デザイナー、アーティスト、経営者、テレビ番組のコメンテーターなど、多岐に渡る活動を展開するクリエイティブディレクターの山崎晴太郎氏が、自身初となるビジネス書『余白思考 アートとデザインのプロがビジネスで大事にしている「ロジカル」を超える技術』を刊行した。仕事にも日常にも「余白」が必要だと説く氏に、仕事と趣味の向き合い方や、愛用しているガジェットなどを聞いた。
【山崎晴太郎さん撮り下ろし写真】
定住すると自分自身が止まる気がする
──今回、初の著書『余白思考 アートとデザインのプロがビジネスで大事にしている「ロジカル」を超える技術』を刊行した経緯を教えてください。
山崎 本のお話は前々から頂いていたんですが、本を書くと思考がそこで止まってしまう気がして出せなかったんです。ただ今回のテーマは「余白」ということで、楔を刺さないような思想を出せるので、タイミングとしてもいいかと思いました。
──これまでの仕事を総括するようなアートやデザインの本ではなく、ビジネス書というのが意外でした。
山崎 ビジネス書だからこそ、ライトに取り組むことができたんです。アートやデザインといった本流だと、その本が世の中に存在する意義や、業界に対してのプレゼンスなど、見せ方も含めて、いろいろ考え過ぎてしまうので。ビジネス書は細かくチャートを分けて、端的に言いたいことをスパンと伝えられるからコピーライティング的で、僕としてもやりやすかったです。
──「余白」を意識したのはいつ頃ですか?
山崎 アーティスト活動を始めた頃から、デザインやアートでは当たり前に使っている武器だったんですが、余白という概念は海外にないんですよね。英訳もできないので、そのまま「YOHAKU」と書いているんですが、直訳すると「ブランクスペース」や「ネガティブスペース」になってしまうので、“何もない場所”や“虚無”といった意味合いになってしまうんです。日本人の感覚で言う「余白」は、その中に宇宙があるというか、何がしかの意味合いがあるスペース。そういう概念は海外にないので、自分のクリエイションにとって大きな武器になるんだなと思ったのは30歳ぐらいです。そのタイミングで、生け花をやり始めたり、水墨画を始めたり、日本の文化や感覚を自分の中に意識的に取り入れました。
──確かに日本には余白を使った空間や場所は多いですけど、日本独特の文化なのでしょうか。
山崎 独特だと思います。“ミニマム”や“禅”など、いろんな表現をされるんですが、別の言葉で言うと「余白をうまく使う」なのかなと。最近よく“コンセプト”って言いますけど、それも多分に余白的だと思っていて。日本は英語の文化じゃないが故に、デザインやクリエイションがガラパゴス化しているところがあるんですけど、その中で余白は特徴的な概念だなと思います。
──本書には、ご自身で設計した「理想の家」で失敗した経験が書かれていますが、具体的にどういう失敗だったのでしょうか。
山崎 無垢の杉材を使ったら、床暖房を設置できないので、基礎にちょっとした切れ込みを入れて、エアコンを床下に向けて設置するとか、生け花や植物が溢れる家にするために、リビングと連続した土間のような植物専用エリアを作るとか、実験も含めて、いろんなことをやったんです。そのときに思う理想ではあったんですが、余白がないというか、偶発性がないので、半年ぐらいで飽きてしまいました。家庭料理は飽きずに食べられるけど、毎日コンビニのお弁当だと飽きるじゃないですか。その感覚に近くて、生活に揺れが出ないんですよね。
──オフィスも定期的に引っ越すようにしているんですよね。
山崎 株式会社セイタロウデザインは2008年に設立したので16期目なんですが、今のオフィスが8つ目。契約更新したのはコロナ禍の一回だけです。
──頻繁に引っ越すのも環境に飽きてしまうからですか?
山崎 それもありますが、まだ自分のクリエイションにどこか自信がないんでしょうね。定住すると自分自身が止まる気がするんです。だから、仕事もできる限り幅の広いことをやって、刺激を入れ替えるようにしているんですが、一番手っ取り早いのはいる場所を変えることなんですよね。外部刺激を入れ替えることで、生活のリズムやルーティンを外して、強制的にクリエイションに刺激を与え続けている感覚です。今は少し会社も大きくなってきたので、本社は動かしにくいんですけど、アトリエを別の場所にする計画をしていますし、今年は自宅も引っ越そうかなと思っています。
大物ガジェットを入れ替えるのが習慣化している
──PC以外で、仕事に向かう際に欠かせないモノ、最近手に入れてよかったモノ、気に入っているモノなどを教えてください。
山崎 欠かせないものは鉛筆とスケッチブック、あとはカメラですかね。最近手に入れたモノだと、「Kindle Scribe」が良かったです。それまでiPadを使っていたんですが、レスポンスや書きやすさが全然違っていて、PDFファイルにアナログ感覚でバーッと書き込めるので超便利です。あれは僕的に昨年のミラクルヒット。読書用に「Kindle Oasis」も持っているんですが、Kindle Scribeはメモやスケッチ用に使っています。
──ガジェットがお好きなんですか。
山崎 めっちゃ好きです。新しいモノがあったら買ってるかも(笑)。iPhoneも毎回買っていますし、「AirPods Pro」もUSB-Cになっただけで買い替えました。「MacBook Pro」も昨年出た黒のM3です。
──新しいモノを取り入れるのは仕事柄もありますか?
