大量生産・大量廃棄による環境への負荷や、作り手が置かれた劣悪な労働環境と人権侵害など、多くの課題を抱えてきたファッション業界。それを改善すべく今注目されているのが、「サステナブルファッション」あるいは「エシカルファッション」の考え方です。
今回は、エシカルファッションデザイナーとして活動する小森優美さんに、ファッション産業の実態、同業界におけるサステナブルな取り組みについてうかがうと同時に、私たち各自ができるアクションについてもアドバイスいただきました。
「サステナブルファッション」、「エシカルファッション」とは?
まずは「サステナブルファッション」について、言葉の意味と、注目されるようになった背景について、小森さんに教えていただきました。
「ひとことで言うと、ファッションを持続可能なものにするための、環境や人に配慮した取り組みのこと。例えば、環境への負荷が少ない素材やリサイクルできる素材で服をつくること、古着を着たりリペアやリメイクをしたりすることによって服の寿命をできるだけ長くすること、作り手の労働環境や人権を守るための仕組みをつくることなど、多種多様な方法があります」
また、サステナブルファッションと同じように「エシカルファッション」という言葉もよく使われます。どう違うのでしょうか?
「『エシカル』は直訳すると『倫理的な』という意味で、私個人としては、エシカルファッションはどちらかというと情緒的・共感的なニュアンスが強いような気がしています。サステナブルファッションは機械的な循環のイメージもありますが、エシカルファッションはより個人的な心の在りようを重視する、というイメージで考えてもらうとわかりやすいと思います」(エシカルファッションデザイナー・小森優美さん、以下同)
「サステナブルファッション」が注目される理由
「サステナブルファッションが近年注目されるようになった背景には、さまざまな情報にアクセスできるようになったことがあると考えられます。そもそも私たちが“サステナブルではない”服を選んでしまうのは、その服がつくられる背景を知らないことが大きな原因です。もし自分の着ている服が、環境や人を傷つけながらつくられたものだと知ったら、あまり着たいとは思わないですよね」
そこには、複雑な生産工程の陰に実態が見えにくくなってしまう現実がありました。
「ファッション産業は、もともと生産から消費までの過程が非常に長く、消費者に近い人ほど服がつくられる背景は知られていませんでした。しかし、あらゆる情報にアクセスできるようになった今、『自分が着ている服は環境や作り手の人権に配慮されているのか』ということを、以前よりは簡単に調べられる時代になりました。そのため、服の生産過程などに対して敏感になる消費者が少しずつ増え、それに伴って業界全体の意識も変わり始めたのではないかと考えています」
完璧な解決策はない!? ファッション産業が抱える課題
これまでのファッションのあり方が見直され、課題解決のための取り組みが進んでいるファッション産業。しかし、小森さんは「課題はまだまだ山積み」だと話します。
「ファッション産業では、原材料の調達、生地や服の製造、輸送、廃棄など、一つ一つの過程で環境への負荷がかかります。そのため、ひとことでは言い表せないほどたくさんの課題があり、一筋縄ではいかないのです。
例えば『環境に配慮した原材料』を考えようとしても、これを選べば解決するという答えがありません。再生ポリエステルなどの合成繊維は仕組みとしてまだまだ不安定ですし、コットンなどの天然繊維も、栽培時に水や農薬を大量に使用します。さらに、無農薬のコットンでさえ、大量に生産すれば水を大量に消費するため、完璧な解決策とは言い切れません。環境も人もまったく傷つけることなく、完璧なものをつくることはとても難しいことなのです。このような状況で、ファッション産業に関わるさまざまな人たちが、課題解決のために試行錯誤しながら取り組んでいる、というのが現状だと思います」
そして小森さんも、作り手として実際に課題解決に挑んでいます。
「私自身は現在、草木染めのランジェリーブランド『Liv:ra(リブラ)』を運営し、商品のデザインを手掛けています。リブラの商品の特徴は、京都の職人による新万葉染めという草木染めの技術を用いていること。無農薬の植物を使って、1点ずつ手染めしています。また、生地には天然素材のシルクを使用しています。さらに商品は受注生産しているため、廃棄率は0%です。
しかし、このようにさまざまな工夫をしていても、環境への配慮が完璧にできているわけではありません。例えば、ランジェリーには一部、合成繊維であるナイロンでつくられたレースを使用しています。もちろんこれにはいくつか理由があるのですが、一つは、ナイロンを組み合わせることで、シルクの製品の寿命をのばすことができるから。そしてもう一つは、レースをつけたほうがデザイン的にかわいいと考えているからです」
ただ環境にいいだけでは、環境を救えない!?
