こんにちは、書評家の卯月 鮎です。人は恋をすると冷静な判断ができなくなってしまうもの。周りから「あの人はやめときなよ」なんて言われると、余計に燃え上がってしまうから厄介です。
かつては「結婚詐欺」、現在はネットだけで恋愛感情を抱かせ、お金をだまし取る「ロマンス詐欺」……。そういえば北欧神話では、戦いの神トールが美の女神フレイヤに化けて、結婚式で巨人スリュムを退治するというエピソードがあります。いつの時代も、色恋沙汰には注意ですね。
ノンフィクションライターがロマンス詐欺を追う!
さて、今回紹介する新書は『ルポ 国際ロマンス詐欺』(水谷竹秀・著/小学館新書)。著者の水谷竹秀さんはノンフィクションライター。2011年『日本を捨てた男たち』(集英社)で開高健ノンフィクション賞を受賞。『だから、居場所が欲しかった。バンコク、コールセンターで働く日本人』(集英社文庫)、『脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち』(小学館文庫)などの著書があります。
刺激的な愛の言葉には裏がある!?
新型コロナウイルスの発生を機に被害者が急増した「国際ロマンス詐欺」。独立行政法人国民生活センターによると、国際ロマンス詐欺に関する相談件数は、2019年度の72件から2020年度には678件、2021年度には1701件へと跳ね上がったそうです。
第1章「会ってもいないのに騙された」は、まさにネット時代だからこそといえるでしょう。関東地方で夫と4歳の息子と一緒に暮らしていた宮本香奈さん(仮名・37歳)は、ある日、英語の「ハロー! ビューティフル!」というメッセージをインスタグラムで受け取ります。
プロフィール写真は欧米系のイケメン。「アズニー」と名乗るその男性と最初は興味本位でやり取りしていた香奈さんですが、ほどなくして頻繁にLINEをする仲に。
「息子は元気かい?」と家族のことをいつも気にかけてくれる優しい彼は、やがて「今日のあなたはとても美しい。まるで天使が地球に舞い降りてきたみたいだ」という情熱的なメッセージを送ってくる……。
実は香奈さんのケースには、国際ロマンス詐欺を象徴するいくつものキーワードが登場していた、と水谷さん。別のメッセージアプリに移行する、家族を気遣うなどは共通するパターンとのことですが、なかなか巧妙ですね。
本書後半の第4章以降は、フェイスブックにメッセージを送ってきた「ジェニファー」と名乗る女性に、水谷さんが騙されたふりをして関係を進める……というスリリングな展開。プロフィール写真は端整な顔立ちで米海軍所属というジェニファー。しかしその正体は……。
被害者と詐欺犯の双方に取材をし、両面からロマンス詐欺の実態を探るという構成はルポルタージュの真骨頂。「なぜ?」「どうして?」「誰が?」、そんな真実を追っていく読み味はミステリー的でもあり、引き込まれます。
スキャンダラスな事件簿という域を超え、絶えなき承認への渇き、デバイス越しに完結する人間関係、犯罪のボーダレス化など、加速する現代的な事象をもとらえた一冊。ロマンスという日常にぽっかり空いた落とし穴にお気をつけ下さい……。
【書籍紹介】
ルポ 国際ロマンス詐欺
著:水谷 竹秀
発行:小学館
SNSやマッチングアプリで恋愛感情を抱かせ、金銭を騙し取る「国際ロマンス詐欺」の被害が急増している。なぜ被害者は、会ったこともない犯人に騙されてしまうのか。「お金を払わないと、関係が途切れちゃうんじゃないか……」。被害者の悲痛な声に耳を傾けると、被害者の心理に漬け込む詐欺犯の「手口」が見えてきた。そして取材を進めると、国際ロマンス詐欺犯は、西アフリカを中心として世界中に広がっている実態が明らかになってきた。著者はナイジェリアに飛び、詐欺犯への直撃取材に成功。彼らが語った、驚きの手口と倫理観とは――。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。