毎日X(Twitter)で読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史小説家・谷津矢車さん。今回のテーマは「ホラー」。谷津さんが選んだ5冊は怪談・オカルトだけではありません。あなたの日常に「恐怖」を体験してみませんか?
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皆さんは、夏と聞いて何を連想するだろうか。
海。山。バーベキュー。川。スイカ。ひまわり。蝉……。人によって色々だろう。だが、小説家にとっての夏は、断然「ホラー」である。商売柄、書店さんに足を運ぶ機会も多く、その際、各社夏のフェアの横で展開されているのがホラーフェアだったりするので身近な存在としてインプットされちゃっている次第で、クーラーの効いた書店さんでホラーフェアを見かけると、「夏だなあ」と遠い目をしてしまう、それが小説家という生き物の生態なのである。
そんなわけで、今回の選書テーマは「ホラー」である。しばしお付き合い願いたい。
怪談の裏に潜む、東京の景色や心象風景
まずご紹介したいのは正当派の怪談ものから『中央線怪談』(吉田悠軌・著/竹書房・刊)である。本書は名前の通り、東京の中央線沿線で収集された怪談をまとめた一冊である。もちろん怪談集なので怖い話が収録されているのだが、本書の特徴として、著者が少し離れた視座から怪談を捉え直している風があることである。
この辺りの作りについて著者は自覚的で、「まえがき」において、「鉄道沿線怪談は、各地域のご当地怪談と比べ、個人史・郷土史のブレンド具合がひと味違うものになりそう」「全体として『中央線らしい』空気感もまた滲んでいる」と表明してもいる。
その結果、本作は、怪談集でありつつも、中央線沿線に対するある種の批評性を有した書籍になっているといえる。本書を読むことで、東京中央線沿線の歴史や今、町の様態やその下で暮らす人々の息づかい、町の構成員一人一人の現実が浮かび上がる仕組みになっているのである。おそらく、本書を読んで去来するものは、一人一人違うことだろう。怪談の裏に潜む、その人その人の東京の景色や心象風景を鏡映しにした本といえるのかもしれない。
「面白い」と「興味深い」と「怖い」が混在する迷宮
次に紹介するのは絶版本だが面白かったので。『定本 二笑亭綺譚』(式場隆三郎、式場隆成、岸武臣、赤瀬川原平、藤森照信・著/筑摩書房・刊)である。皆さんは二笑亭をご存じだろうか。昭和初期、東京深川に存在した家屋で、漫画家・藤田和日郎が『双亡亭壊すべし』の双亡亭のモデルとしたことでも知られる怪建築である。
取り壊し直前に調査に当たった式場隆三郎の記録『二笑亭綺譚』をはじめとした論考が掲載された本書は、二笑亭を知るための書籍としては最も内容のまとまった一冊となっている。是非皆さんも一度「二笑亭」でブラウザ検索をかけてみてほしい。周囲の町の風景に溶けることなくありつづける異様な姿、鉄骨と木造造りが混在する建物群、筋交いのようなものがかかっているせいで足を高く上げないと通ることも難しそうな裏門、暗い廊下に存在するガラスの嵌った覗き穴、和風洋風の風呂が並列された風呂場……と、なんとも不可解なのである。
実はこの特殊な作りについて、本書は説得力の高い建築意図を提示しているのだが、それに納得しつつも、いや、納得するがために、こんなおかしな建物を作った人物の心の迷宮に思いを致さざるを得なくなる。面白いと興味深いと怖いが混在する迷宮にあなたを誘う一冊。
地獄の門はいつでもあなたの側にある
次は小説から。『地獄の門』(モーリス・ルヴェル著、中川潤・訳/白水社・刊)である。モーリス・ルヴェルというと『夜鳥』などの代表作で知られるフランスの恐怖作家で、「フランスのポー」という渾名もある。その仕事ぶりは日本でも早くから紹介され、江戸川乱歩や夢野久作にも影響を与えたものの、死後、一時忘れられ、最近になって再評価が始まった作家である。
そんなルヴェルの掌編から短編を集めた本書は、ルヴェルの恐怖作家としての業前を楽しむことのできる一冊である。本書には、怪力乱心を語る場面はほとんどない。どのお話も、人間関係の間に潜むすれ違いや愛憎、不慮の事故により、登場人物が深い陥穽に落ちていく様が描かれている。
人間の力ではどうしようもない現実、そしてそれに翻弄される人々を眺めるうちに、読者は気づくことであろう。地獄の門は、わたしたちのすぐ側に佇んでいるのだと。そして、地獄の門を開いてしまうのは、常に、人の妄執や強い思いなのだと。読み終わった後、地獄の門が開いていないかと周囲を見回してしまいそうになる一冊である。
「父がネット右翼になっていた」どころではない根源的な問題とは?
