スポーツ
2022/12/30 19:30

2024パリ五輪金メダル最有力候補。“女子レスリングの超新星”藤波朱理選手が語る現在地

吉田沙保里、伊調馨の二大レジェンドに続く日本女子レスリング史上3人目の100連勝を達成した藤波朱理選手(取材時公式記録103連勝)。2024年のパリ五輪で金メダル最有力候補に挙げられている超新星である。だが、2連覇の期待が懸かっていた9月の世界選手権を怪我で欠場。競技人生初の挫折を味わった。それから3か月──完全復活に向けて本格始動した天才アスリートに、新たな決意と覚悟を語ってもらった。

 

(構成・撮影:丸山剛史/執筆:木村光一)

◯藤波朱理(ふじなみ・あかり)/2003(平成15)年11月11日生まれ、19歳。三重県出身。国体2連覇の経歴を持つ父・俊一氏(現・日体大コーチ)の影響で4歳より競技を始める。中学3年時に世界カデット選手権優勝。高校2年で全日本選手権優勝、高校3年で世界選手権金メダル獲得(女子53キロ級)。2022年、三重県立いなべ総合学園高校から日本体育大学進学。同年4月、アジア選手権優勝。中学2年生の9月から公式戦連勝記録を更新中。身長164センチ。

 

選手生活で初めて経験した怪我が教えてくれたこと

──2連覇が期待されていた9月の世界選手権を怪我(左足リスフランじん帯損傷)のため欠場されましたが、その後、コンディションはいかがですか?

 

藤波 はい、もう足の怪我も完全によくなって、いまは練習も思い切り全力でやれています。

 

──今日の練習もほとんどノンストップで2時間。普段からこんなにハードな練習をこなしているんですか?

 

藤波 毎朝1時間、午後は2時間から2時間半。ほかにも授業の合間を縫って1時間から2時間。長いときで1日4時間半くらいやってます。

 

──男子選手や昨年から外部コーチを務める伊調馨さんとも激しいスパーリングをされてましたね。拝見していて思わず手に汗を握る迫力でした。世界の頂点を幾度となく極めた先輩からは、日々どんなことを学んでいるのでしょう?

 

藤波 日体大に入ってこうして伊調さんから直接指導を受ける機会を得られて、すごい勉強になってます。実際に手を合わせると、技術はもちろん、やっぱり経験の差みたいなものもかなり感じます。その都度感じたこと、わからないことを聞けて本当に充実してます。

 

──今年の春に日本体育大学に入学してすぐアジア選手権優勝。順風満帆なスタートを切ったかと思いきや、9月の世界選手権を前に怪我をして前大会からの2連覇達成を逃してしまったわけですが、欠場が決まったときはどんな心境でしたか?

 

藤波 本当に悔しくて悔しくてどうしようもなかったんですけど……。でも、逆にそれでたくさんの気づきも得ました。

 

──気づき? といいますと?

 

藤波 昨年の世界選手権で勝ったことでそれまで以上に注目を浴びるようになって、なにか少し守りに入ってしまっていたというか、天狗になっていた自分がいたことにも気づかされました。もう一つは、怪我をしても自分を応援してくれている人がこんなにもたくさんいたんだとあらためて知ることができた。なによりそのことが一番の収穫でした。

 

原点は父と兄。最初に憧れたのも世界で闘っていた兄・勇飛

──レスリングを始めたきっかけについて聞かせてください。

 

藤波 父(藤波俊一氏。現・日本体育大学女子レスリング強化委員長)がレスリングのコーチをやっていたこともあって4歳から始めたんですが、あんまりよく覚えてないっていうか、気づいたらやっていたっていう感じでした。でも、初めは好きじゃなくて。父と母が言うには「全然やる気がなかった」みたいです(笑)。

 

──じゃあ、レスリングのどこに面白さを感じて本気で取り組むようになったんですか?

 

藤波 やっぱり、人に勝つことの快感ですかね。一生懸命練習すると強くなる。強くなると人に勝てるようになる。その当たり前のことがわかってからレスリングが面白くなって、どんどんのめり込んでいったんです。

 

──お話を聞く限り、子どものころから相当な負けず嫌いだったようですね。

 

藤波 はい。自分では憶えてないんですけど、負けず嫌いの性格はかなりヤバかったらしいです(笑)。

 

──ではレスリングに目覚めて以降、最初に憧れた選手は?

 

藤波 7歳上の兄です。世界で闘っている兄の姿を見て、かっこいいなと憧れてました。

 

──お兄さんは藤波勇飛(ゆうひ)選手(2017年・世界選手権男子フリースタイル70kg級銅メダリスト。現在は総合格闘家)。なるほど、もっとも身近に世界レベルの選手がいて、つねにその努力する様子やそれが報われる瞬間をずっと見続けてきた。おのずと意識も変化していったわけですね。

 

やりたかったらやれ、やらないと負ける。
強くなれたのは徹底して自主性を重んじる父の指導法のおかげ

──藤波選手のこれまで15年間のレスリング人生はお父さんとの二人三脚。現在も一緒に生活しながら父娘で金メダルを目指して突き進んでいますね。選手の立場から見て、指導者としての父はどんなところが厳しかったですか?

 

藤波 兄に対してはすごく厳しかったと思います。でも、自分にはそうでもなくて、自由にのびのびとやらせてくれてました。やりたかったらやれ、やらないと負けるぞ、別に嫌になったらやめてもいいよみたいな感じで。逆にそれが自分にとってはすごくよかったんじゃないかなと思ってます。兄ばかり注目されてるのも嫌だったし、自分も自分もっていう思いでやっていったので、やらされた感はまったくなかったです。

 

──徹底して自主性を尊重する指導法だったんですね。

 

藤波 そうです。おかげで自分は本当に好きでレスリングをやり続けることができました。

 

──自身にレスリングの才能があると感じ始めたのはいつごろですか?

