1年間に発売された最新文房具のなかから、読者や文房具ファン、一般消費者による投票でNo.1を決定する「文房具総選挙」。2023年の大賞に選ばれたのは、2022年10月に発売されたLIHIT LAB.(リヒトラブ)の「1冊でも倒れないブックスタンド」だった。その名の通り、本1冊だけでも立たせておける、特殊構造を持ったブックスタンドである。
居並ぶノミネート文房具のなかでも、特にユニークかつインパクトの大きかった商品。この結果は、仕事や勉強、日常での作業がはかどる機能をもった文房具、を切り口としている文房具総選挙らしい結果だったといえるだろう。
では、「1冊でも倒れないブックスタンド」はいったいどうして生まれたのか? ユニークな機構はどうやって着想・開発したのか? 文房具総選挙選考委員として同商品が台風の目になることを予想していた文房具ライターのきだてたくさんが、開発担当者であるリヒトラブの岩上優樹さんを直撃した。
着想の原点はピアノ! 驚きの“本が倒れない”構造
−−−早速ですが、この「1冊でも倒れないブックスタンド」はどのような経緯で作られたんでしょうか? アイデアのきっかけはどのようなものでしたか?
岩上優樹さん(以下、岩上):きっかけは、うちの子どもの片付けでした。家に絵本がいっぱいあるので、その収納に大手家具メーカーさんの収納ボックスを使っていたんですが、子どもが絵本を片付けようとして、ボックスの隙間に無理矢理に詰め込むんですね。本が傷むし、ボックスの蓋も閉まらなくなるしで、日頃から不便を感じていました。
−−−なるほど。お子さんにはよくありそうなシーンですが、スッキリと収納できないストレスがあったんですね。それを解決するために考えたのが、「1冊でも倒れないブックスタンド」につながる機構ということですか。
岩上:私は小さい頃にピアノを習っていまして。特に上手くもないのでつまらなく思っていたんですけど、ピアノの鍵盤を押すと、その隣の鍵盤と段差ができるでしょう。その段差の引っかかる感じが面白いな、と印象に残っていたんです。そういうのばかり気にしていたので、やっぱりピアノは全然上達しなかったんですが(笑)。ただ、それが頭の片隅にずっと残っていて、ふと「あの鍵盤の段差が絵本の収納に使えるんじゃないか」と思いつきました。
−−−子どもの頃に習ったピアノが、今になってそんな形で役に立つとは! ところで大賞受賞時に岩上さんからいただいたコメントに「二つの部材だけで作られている」とありました。これはどういうことなんでしょうか?
岩上:「ブックスタンドのベース部分」と、「上のパタパタ動くストッパー部分」という2種類の部材だけで構成されています。開発の都合上、端的に言えば、部材の種類が少ないほど低コストで作ることができるわけです。実は、初期段階ではストッパーをカバーする部材もあって3種類だったんですが、それだと価格がもっと高くなってしまうため、社内からは「もう少し価格を抑えられないか」と指摘され、部材を2つにすることで達成できたという経緯がありました。実現するために構造を作り込むのは、かなり難しかったですね。
−−−また、このパタパタのストッパー機構はもちろんですが、本体の連結機構のおかげで端のストッパーが無駄にならないのも素晴らしいと感じました。価格も安いので、複数台を導入して連結しているユーザーも多いのではないでしょうか。
岩上:ありがとうございます。個人的にとにかく機能がいっぱい詰まっているのが好きなので、連結は最初の頃から盛り込みたかった部分ですね。基本的にこのブックスタンドはパタパタ部分がメインでプロモーションしてもらっているので、連結機能は声高にアピールしていないんです。でも設計者としては、シンプルな構造ながら、間違いなく機能するように非常に苦労して作った機構なので、褒めてもらうと嬉しいです(笑)。
−−−全体的にかなり工夫の詰まった製品ですが、例えばリヒトラブの既存商品や技術から応用されている部分というのもあるんでしょうか?
岩上:いまはもう廃番になっている「コンピューターバインダーワゴン」という製品があって。弊社の定型の「コンピューターバインダー」というファイルが収まる専用ワゴンです。棚板の上から小さなパーツが並んで吊られている構造なんですが、これがブックスタンドのパタパタと似たような働きをして、ファイルが倒れないように固定します。本が倒れないようにピアノの鍵盤の動きを考えていたとき、先輩社員から「うちに昔、こういうのがあったよ」と教えてもらいまして。「コンピューターバインダーワゴン」が廃番になったときは、まだ僕は入社していなかったのですが、このシンプルな構造はヒントになりました。
出荷台数は当初予想の11倍に!
