本・書籍
2023/2/4 20:30

茶道、海獣学から思春期のじれじれのラブコメ漫画まで—— 歴史小説家が2023年にオススメする「スタート」の5冊

毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史小説家・谷津矢車さん。今回のテーマは2023年の1本目として「スタート。紹介した5冊を参考にして、あなたも何か「スタート」してみませんか?

 

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なんということでしょう、新年がスタートしてしまいました。

 

と、妙に不穏な書き出しになってしまったのは、去年の仕事がまったく終わっていないからである。ほかの業界におられる方にお話しするとかなり驚かれるのだが、小説家の仕事のスパンは非常に長い。編集者と打ち合わせてお話の方向を決め、作品の設計図を作って第一稿を書き上げたのち手直しをして……とやっているうち数年が経過しているなどざらで、「その年の内に何かを終える」「仕事納め」の感覚が希薄になりがちだったりするのである。……というのは頭でこそ理解しているものの、情緒面で落ち着かないところがあるのもまた事実。今日も昨年から引き続き当たっている仕事を前にため息をついているところである。

 

が、世間は新年である。心機一転、頑張っていきたいなあという気持ちもあるっちゃある。というわけで、今回の選書テーマは「スタート」である。しばしお付き合い願いたい。

 

「茶道」を知るための最初の一歩

まずご紹介するのは、『茶の湯をはじめる本 改訂版 茶道文化検定公式テキスト4級』 (一般財団法人 今日庵 茶道資料館・監修/淡交社・刊)である。その名のとおり、茶道文化検定の公式テキストである。本稿をお読みの方の中には茶道を嗜んでおられる方もあるだろうが、圧倒的多数の方は茶道に触れたことすらないだろう(歴史小説家の肩書きを持っているにもかかわらず、わたしもそのクチである)。

 

本書はそういった初学者に向けたテキストで、茶道の成り立ちや歴史、基礎的な道具類、茶室や茶会の進行など、茶にまつわる知識が平易に紹介されている。本来の茶道文化検定の対策本として用いることができるのはもちろん、急に茶会に呼ばれた際の予習や、教養を深めたい、時代小説や歴史小説の副読本としても用いることもできる本である。

 

なお、本書には姉妹編(『茶の湯がわかる本 改訂版 茶道文化検定公式テキスト3級』『茶の湯をまなぶ本 改訂版 茶道文化検定公式テキスト 1級・2級』)が存在し、姉妹編を手に取ることでシームレスに知識を深めることができるというのも一押しポイントである。これから茶道を始めてみたい方にはマストバイな一冊である。

 

あなたの知らない海獣学の世界

次にご紹介するのは『海獣学者、クジラを解剖する。海の哺乳類の死体が教えてくれること』(田島木綿子・著/ 山と渓谷社・刊)。2023年1月9日、大阪湾の淀川河口付近で迷い鯨が発見され、結局死亡、その後紀伊水道沖に運ばれ沈められた一件は、皆さんもご存知だろう。

 

この一連のニュースで様々なメディアで情報発信をしていた研究者の一人が本書の著者であり、本書は著者の研究分野である海獣学と、その研究に欠かせない解剖について平易に紹介したエッセイである。それにしても、本書には驚きの事実が色々書かれている。鯨類の座礁、漂着に「ストランディング」という名前がついていること、日本ではこうしたストランディングが年に300件も起こっていること、海獣学者が関係各所と協議しつつそういったストランディング個体の調査がなされていること。そして、海獣学者たちが体力勝負で鯨の死体と格闘していること……。まったく想像だにしていなかった海獣学者たちの生活がそこに描かれている。

 

また、本書は「学術調査の意義」について自覚的に語っている節もあり、「なぜ漂着したクジラに学術調査が必要なのか」についても所々で見解が述べられている。普段あまり触れることのない海獣学の大切さを知ることができる一冊とも言えよう。

 

イメージとしての「江戸」を作り上げた男の戦いとは?

