増えているのが現状です。
──なるほど。メディアの多様化はコンテンツを供給する側にとってチャンスでもあるんですね。
矢野 テレビで育った世代としてはテレビの視聴者が減るのは寂しい限りですが、だからといってテレビの中身がゼロになることもありません。地上波放送にしても年々状況は厳しくなっているものの、それでもまだまだYouTubeではできないことがやれています。たとえば2年前、僕は『佐藤健&千鳥ノブよ!この謎を解いてみろ!』(TBS系)という番組にこんなアイディアを出しました。シチュエーションとしては佐藤健さんたちが“時限爆弾を止めるコードの色”を少し離れた場所にいるノブさんに伝えたいのだけれど通信手段が何もない。手元にあるのは“照明の色を変えられる魔法のリモコン”だけ──実はそれは「ひょっとしたら東京タワーの色を変えることでコードの色を伝えられるんじゃないか」と閃けるかという謎解きで、番組の最後、実際に夜空にライトアップされた東京タワーの色が一瞬で変化するという仕掛けをやったんです。
──それはまた大掛かりな謎解きですね。
矢野 これはインパクト抜群でした。もちろん、制作費に糸目をつけなければ可能な演出です。でも、この壮大で豪華な仕掛けの本当の価値は通常の制作予算内でそのアイディアを実現したこと。地上波放送のテレビ番組の作り手たちにはそういう離れ業をやってのけるノウハウの蓄積もあるんです。逆に言えば、これから他のメディアへの進出がもっと活発化していけばYouTubeでもそういうことができるようになるかもしれませんし、今後YouTubeで育った人たちがそのノウハウでテレビをもっと面白くしてくれるかもしれない。いずれにせよ、僕のやるべき仕事は面白い番組作り。テレビもラジオも配信も、扱う機械が違うだけで、基本的なスタンスにそう違いはないと思っています。