−−−開発では、いろいろな部分でご苦労があったんですね。発売前の社内での評判や数字的な見込みはどうでしたか?
岩上:発売前は年間で6000台、月あたりにすると500台程度を見込んでいたそうです。製品自体は1色でバリエーションもなく、そもそも市場に需要があるのか読めなかったし読書人口も減っているので、かなり低めに設定されていたようです。あまり前例のない製品でもありましたし……。
−−−では、発売以降の数字はいかがでしょうか?
岩上:おかげさまで、昨年10月の発売から半年間で約1万7600台を出荷しました。年間計画の3倍近くですね。文房具総選挙2023で大賞を受賞して以降はさらに多くのお声がけをいただいていまして、発表された5月1か月の出荷台数は5600台以上になっています。
−−−月間予定の11倍以上! これはすごいことになりましたね。「文房具総選挙」がお役に立てたようでなによりです!
岩上:文房具が獲得できるアワードはいくつかありますが、そのなかでも文房具総選挙はひとつの目標としていたアワードなので、大賞受賞はたいへん嬉しかったです。
−−−大賞を取って、社内の反応はいかがでしたか?
岩上:数名の方から「すごいね」と言ってもらえました。
−−−……数名? 後に月間出荷台数を11倍にしたのに、数名なんですか!?
岩上:いえ……、盛り上がってたのが私のところまで届いてなかっただけかも(笑)。ただ、自分でも「売れたとしてもニッチなところだろうな」と思っていたので、そこまで大きな数字になるとは予想外でした。
−−−リヒトラブ広報担当・金親さん:岩上の開発部門と、私たち広報や営業のいるフロアが別なんですが、こちらのフロアではもうめちゃくちゃに盛り上がっておりました(笑)
生粋の文房具ファン。自分が「欲しい」と思う製品を作りたい!
−−−ちなみに、このブックスタンド以外で岩上さんが設計担当された文房具には、どういうものがありますか?
岩上:最近ですと、ナカバヤシさんとコラボさせていただいた「プリントルーズバインダー」や、ゼムクリップとめ機の「クリラーク」を担当しました。「クリラーク」も構造がめちゃくちゃ大変でしたね……。
−−−これらを通して、岩上さんが製品開発をするときに心がけていることがありましたら、教えてください。
岩上:弊社の営業担当が販売店様からいただいてきたご意見やご要望が、アイデアのタネになることが多いんです。ただ、最終的にそれを自分が「欲しいな」と思えるかどうか。そう仕上げるように、常に心がけています。自分が欲しくないものを作ってしまうと、どうしてもブレるというか、詰めの部分が甘くなってしまうように感じていて……。もちろん、最終的にはいろいろな方の意見を聞いて仕上げますが、最初の段階では自分が欲しいと思えるかどうかを大事にしていますね。
−−−自分の「欲しい!」が重要なんですね。
岩上:そもそも中学生ぐらいから、用もないのに文房具店に通いつめていたタイプの人間なので。その当時からいろいろな文房具の構造をたくさん見てきたのが、今の仕事に役立っているように思います。
−−−小学校のピアノレッスンが役に立ったぐらいですから。それにしても、昔から相当に文房具がお好きだったんですね!
岩上:そうですね。中学の頃から、大学では工業デザインを学んで、文房具メーカーに就職して、自分で開発した商品を世に送り届けたい! と考えていたんです。今でも個人で文房具専用のツイッターアカウントを持っていて、そこで一般のユーザー様や他社様の公式アカウントからのツイートもしっかり追って、情報収集しています。
−−−それは完全な“文房具ガチ勢”ですね! 最後に「1冊でも倒れないブックスタンド」の今後の展開などがありましたら、教えてください。
岩上:いろいろと検討中ではありますが……。
−−−まずは「カラバリが欲しい」という意見はあちこちから聞こえてきています。あとは雑誌用の大きめサイズとか。雑誌「GetNavi」でタレントの山崎怜奈さんに文房具大賞に関してインタビューしたときも、「黒が欲しい!」とコメントしていたようですよ。
岩上:そうですね、本体カラーやサイズのバリエーションのご要望は、ありがたいことに数多くいただいています。みなさんのご意見にお応えして、商品展開が増えることはあるかもしれません。あと、連結機構をうまく活かせるような商品のバリエーションは、ぜひ出せたら嬉しいなと思っています。ホント、苦労した部分だったので(笑)
−−−期待しています。今回はおめでとうございました!