 

藤波 周りの人にはそう言ってもらえるんですけど、自分は運動神経も良くないですし、走るのも速いかというとそうでもないんです。ただ、他の誰よりもレスリングが好きなので練習が全然苦にならない。自分に才能というか強味があるとすれば人より練習できること。それに尽きると思ってます。

 

──今日、夕方からの練習を初めから最後まで2時間以上じっくり拝見させていただいて驚いたのですが、たしかに藤波選手は短い休憩が入っても全く休まずに体を動かし続けていましたね。

 

藤波 はい。試合も近いのでそれは意識してやっています。いまは技術面より、とにかく試合に向けて息を上げて自分を追い込んでいく練習をしてます。

 

天才と呼ばれることにプレッシャーはない。
むしろ注目を浴びるとテンションが上がる

──ジュニアの頃からレスリング界の天才少女として注目を浴びてきたわけですが、そういう周囲の視線や期待をプレッシャーに感じたことはなかったんでしょうか?

 

藤波 注目されるのが自分は結構好きなのでプレッシャーっていうよりむしろ嬉しかったですね。周囲が盛り上がれば盛り上がるほどテンションが上がっちゃうみたいな感じでした。

 

──ということは大会が大きくなればなるほど楽しいと?

 

藤波 ですね(笑)。

 

──緊張はしないんですか?

 

藤波 はい、あまり緊張はないですね。試合前にはいい緊張感がありますけど、それ以上に集中もガーッと高まってくるので。いまも次に出場する天皇杯のことを想像するとワクワクしてきます。世界選手権に出られなかった悔しさを全部ぶつけてやるぞって思ってます。

 

──では、いままでレスリングをやってきていちばん嬉しかったことを聞かせてください。

 

藤波 去年の世界選手権で優勝したときのウイニングランっていうのはやっぱ忘れられなくてすごく最高でした。

 

──以前、インタビューで「2024年のパリ五輪で優勝し、吉田沙保里さんが父親としていた肩車を、自分も是非やりたい」と答えてましたね。

 

藤波 それはオリンピックまで楽しみにとっておこうと思ってます。

 

──反対にいちばん悔しかったことは?

 

藤波 やっぱり今回の怪我です。期待してくれていた人たちを裏切る結果になってしまった自分がすごく情けなかった。本当に初めてこんな悔しい思いを味わいました。

 

──いままで怪我をしたことはなかった?

 

藤波 はい。本当に初めてだったので余計にショックでした。

集中すると感覚が変化するのが自分でもわかる

──アスリートの世界では試合に集中して入り込んでいくと、いわゆるゾーンに入るみたいな感覚になることがあると聞きます。そういった経験はありますか?

 

藤波 試合の最中に自分の反応があきらかに速くなってるなと感じることはあります。

 

──いつもと感覚が変化する?

 

藤波 そう、感覚が違うんです。自分の場合、結構試合をやりながらゾーンに持っていくのが得意かもしれません。

 

──その感覚の変化というのは、レスリングの場合、たとえば相手の動きがよく見えるといった感じなんですか?

 

藤波 相手の動きもよく見えますし、自分の動きのキレも良くなって、あとは相手が何をしようとしているかもわかります。それは普段の練習でも大体読めていて自分はその予測に反応して動いているんですが、その感覚がよりはっきりとした状態になるのかなと思います。

 

──現在、力を入れている強化ポイントは?

 

藤波 どこかを大きく変えるというより、自分の強みである動きやそれを生かした展開の方に磨きをかけているという感じです。

 

──ご自分の一番の武器はやはりスピードと柔軟性だと?

 

藤波 はい。自分の持ち味であるスピードはもちろん、大学に入ってからは筋力をつけるためのウエイトトレーニング、6分間という限られた時間の中でフルに動き続けるために息を上げた練習をつねに心がけています。

 

──藤波選手は同じ階級ではダントツに身長も高く手足も長いというアドバンテージを活かした“距離をとってのタックル”が最大の魅力だと評価されています。

 

藤波 身長が高い分、食事管理とかは大変なんですけど。はい、すごくその点では有利だと思ってます。

 

オフの楽しみはおいしいものを食べまくること

──レスリング以外で興味のあることがあれば。休みの日はどんなことをして過ごしていますか?

 

藤波 食事による体重管理が大変とか言いながら、とにかく食べることが大好きなんです(笑)。

 

──食べ物では何がいちばん好きなんでしょう?

 

藤波 う〜ん、本当になんでも好きで……。逆に嫌いなものがない(笑)。なんでもおいしく食べます。東京へ来てからはスパイスカレー、かき氷にハマってます。

 

──スパイスカレーですか。最近はおいしい店があり過ぎてどこで食べるかを決めるのも大変じゃないですか?

 

藤波 結構本格的なスパイスカレーが好きで、いまはもう大会前の減量に入ってしまってできませんけど、試合がない期間は自分で調べたカレー屋さん巡り、かき氷屋さん巡りをするのを楽しみにしてます。あとはそうですね、サウナとかもよく行きます。

 

──では、最後の質問。まだまだずっと先の話になりますが、5年後10年後の自分をどんなふうにイメージしていますか?

 

藤波 そうですね。まずパリオリンピックで必ず金メダルを獲ります。まだその先はわからりませんが、現役を引退しても後進の指導をしたり、なんらかの形でレスリング界に貢献し続けていきたいと思っています。

 

──一生、レスリングは続けていく。

 

藤波 はい。ゴールはないと思っていますので。