本・書籍
2022/12/31 20:30

異世界転生/異世界転移ものの極北から国民的作家の評論まで—— 歴史小説家が今年紹介しそびれた「面白本」5冊

毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史小説家・谷津矢車さん。今回は「選書しそびれていた面白本」。新書から、小説、マンガ、異世界転生ものまで、気になった一冊とともに正月休みを過ごしてはいかがでしょう?

 

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2022年も残すところ20日といったところである(執筆当時)。皆さんはいかがお過ごしだろうか。かくいうわたしは仕事がしっちゃかめっちゃかである。関係各所が正月休みに稼働できない分、そのしわ寄せが年末に来るのは作家も同じこと、特に年をまたぐ仕事の場合、なんとなく「年末までに提出してくださいね」と指定が入る場合が多い。わたしもこの原稿に当たりつつ、今年は年越しそばをのんびり食べる時間はあるかしらと心配している今日この頃である。師走の寒空の下、必死で働いている皆様にエールを送りたい。

 

年末といえば、「ベスト」企画が目白押しである。各小説系雑誌でもそうした企画が打たれているのをご覧になった方も多かろうと思う。というわけで、今月は2022年のベスト本をご紹介……といくのが正しい姿勢なのだが、残念なことにわたしはへそ曲がりである(そもそも作家であるわたしに素直さなんて期待しないでいただきたい)。

 

というわけで今回の選書テーマは、「谷津が選書しそびれていた面白本」である。選書の仕事をしていると、選書テーマの兼ね合いで、紹介したいのだけどできない本が出てくるものなのだ。というわけで、お付き合い願いたい。

 

「弔う」という行為を想う

まずご紹介するのはエッセイから。『親父の納棺』(柳瀬博一・著/幻冬舎・刊)である。東京の幹線道路である国道16号線を主軸にした首都圏の都市論、文明論『国道16号線「日本」を創った道』(新潮社・刊)で知られる著者の第2作目としてはやや意外の感があるエッセイで、著者の父親がコロナ禍の真っ只中で死に、その最中、派遣されてやってきた納棺師との対話の中で、父親のエンゼルケア(死化粧や湯灌、遺体の身だしなみといったケア全般のこと)に向かい合うことになる体験記である。

 

本書のキーワードは何と言ってもコロナ禍である。コロナ禍によって、一般的な会葬形式での弔いが難しくなっている中、むしろそのような特異な状況だからこそ、故人と著者、家族が向き合い、静謐な時間の中での弔いになったように感じる。また、本書を読むと、納棺師という生業がわたしたちのイメージと乖離している部分があることを教えてくれるし、家族の弔いの意味、そもそも、「弔う」という行ないについて思いを致すきっかけになるだろう。

 

普段、歴史時代小説を読まない人にこそ読んで欲しい

次は小説から『しろがねの葉』(千早茜・著/新潮社・刊)をご紹介。戦国時代末期から江戸時代初期にかけての石見銀山を舞台にした歴史時代小説であるが、本作はよい意味で歴史時代小説の〝磁場〟から自由である。本作において、時代小説的な人情や、歴史小説的な〝大文字の歴史〟は前面に出されることはない。本書が描き出すものは、主人公ウメの偏狭で過酷な生であり、そのように生きるように強いられる女という性の苦しみである。

 

才があるのに山に入ることができず男の帰りを待ち、女であるがゆえの理不尽に際することになるウメが、時代のうねりに押し流されそうになりながらも何を掴むのかが、本書の白眉であろう。そこに甘いフィクションは存在しない。ただ、力強くうねり、理不尽に立ち向かう人間の力が描かれる。もしかすると、コロナ禍で苦しむ中、それでも強かに生きているわたしたちにも必要な力なのかもしれない。本書は歴史時代小説が好きな方はもちろん、普段女性を主人公にした文芸小説をお読みの方にもお勧めできる懐を有している。普段歴史時代小説を読まない方にこそお読みいただきたい一冊である。

 

大正ロマン漂うラブコメ四コマ漫画

次は漫画から。『ベルと紫太郎』(伊田チヨ子・著/KADOKAWA・刊)である。時は大正、浅草の芝居小屋女優、大沢ベルと、ベルの第一のファンであり恋人でもある財閥三男坊の紫太郎の同棲生活を描いたラブコメ四コマ漫画である。