山崎 言い訳としては仕事柄です(笑)。飽きるのも早いし、オフィスと一緒で変化が欲しいんでしょうね。
──山崎さんは大学で「写真表現」を専攻していて、著書でもフィルムカメラの重要性を書いていますが、今使っているカメラは何ですか?
山崎 デジタルカメラはライカの「M10」、フィルムカメラはミノルタの「TC-1」とCONTAXの「TC3」、スナップ用に富士フィルムの「X100V」と主に4台を使っています。ライカは昔から大好きで、若いときは高くて買えなかったんですが、初めて買ったのが「Q2」で、次にフィルムカメラの「M-A」を買って、今はM10。僕にとってライカはオートフォーカスがないところが重要で、曖昧さの中にある表現が好きなんです。今欲しいのは「M11モノクローム」。高価なライカでモノクロしか撮れないって狂気の沙汰ですよね(笑)。
──カメラ以外で定期的に買い替えるモノってありますか?
山崎 カメラ、バイク、車、自転車のどれかを毎年、新しくしています。大物ガジェットを入れ替えるのが習慣化しているんです。一昨年はカメラ、昨年はバイクを買い替えたんですが、今年は自転車を考えています。昨年は大型バイクのために大型二輪の免許も取りました。
──よく取りに行く時間がありましたね。
山崎 一番高いプランで最初にギチギチに授業を入れました(笑)。昨年4月に「真相報道 バンキシャ!」で、「新生活で大型二輪の免許を取りたいと考えています」と言ったんですが、ゴールデンウィーク明け早々には取っていました。
──かなりアクティブですね。バイクに乗る時間はあるんですか?
山崎 全然乗ってないです(笑)。大型バイクを買うで一つ自分の中でクリアしているんですよ。バイクはトライアンフの「ボンネビル スピードマスター」に乗り換えたんですが、乗るよりもいじりたいから、イギリスの「モートーン」というカスタムパーツメーカーからいろいろ取り寄せて、週末のたびにパーツを変えています。美しいモノを作るのが好きなんですよね。乗るよりもいじっている時間のほうが圧倒的に長いから、トルクとかも気にしないですし、まだ100キロも走ってないと思います(笑)。
──自転車もカスタムが基本ですか?
山崎 もちろんです。前の自転車は一通り組みきったので、うちの社員にあげたんですが、また違うパターンで組み立てたいなと。前はヤフオクとかで良いパーツを取り寄せて組んだんですが、次は逆にドレスダウンして組もうかなと考えています。
──スノボも趣味とお聞きしましたが、やはり板も頻繁に買い替えるんですか?
山崎 2、3年で買い替えてます。年齢を重ねるに従って、滑りのスタイルも変わりますからね。
──何事も追求するタイプなんですね。
山崎 その世界の中でイケてる枠にいたいんです(笑)。例えば学生時代、僕はサッカーをやっていたんですが、当時のサッカーだったら「ディアドラ」のシューズを履いていると、「知ってるね」みたいな空気があったんですよ。個人的には、そういうのが大事なんです。一時期、クワガタムシのブリーディングをしていたことがあって、そのときも菌糸ビンにこだわってました。
──クワガタのブリーディングにまで手を出していたんですか(笑)。
山崎 先輩でスマトラオオヒラタを育てているブリーダーの方がいて、「幼虫が生まれ過ぎたから、欲しい人は取りに来て」という連絡があって。他にも欲しいって言っていた方々がいたんですけど、温度管理が大変だとか、奥さんに反対されたとかで、取りに行ったのは僕だけだったんです。当時は子どもが2人だったので、2匹もらって育てたんですが、クワガタを育てるにあたって何がイケてるか分からないから、いろいろ調べたら菌糸ビンのメーカーが3つぐらい出てきて。でも、どれがイケてるか分からなくて、まだ昆虫のブリーディング業界はデザインされていないと思ったんです。だったらアクアデザインアマノ代表の天野尚さんが手がける水槽のように、僕がイケてる菌糸ビンを作ればいいんじゃないかと。そうすればブリーディング業界の間口が広がるはずだと。
──新たな可能性を見出したんですね。
山崎 菌糸瓶のデザインはまだですが、いつもそうやって新しいことを始めて、各所で言っていたら、いつの間にか仕事になることが多いんです。遊びで始めたことが仕事に繋がっていく。自分の余白にポンポン、いろいろなものをツッコんでいるうちに、何かが花開いていくんですよね。ただ今は一周回って、クワガタは飼ってないんですけど(笑)。極めたいわけではなく、ブリーディングをしたという人生の経験を持ちたいんですよね。
──現在進行形でハマっていることは何ですか?