次は新書から。『ネット右翼になった父』 (鈴木大介・著/講談社・刊) である。数年前から、「久々に田舎に帰ったら、自分の老親がYouTubeを見まくり、気づけばネット右翼になっていた」という体験談がある種の怪談として語られるようになった。本書の著者もその例に漏れず、父親のネット右翼的な変貌を目の当たりにし、ライターである著者はその様を記事に書いたのだが……。
後になり、著者は、自分の誤りに気づくことになる。著者が父親の周囲に取材を重ねる中で、父がネット右翼のような振る舞いをしていた理由、そして、著者の側のバイアスが明らかになっていく。そうして示された著者の答えは、「父がネット右翼になっていた」などというものより根深く、根源的な問題だったのであった……。
これは怖い。自分の認識していた現実が、実は別の形をしていたと知ったときのおぼつかなさは、これ以上ない恐怖だろう。本書は、読者に自省を促す本である。こうなる前に、手を打ってほしい――そんな著者の叫びが聞こえてきそうな本なのである。そろそろお盆休みも近い。実家に帰る前に、手に取ってみてはいかがだろうか。
青春ご飯もの微ラブコメ漫画の裏で進行している恐怖とは?
最後は漫画から。『裏の家の魔女先生』 (西川魯介・著/秋田書店・刊)である。男子高校生・石垣蛍太は、家の裏に引っ越してきた女性小説家の雨夜沙希子とひょんなことから往来を持つことになる。そしてそこに蛍太の幼なじみである深冬も加わり、手作りご飯を介したご近所付き合いの輪が広がっていく……というのが本作の大まかなあらすじである。
これだけ聞くと「どこがホラー?」となるのだが、実はこのあらすじ、間違ったことは書いていないが、大事な要素が抜け落ちてしまっている点に注意してもらいたい。本書は蛍太と深冬、沙希子を中心にした青春ご飯もの微ラブコメ漫画として読めるのだが、その一方、蛍太、深冬の見えないところで、もう一つのオカルティックな物語が進行しているのである。けれど、それらは危ういところで表出せず、蛍太たちの愉快な日常の奥底に沈殿している。危ういバランスを保ちながら、穏やかな世界が守られているのである。
刊を進めるごとに、本作は日常とオカルト世界がじりじりと広がりを見せ、新たな人間関係や緊張感を胚胎しながら展開され続けている。これから先の展開も楽しみである。
※本書の巻末には性描写を強く含んだ短編が掲載されている。そのため、同描写が苦手な方におかれては、手に取る際にはご留意いただきたい。
「ホラー」の選書は2回目らしい。だというのに、今回の選書も割とすっきりと挙げることができた。別にわたしがホラー読みというわけでもないのに……。
世にはホラーが溢れている。なぜかと言えば、みんな、怖い話が大好きだからである。しかし、怖い話がこうして楽しまれているということは、それだけこの社会が命の危険からほど遠いところにある平和な社会だという証左である。今は熱中症が怖い世の中になったけれども、少なくとも、熱中症がホラー人気を下火にすることはなさそうだ。
これからもホラーが隆盛を極めることを祈念して、筆を措くこととしよう。
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【プロフィール】
谷津矢車(やつ・やぐるま)
1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新刊は『ぼっけもん 最後の軍師 伊地知正治』(幻冬舎)