こんにちは、書評家の卯月 鮎です。あれは確か大学生のころ。駅前の輸入食品店に、キャンベルのスープ缶が売っていました。それを見た私は「おお、これがアンディ・ウォーホルの絵で有名な缶詰か!」と感動気味で買って帰り、缶を眺めながらスープを飲んだのを覚えています。
誰もが知っているありふれた缶をそのままアートにしたことで評価されている作品。ですが、私にとっては「アートになったありがたい缶」で、オシャレさすら感じていました。ウォーホルがこれを知ったら、「そういうことじゃないんだよなあ」とツッコミを入れたかもしれません(笑)。
現代アートは何がすごいのか?
さて、今回紹介する新書は『現代アートはすごい デュシャンから最果タヒまで』(布施 英利・著/ポプラ新書)。現代アートというと青一色の絵があったり、マンガの一コマが拡大されていたりと、何がすごいのかよくわからないという声も聞かれます。本書はそれぞれのアーティストのエピソードや代表的な作品を糸口にしたわかりやすい入門書。読み終えると現代アートへの興味が深まり、その正体が掴めた気分になります。
著者の布施 英利さんは芸術学者、批評家。東京大学医学部助手(養老孟司研究室)を経て、現在は東京藝術大学美術学部教授。著書に『脳の中の美術館』(ちくま学芸文庫)をはじめ、『構図がわかれば絵画がわかる』(光文社新書)、『人体 5億年の記憶 解剖学者・三木成夫の世界』(海鳴社)などがあります。オンラインで電脳アカデミア「美の教室」と「自然の教室」の講座にも取り組んでおり、本書はその講座内容をピックアップして文章化したものとなっています。
小学生ならデュシャンがわかる!?
まずは序章「現代アートのはじまりは、マルセル・デュシャン」。「現代アートの父」と呼ばれ、難解なイメージもあるデュシャンを読み解きます。代表作「泉」(1917年)は、署名と年号が書かれただけの男性用小便器。誰でも参加できる公募展「ニューヨーク・アンデパンダン」展に出そうとして拒否されました。
「現代アートは小学生でもわかる」。小学生的な目線で入って、そのあとにいろいろ考えてみるのが鑑賞法のひとつという布施さん。もし、小学校で「家にあるものでアートを作る」という授業があって、便器を持ってくる子がいたら、先生には叱られるかもしれないが同級生には大ウケするでしょう、と。布施さんは、つまり「泉」はそういう作品だといいます。
デュシャンが「モナ・リザ」の顔にひげを描き加えた「L.H.O.O.Q.」(1919年)は、政治家のポスターにいたずら書きしたと思えば、子どもならその衝動の魅力を理解できるだろうと布施さん。
確かに、小学生のような素直な眼差しでデュシャンの作品を見れば、驚きと茶目っ気あるいたずら心が伝わってきます。晩年、デュシャンはチェスでトップクラスのプレイヤーとなり、アートをやめたように見せかけた裏で作品を作り続けていたそうです。死後に公開された、穴を覗いて鑑賞するオブジェ作品「遺作」の、本書での解説もなるほどと納得できました。
ジャクソン・ポロック、アンディ・ウォーホル、ナム・ジュン・パイク、ダミアン・ハーストと、時代を追って代表的なアーティストが取り上げられていきます。そして第6章では「河原温 現代アートで、初めて世界に認められた日本人アーティスト」「最果タヒ 詩は現代アートになるのか」など、日本人の現代アーティストも紹介されています。
美術の難しい専門用語はほとんど使われておらず、読みやすい文章で解説されている本書。アーティストの個性的なエピソードにも触れられ、“人”にも“作品”にも興味が湧いてきます。新書だけに図版は少なめなので、興味を持った作品は、ネットで検索しながら読むとより楽しめるでしょう。
現代アートの魅力を多くの人に伝えたいという熱のこもった想いを感じ、アートの本質を理解するための補助線となる視点もしっかり入っている本書。単なる現代アートのガイドブックとは一線を画します。「アートってなんだろう?」。気楽に考えるきっかけと、深くまで潜り込める手助けとなる一冊です。
【書籍紹介】
現代アートはすごい デュシャンから最果タヒまで
著:布施 英利
発行:ポプラ社
ジャクソン・ポロック/アンディ・ウォーホル/河原温/クレス・オルデンバーグ/ルネ・マグリット/アルヴァ・アアルト/会田誠など美術館へ行く前に、行った後に、この一冊。現代アートの正体とは何か?
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。