次にご紹介するのは小説から。『元の黙阿弥』(奥山景布子・著/エイチアンドアイ・刊)である。皆さんは河竹黙阿弥(1816-1893)をご存知だろうか。ご存知のあなたは歌舞伎ファン確定である。黙阿弥は幕末から明治にかけて活躍した歌舞伎狂言作者(脚本家)で、「日本の沙翁(シェイクスピア)」の異名で知られる当時の第一人者だ。

 

本書はその黙阿弥の戦いを描いた歴史小説。今、「戦い」と書いたが、まさに黙阿弥の歩みは「戦い」そのものだったのである。若いころは役者の引き立て役でしかなかった狂言作者の地位向上、壮年から老年に至っては近代化の波に端を発する劇界の変化と戦うことになる。そんな二つの戦いを背景に置くことで、若年期は先進的な仕事を果たし、老年期には円熟した仕事を遺した黙阿弥の像を描き出すことに成功しつつ、決して斯界にとって幸せとは言えなかった劇界の近代化の有様を描き出すことに成功している。

 

さて、そんな本書がどのように選書テーマに繋がるのかといえば……。河竹黙阿弥は、わたしたちの思い描く「江戸」の姿を作り上げた作家と言える。近代の中でもがき生きる黙阿弥の夢見た江戸の風景が、のちにあまたの時代小説家たちに引き継がれ、最終的にはテレビ時代劇の雛形となっていく。そう、黙阿弥の物語とは、「イメージとしての江戸」の始まりを描く物語でもあるのだ。

 

歴史学の“歴史”がよくわかる

次にご紹介するのは、『歴史学のトリセツ』(小田中直樹・著/筑摩書房・刊)。本書は現役の歴史学者である著者が、学校の歴史の授業がつまらないのはなぜか、という疑問から、教科書の歴史叙述、現代の歴史学の模索、過去に歴史家たちがどのように歴史学を構築してきたのかを丁寧に紹介している書籍である。

 

本書を読むと、わたしたちが自明のものとして受け止めている「国の歴史」という叙述法が歴史へのアプローチの一つに過ぎないこと、ある特定の叙述法の不自由性・限界から自由になるために歴史家たちが様々なアプローチを模索し続けていた様子が窺える。また、様々な時代の歴史家たちが、「歴史とは何か」という問いにぶつかり続け、自分なりの答えを出していった様子もまた本書から読み取ることができるだろう。

 

本書は、歴史学科への進学を考えておられる学生さんや、歴史学科の学部生にお勧めしたい。歴史学科の学生生活でスタートダッシュを切るために、是非とも読んでいただきたい一冊である(本書を読んだ際、「なんでわたしが学生だった時分に本書が刊行されていなかったんだ!」と憤慨したのはここだけの話)。

 

じれじれの恋愛漫画を堪能する

最後は漫画から。『好きな子がめがねを忘れた』(藤近小梅・著/スクウェア・エニックス・刊)。極度のど近眼……なのにめがねを忘れて学校にやってきがちな三重さんと、その三重さんに恋をしてしまった中学生・小村君が主人公のラブコメである。

 

当初こそ自分の恋に自覚している小村君との物理的距離を(ド近眼ゆえに)詰めてしまう三重さん、という図のおかしみを狙ったギャグ漫画の側面が強かったのだが、やがて二人の関係性が少しずつ変化していき、三重さんもまた小村君を意識するに至っていく。けれど、小村君は自信のなさをこじらせている厄介男子の側面を持っていて、新たな一歩を前にするたびに立ちすくんでしまう。読者としては「そんな卑屈にならなくていいんだよ! お前最高だよ!」と小村君の背中を押したくなってしまう、じれじれの恋愛漫画へと変貌を遂げていくのである。

 

本書は恋愛漫画であると同時に、小村君、三重さんが精神的な意味で大人になっていく様子をも描いていて、親戚の子の成長を見ているようなホッコリ感も同時に得られる。最新刊で二人の関係に変化が訪れ、新たな旅立ちの予感が膨らんでいるところである。是非この機会に手に取っていただきたい。

 

 

年の初め、皆さんも新たな年を前に気合い十分であろう。この選書がそのお手伝いになればなによりである。

以下私信。――いや、あの、はい。原稿が遅れて申し訳ありません……。とりあえず、2022年にお約束していた原稿は今年の3月には上げますので……。

 

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【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新刊は『ええじゃないか』(中央公論新社)