ワンテンポ早い彼女とワンテンポ遅い彼が織り成す時間差ラブストーリー「1秒先の彼女」。2020年に台湾で生まれた名作を、山下敦弘監督がリメイク。台湾版とは男女のキャラクターを変更し、岡田将生さんと清原果耶さんがワンテンポ早い彼とワンテンポ遅い彼女を演じている「1秒先の彼」が7月7日(金)より公開される。本作の脚本を担当した宮藤官九郎さんとの初タッグのこと、映画「天然コケッコー」以来16年ぶりとなる岡田さんとのエピソードなどを山下監督が語ってくれた。
【山下敦弘監督の撮り下ろし写真】
宮藤さんもオリジナルを好きになってくれて、すぐに企画に合流することに
──台湾映画「1秒先の彼女」の主人公のヤン・シャオチーを演じるリー・ペイユーさんのファンになり、監督がリメイクに名乗りを上げられたそうですね。
山下 リー・ペイユーのファンになったということをもう少し細かくお話すると、オリジナルの「1秒先の彼女」は、時間が行ったり来たりしながら、細かい伏線もいろいろあるので、リメイクするとなると結構ややこしくて大変だなと思ったんです。僕はあまり複雑な映画を撮ってこなかったので。でも何回か映画を観ていくうちに、いろんな皮を剥いていくと郵便局員の女の子とバスの運転手、この2人のキャラクターの魅力に自分は惹かれたんだなって思いました。彼女のファンになったと言うのはそういう意味で(笑)、そこで自分がリメイクするとしたら、キャラクターの魅力に乗っかり、そこをブレずに描くことができれば、大丈夫だろうと思えるようになりました。
──脚本を宮藤官九郎さんに依頼した経緯を教えてください。
山下 プロデューサーと話している中で宮藤さんの名前が上がりました。10年ぐらい前に一度、宮藤さんと一緒にある企画をやりかけたことがあったんですね。それを思い出しつつ、オリジナルが入り組んだ話だったので、自分が今まで一緒にやってきた脚本家の方に書いてもらう感じでもないのかなと思っていたときに、宮藤さんの名前が出て「あ、なるほど」と。でも宮藤さんがこういう内容をどう感じるかわからなかったので、とりあえずオリジナルを見ていただいて、気に入ってもらえたらということになりました。そしたら宮藤さんもオリジナルをすごく好きになってくれて、それからすぐに企画に合流することになりました。
──オリジナルと男女の設定を反転させたのはどうしてですか。
山下 まずキャストがなかなか決まらなかったんですね。台湾版の2人を日本版に置き換えたときに誰がいいんだろうって考えると、なかなか良い組み合わせが見つからず、そんななかで一度反転して考えてみたらどうですかね、ということになりました。そこで岡田将生くんの名前が上がり、宮藤さんが「岡田くんなら(反転して)書けるかも」ということで、まず前半を書いてくださいました。この映画は二部構成のようになっていると思うのですが、前半は宮藤さんがすごく早く書き上げてくださった印象があります。ただ後半はどうしようかってなりましたね。
宮藤さんが書くとちゃんとリズムに乗って、面白く聞こえてくるんです
──後半はオリジナルから変わった部分が多い気がします。
山下 視点が変わりますからね。前半を宮藤さんが岡田くんに当て書きしながら書き進めていくうちに、女性キャラクターのイメージとして清原果耶さんが浮かびました。そうなると荒川良々さん演じる人物が増えたり、いろいろ変わっていきました。後半はみんなで考えていった感じがあったかもしれないです。
──宮藤さんとは監督と脚本家としては今回が初めてだそうですが、宮藤さんの脚本で映画を撮ってみていかがでしたか。
山下 言い方が難しいんですが、この物語は説明しなきゃいけないセリフが多いんです。いわゆる手続きを踏まないといけないセリフなんだけど、宮藤さんが書くとちゃんとリズムに乗って、面白く聞こえてくるんです。説明ゼリフだけにならないところがすごいと思ったんですが、結局は宮藤さんの脚本って、現場で俳優さんたちが非常に楽しそうにやるんですよ。オレよりも意図がわかっているというか(笑)。例えば、ハジメ(岡田)には妹がいて、片山友希さんとしみけんさん演じるギャルとギャル男の妹カップルが登場するんですが、彼女らと岡田くんのシーンは8割が説明のセリフなんだけど、みんな楽しそうなんです。逆に清原さん演じるレイカの感情が渦巻いている居酒屋のシーンは、すごく難しいというか、こちらが試されている感じがしました。