「私はリブラの商品をデザインするときに、『環境にいいものをつくらなければ』と意識しすぎないようにしています。極端な話ですが、本当に環境に配慮したものを新しくつくろうと思うと、何の飾りもない生成りの服にするのが一番いいはずです。ですが、全部がそうなるとつまらないですよね。
自分が『かわいい!』『素敵!』と思う服を着ることで、気分が上がったり楽しくなったりする。このようにファッションの中心には、ワクワクする気持ちがあるべきです。その気持ちを忘れず、環境に配慮したものづくりをすることが大切だと考えています。今後も、両者のバランスを考えながら、妥協せずものづくりをしていきたいです」
たしかに、素直に可愛い! 欲しい! と思えるものでなくては、長く使い続けることは難しいですよね。デザインの力は、サステナブルの視点においても侮れません。
丁寧にものづくりをするブランドを増やしていくことが大切
今後、サステナブルファッションの実現に向けた動きをさらに加速させていくためには、どのような取り組みが必要なのでしょうか? 引き続き小森さんに伺いました。
「私はこれからのファッション産業で、丁寧なものづくりをする小規模なブランドが増えていくことが大切だと考えています。環境や人に配慮したものづくりをするためには、自分たちのつくるもの一つ一つにきちんと目を行き届かせ、一緒にものづくりをする取引先の人たちと密にコミュニケーションを取っていくことがとても重要です。それを実践しようと思うと、自然と小規模なものづくりが増えてくると思うのですよね。実際、最近はそうしたサステナブルファッションブランドが増加傾向にあると感じています。
しかし今はまだ、新しいサステナブルファッションブランドが生まれては消えていくという過渡期の状態です。ブランド自体を“持続可能”にしていくためには、考え得るあらゆる工夫が必要だと思います。環境も人もなるべく傷つけない仕組みのなかで質の良いものをつくることはもちろん、お客さんに知ってもらうためにきちんと情報発信していくことも重要です。小さなブランドでものづくりを続けていくためにはさまざまな戦略やスキルが必要ですが、ブランド同士が横のつながりで協力しあいながら切磋琢磨していくことが、一つ一つのブランドの成長にもつながると考えています」
さらに、小森さんが重要だと考えていることがあるそう。
「それは日本の文化を見直すこと。私が運営するリブラで行っている草木染めも、およそ2000年前から続くともいわれる日本の伝統技術です。もちろん当時の日本でサステナブルが意識されていたわけではありませんが、日本では昔から環境への負荷が少ない方法で、ごく自然にものづくりが行われてきました。
例えば食の分野で言うと、食材の保存性を高め、無駄なくおいしく食べることができる“発酵食品”の文化もその一つです。このようにファッション分野以外でも、日本には持続可能な仕組みの中で長く続いてきたものがたくさんあります。そのため『サステナブル』を語るとき、日本の文化はとても重要な要素の一つだと考えているんです」
ファッションを持続可能なものにするために、私たちができること
ファッションを持続可能なものにしていくためには、個人がアクションを起こしていくことも必要です。最後に小森さんから、私たち一人一人ができることについてアドバイスをいただきました。
「まずは“サステナブルな服”を手に取ってみてほしいです。そのときに大切なのは、自分の好きなファッションを第一に考え、その中でサステナブルな服を選ぶということ。現在、服がつくられる背景を知るための情報は、たしかに手に入りやすくなりました。その一方で、たくさんの情報があると何が正しいのかわからなくなってしまうこともあると思います。しかしサステナブルファッションに完璧な答えはないので、『正しいもの』を選ぼうとするよりも、自分の『好き』を考え、選ぶことが大切ではないでしょうか。
私自身は、これまでたくさんの服を見たり着たりして選択を積み重ねてきた結果、自分の『好き』がわかるようになりました。私のように特別ファッションが好きな人でなくても、自分の好きなファッションを知ることは、とても楽しいことだと思います。『流行っているから』という理由だけで、どこにでもある服をなんとなく選ぶより、本当に自分に似合う一着、つくられた背景に深く共感できる一着を選ぶ。そのほうが自分らしく、ハッピーでいられますよね。
そして、好きな服を選ぶことができれば自然と長く大切に着ることができますし、手放すときにもフリマアプリや古着屋で貰い手が見つかりやすくなります。自分の好きな服を選べば、特別なことをしなくても、自然と『サステナブルファッション』につながるのではないでしょうか」
でも、サステナブルな服を買う、それだけで終わってほしくないとも、小森さんはいいます。
「これはファッションに限らず言えることですが、サステナブルな製品を買う人がただ増えるだけでは、世界を変えることはできません。これからは、日常生活において、環境を守るためのさまざまなアクションを自ら起こす人を増やしていくことが重要なんです」
「例えばリブラでは、草木染めの色が落ちてきたランジェリーを自分で染め直すことができる『染め直しキット』を販売しています。このように自分が持っている服をお直ししたりアップサイクルしたりすることも、個人でできることの一つです。少し手間のかかることかもしれませんが、それ以上に楽しさを実感できると思います。
“消費者”から“実践者”となり、自分の手で創り出していくこと。これが本当の『サステナブルなアクション』の第一歩ではないでしょうか」
プロフィール
社会起業家・エシカルファッションデザイナー / 小森優美
株式会社HighLogic代表取締役、一般社団法人TSUNAGU代表理事。
草木染めシルクランジェリーブランド「“Liv:ra」(リブラ)”のデザイナーとして自身の自己表現を探求すると同時に、一般社団法人TSUNAGUでは「心の変容から起こる社会変革」をコンセプトに、個人の心の変容から起こっていく本質的な社会変革を目指す実践的なラボを運営中。幸せな感覚から生まれる直感的なインスピレーションに従って、プロダクトデザイン、システムデザイン、講義・講演など、エシカルファッションを軸に多分野で活動する。