 

本書の特徴の第一に挙げるべきは、何と言っても大正風俗描写の細やかさだろう。当時の演劇作品や文学作品、大正風俗研究の成果を取り入れつつ、それをネタにした日常系の笑いを提供している。そのことによって、「年頃の男女(しかも社会階級の異なる二人)が同棲している」という大正時代にあっては成立させ難い嘘を読者に呑み込ませることに成功している。また、本作はなんといっても主人公格二人、大沢ベルと紫太郎の人物像がいい。貧乏生活が長かったからか食べ物に対する執着が強く、ズバズバとものを言う江戸っ子的な描写が随所にされているベル。お坊ちゃん育ちのためか紳士が板についていて、ベルと対等な関係を望む紫太郎。これが実にお似合いで、傍から見ていて応援したくなるような二人なのである。大正風俗に乗せて繰り広げられるベルと紫太郎の賑やかな恋路に、皆さんもようこそ。

 

司馬遼太郎は我々に何を与えたのか?

次は新書から、『司馬遼太郎の時代-歴史と大衆教養主義』(福間良明・著/中央公論新社)をご紹介。司馬遼太郎といえば昭和期を代表する小説家であり、現代においても本邦における代表的な小説家の一人として君臨している大作家である。その影響は小説界は元より言論空間にも及ぶ、小説家の枠を遙かに超えた文化人と言えよう。そんな司馬遼太郎を論じているのが本書だが、司馬を論じることで、司馬作品を受容した大衆をこそ描いており、そここそが本書の眼目といっていい。

 

大衆が司馬遼太郎というアイコンに見、彼の作品から受け取ったものを追ううちに、大衆は司馬の小説に含まれていたある要素については見て見ぬ振りをし、ある要素を拡大、前面に出して受容していたと本書は言う。司馬を通じて、昭和期の大衆の知的ニーズの在り方を浮かび上がらせているのである。また本書は、小説家としてはアウトサイダーだった(と規定される)司馬の作家としての在り方や、歴史学からの批判が司馬のイメージをどのように変えたのかにも紙幅を割いている。司馬遼太郎という不世出の小説家、そして一つの時代を創ってしまったアイコンを描き出した、優れた作家評論であるとも言える。

 

異世界転生/異世界転移ものの極北!?

最後にご紹介するのは、『プロレス棚橋弘至と! ビジネス木谷高明の!! 異世界タッグ無双!!!』(津田彷徨・著/星海社・刊)である。もはや説明をしなくても構わなくなったほど、異世界転生/転移ものは様々なメディアで採り上げられるモチーフとなった。それだけに、異世界転生/転移ものは新機軸が次々に発明、実験され、とてつもないスピード感で深化している感もある。そんな状況下で登場した本作は、名前の通り、プロレスラーの棚橋弘至と、ブシロード社長の木谷高明の二人が異世界に転移する物語、という相当攻めたアウトラインを有した一作である。

 

本作の良さは、プロレスラーの棚橋とビジネスマンの木谷の二人が転移することで、本作が魔王討伐の物語と、内政チート(転生、転移者が政治や経済、技術革新に寄与することで、転移先の文明レベルを上げる異世界転生/転移もののサブジャンル)の物語を同時展開していることだろう。しかし何より本書の面白さを支えるのは、作品全体に横溢するプロレス愛だ。実在のプロレスラーを登場させる以上、どうしても本作にはプロレスへの言及が必須になる。本書は異世界に棚橋を持ち込むのと同時に、プロレスのサーガを持ち込み、それが棚橋のファイトスタイルや矜持となって現れ、その熱い魂が他の登場人物に伝播している。プロレス愛によって、本作のコンセプトは貫徹されているのである。

 

 

2022年もお終いである。

皆さんは、今年もよい本に出会えただろうか。本は生活必需品ではない。だが、よい本はあなたの生活にちょっとした潤いを与えてくれるはずである。あるいは、来るべき2023年への活力になる本に出会うことだってあるかもしれない。年末年始は色々と忙しいことだろうが、是非、本のページを繰ってみていただきたい。もしかしたら、2023年のあなたを輝かせる何かが見つかるかもしれない。

皆さんの充実した読書ライフをご祈念して、よいお年を。

 

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【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新刊は『ええじゃないか』(中央公論新社)