京都ファンタジーというか、京都って少し不思議なことを受け入れてくれる
──日本版を作るにあたり、舞台を京都にしたのはどうしてですか。
山下 このファンタジーのような世界観がなじむかなと。京都ファンタジーというか、京都って少し不思議なことを受け入れてくれるような土地柄なんですね。
──わかります。しかもSFなのに大したことは起きないぐらいの。
山下 そうそう。いわゆるゴリゴリのSFというより、都合の良いSFファンタジーが成立する街だなと思いました。あとは台湾版のロケーションが素晴らしかったので、ああいういい場所ないかなって話したときに、「京都の日本海側のエリアもありますよね、天橋立とか」って候補が出てきて。オレも見たことがなかったので、「じゃあ見に行きましょう」ってことで、宮藤さんとプロデューサーとオレで見て回ったら、面白かったんです。それがきっかけですね。
──拝見しながら、そういえば天橋立って行ったことないなって思いました。
山下 そうなんですよ。京都って修学旅行で行く人が多いけど、日本海側ってあまり行かないじゃないですか。行ってみると、天橋立って普通に人の生活の場になってるんです。道として利用している人もいれば、ジョギングしている人もいる。普通に公道なので当たり前なのですが、すごく独特で面白かったです。日常的のもので、あまり観光地なものじゃないというか(笑)。昔は本当に郵便局もあったらしいですよ。
岡田くんのあの感じを創ったのは宮藤さんな気がするんですよね
──岡田さん演じるハジメは、見た目は最高なのに口が悪い残念感が漂うイケメンです。でもこういう役を演じる岡田さんは最高だなと思いました。
山下 僕も宮藤さん脚本のドラマ「ゆとりですがなにか」を観たときに、これは岡田くんのハマり役だなと思って(笑)。そう思うと、岡田くんのあの感じを創ったのは宮藤さんな気がするんですよね。二枚目半というか。
──清原さんがレイカ役になった決め手はなんでしょうか。
山下 清原さんとご一緒するのは今回が初めてで、結局全てが直感的な部分が働いた気がします。岡田くんが最初に決まり、「じゃあ相手は誰だろう」となったときに清原さんの名前が上がって、「あ、面白そうだな」と思いました。魅力的だし実力もありますからね。ただ岡田くんとは年齢差もあり、レイカを清原さんでいくにはいろいろ設定を変えないといけないし、2人が全然違うタイプなので大変でした。
──全然違うタイプというのは?
山下 僕が最初にイメージしていたワンテンポ早いハジメとワンテンポ遅いレイカというイメージとは反転しているんです。多分、岡田将生という人間がワンテンポ早いわけではなくて(笑)。どちらかというと、ワンテンポ遅い派なんですよね。そして、実は清原さんもワンテンポ遅い人ではなくて、ワンテンポ早いと思うんです。2人とも本質とは逆の要素を演じていると思うんですよ。本来持っているものが逆なので、最終的にその“ねじれ”も含めてすごく面白くなったなと思います。
言い方が難しいけど、岡田君のよさってガワを生かし切れていないところだと思う
──プレスのコメントで宮藤さんが岡田さんにはヒロイン感があるとおっしゃっていますが、そういう意味でもハジメとレイカの役割は反転していますね。
山下 ヒロイン感は僕も撮り終わってから思いました(笑)。逆に清原さんが王子様っぽいんですよね。清原さんはおっとりした女の子を演じていますが、でもすごく芯が強くて存在感があるから。だけど周りから一歩ズレているという不思議なキャラになりました。岡田くんはせっかちで、ワンテンポ早いんだけどまろやかなんです。すごく柔らかいというか。せっかちって見ていてイライラするし、嫌味なキャラになりがちなんだけど、岡田くんがやると角が取れるんですよ。それは岡田くんが持っている本質的な部分がまろやかで、ワンテンポ遅い感じがあるから。そこも含めてすごく独特なキャラになったなと思っています。これが男女逆だったら、多分もっとせっかちになったと思うので、それによってこの映画は面白いねじれが生じましたね。
──岡田さんとは「天然コケッコー」以来16年ぶりにご一緒されたとのことですが、監督から見た岡田さんの印象ってどんな感じでしょうか。
山下 優しくてかわいらしい感じですかね。何だろうな……うまい言葉が見つからないけど、本当にいいヤツなんですよね。
──久々に一緒にお仕事をされていかがでした?
山下 最初はちょっと照れくさかったです。「天然コケッコー」当時は、僕も若かったので、昔の自分を知っている、知られているというのは照れくさいですよ。だからお互い昔のことはあまり掘り下げない(笑)。……今、ふと思い出したんですけど、「1秒先の彼」のなかで僕はあれが好きなんですよ。ラジオDJの笑福亭笑瓶さんと岡田くんがしゃべるシーンがあって、「僕、つまらん男ですもん」って言うんです。これだけいい顔を持っていて、すごく優しいのに「僕、つまんない男ですから」ってことを自覚している。そこにキュンとくるんです。言い方が難しいんだけど、彼のよさってガワを生かし切れていないところだと思うんです。めちゃくちゃキレイだし、あのビジュアルは才能なんだけど、それを意識してないというか、使い方が分かっていない。だからすごくいいヤツだなって思うんですよね。
──あまり外見を気に留めていない感じはするかもしれないです。
山下 そうそう。「天然コケッコー」のときからスカした感じが1ミリもない。普段は「すみません、すみません」って感じで、それがすごくかわいかったんだけど、当時から変わっていないんです。それが「岡田だな」って感じがしました。だからラジオで笑瓶さんに相談するのも説得力があるんですよね。桜子(福室莉音)というギターの弾き語りをしている女の子に惚れて、笑瓶さんに「今日が一番幸せです」って言うんだけど、本当にそうなんだろうなって思う(笑)。岡田くんがやると嫌味じゃないんですよ。他のイケメンがやったら「モテないキャラを演じているんでしょ?」って思うかもしれないけど、岡田くんが言うと本当にそう見えるんですね。
現場では隠れていたい。帽子、メガネ、ヒゲとできるだけ隠したいってことなのかも
──では最後に、GetNavi webということで、モノに関するお話をお聞きしたいのですが、監督が撮影に必ず持っていかれるモノを教えてください。
山下 オレらしいもの……帽子ですかね。撮影で合宿するとなると、帽子を何種類も持っていきます。それが一番こだわっているものかも。
──今日もニット帽を被っていらっしゃいますが、ニット帽に限らず被っていらっしゃるということですか。
山下 限らずですね。そろそろ夏なのでニット帽はもう限界です(笑)。1か月くらい掛かる撮影だと、ハット、キャップ、ニット帽と3つ、4つ持っていきますね。
──気分で替えていらっしゃるのでしょうか。
山下 気分で替えます。クセなんですよね。床屋さんに何十年も行ってなくて、家でバリカンで刈るんですけど、要は髪のセットが苦手で自分ではやらないから、帽子を被るのがクセになっています。
──髪をセットしないからすぐに出られるように帽子をかぶると。
山下 そうですね。なんかこう、僕は現場で隠れたいんですよ。芝居を見るときも顔をこう台本で隠しています。逆に一番目立つっていう話もあるんですけど(笑)、できれば隠れたい。どういう心理状態なのかわからないんですが、帽子、メガネ、ヒゲと全部できるだけ隠したいってことなのかもしれないなって最近思います。
1秒先の彼
7月7日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
(STAFF&CAST)
監督:山下敦弘
脚本:宮藤官九郎
原作:「1秒先の彼女」(チェン・ユーシュン監督)
主題歌:幾田りら「P.S.」
出演:岡田将生、清原果耶
荒川良々、福室莉音、片山友希
加藤雅也、羽野晶紀、しみけん
笑福亭笑瓶、松本妃代、伊勢志摩
柊木陽太、加藤柚凪ほか
(STORY)
ハジメ(岡田)は京都の生まれ。いつも人よりワンテンポ早く、50m走ではフライング。記念写真を撮るといつもシャッターチャンスを逃してしまい、小学校、中学校、高校の卒業アルバムの写真はことごとく目を閉じている。現在、ハジメは長屋で妹の舞(片山)とその彼氏のミツル(しみけん)と3人で暮らしている。
ハジメの職場は京都市内にある中賀茂郵便局。彼は高校を卒業して12年間、郵便の配達員だった。ついたあだ名が、『ワイルド・スピード』。度重なる信号無視とスピード違反で免許停止を食らい、それからは窓口業務だ。ハジメと同じ窓口に座るのは新人局員のエミリ(松本)と小沢(伊勢)。いつも2人に「見た目は100点なのに中身が残念」と言われ、ふてくされる日々。
レイカ(清原)も京都の生まれ。日本海に面した漁師町の伊根町で育った。いつも人よりワンテンポ遅く、50m走では笛が鳴ってもなかなか走りださない。現在、彼女は大学7回生の25歳。アルバイトをいくつも掛け持ちし、学費を払いながらの貧乏生活だ。写真部の部室に住み込み、1人ぼっちで夜食をとりながら、ラジオを聴いている。
ある日、急停車したバスに追突した高校生を看護するハジメの姿をみて、既視感をおぼえたレイカ。郵便局でハジメの窓口にいき、胸の名札『皇』の文字を見つめる。
街中で路上ミュージシャン・桜子(福室)の歌声に惹かれて恋に落ちるハジメ。早速、花火大会デートの約束をするも、目覚めるとなぜか翌日に。“大切な1日”が消えてしまった…!? 秘密を握るのは、毎日郵便局にやってくるレイカらしい。ハジメは街中の写真店で、目を見開いている見覚えのない自分の写真を偶然見つけるが……。
【映画「1秒先の彼」よりシーン写真】
(C)2023『1秒先の彼』製作委員会
撮影/関根和弘 取材・文/佐久間裕子