山崎 先ほどお話した大型バイクです。今は年配の男性の間で流行っていますが、その中でどう自分のスタイルを確立させるか探っている最中です。ロングコートでバイクに乗る、みたいなスタイルが作れないかな、と。そんなことをやっていたら、取締役をやっている製造業のJMCと、Pamsというバイクガレージと一緒に「ゼロからバイクと車を組みませんか?」というプロジェクトが始まって。今年から「P,z」というブランドの立ち上げが始まりました。ドンガラのカワサキの「Z1」を、ゼロからデザインしながら組み上げていくプロジェクトです。
──大型バイクも仕事に繋がったんですか!
山崎 その繋がりで言うと、クラシックカーも大好きで、1969年のフォルクスワーゲンに乗ったり、90年代のジャガーXJ-Sに乗ったりしていたんですが、最初は、月に何度もJAFを呼ぶぐらい不便で。今、クラシックカーって、マニア以外には購入の選択肢に入らないじゃないですか。だから新しい車を買おうと検討している一般の方の選択肢に入るようなクラシックカーをデザインするのが、今回のプロジェクトの僕の1つのテーマになっていて。それを実現させたら、新しい時代をデザインできるかな、と考えています。その第一歩として、「P,z」の一環でフェアレディZの「S30」もデザインすることになっているんです。
──バイクにしても車にしても、一から勉強しなきゃいけないわけですよね。
山崎 そうです。大変ですけど、それが楽しいんですよね。普通に勉強するのは性に合わないですけど、そもそも好きなことですから。それで車の構造を勉強するために、過去に売られていた「S30」の1/8スケールのプラモデルをアメリカから直輸入しました。サイズが大きくて、説明書も全部英語で、1万8000円ぐらいしたんですけど、パーツを見ながら、こうすれば美しくなるなとか考えながら作ったんです。ついでにタミヤの塗装セットも一式買いました(笑)。
──プラモデルの領域にも仕事が広がりそうな勢いですね(笑)。クラシックカーや大型バイクに限らず、マニアの多い業界の方と仕事をするときに齟齬感は出ないんですか?
山崎 出ますね。こだわりの強い業界の方は、一般の人があまり気にしないことまで気にしていることが多いですよね。それは素晴らしいことなんですが、逆にいうと、閉鎖的になりがちで、一般の人が入りにくい。なので、僕が変なアイデアを出すと、「それをやると、Zに対する愛がなくなる」みたいな話も出てきます。そこを調整しながらやっているんですけど、うまく一般の人とマニアの人を繋げられたら、面白いことが起きるかなと思うんです。
会社はやりたいことを実現するための社会に対する器
──本のお話に戻りますが、山崎さんが独立した2008年当時、グラフィックはグラフィックデザイナー、ウェブはウェブデザイナー、プロダクトはプロダクトデザイナー、建築は建築家と、あるゆるデザインが分断されていたそうですが、いつ頃から風向きが変わったのでしょうか。
山崎 本格的にはここ5、6年ですかね。10年は経ってない気がします。テレビとネットの関係性と同じで、ウェブデザインがメインになり始めたあたりからです。僕がいた広告業界で言うと、昔は、デザイナーとして偉かったのはグラフィックデザイナーで。それこそ、独立した当時は、「1年くらいウェブデザインの専門学校に行っただけでデザイナーと名乗って。デザインをなめるな」みたいな風潮もありました。でもウェブのほうが断然コミュニケーション力もあるし、どんどんマーケットが大きくなっていくにつれて、紙のデザイナーがウェブもやるし、ウェブのデザイナーも紙をやるという具合に、徐々に旧来のやり方が崩れていったんです。そのあたりからグッドデザイン賞やACC広告賞の評価基準も、物の美しさだけじゃなくて、それで起きた世の中の現象やプロジェクト自体を評価するようになって、風向きも変わったと思います。
──そういった業界のタコツボ化みたいなものって日本特有のものだったんですか。
山崎 どこの国でもあるとは思いますが、特に日本は強かったと思います。海外だとアーティストがデザインをやったり、デザイナーがアーティストをやったりすることが珍しくなかったですし、マーク・ニューソンやジャスパー・モリソンのように、多岐にわたるデザインを手がけるデザイナーも多かったです。今は日本もデザインの線引きがなくなってきましたけどね。
──ベテランの世代でも、うまく時代の波に乗れている人は何が違うと思いますか。
山崎 過去のルールなどに固執せずに、本当にやりたいからやる、自分の興味を優先した人が時代を乗り越えている印象です。昔は同じようなやり方で一段一段上がっていくイメージが強かったと思いますけど、今はいろんなやり方があります。AIをどう使うかもそうだと思うんですけど、いろんなテクノロジーが日進月歩で進んでいるので、若くても個性を発揮しやすい状況です。
──山崎さんは二十代半ばでセイタロウデザインを設立しますが、早くに独立した理由は何だったのでしょうか。
山崎 大学を卒業して、PR代理店のクリエイティブ部門に新卒で入ったんですが、1年間だけフルタイムで働いて、2年目からは会社の時短制度を使って早稲田大学の夜間の芸術学校に通って建築を学んだんです。
──なぜ建築を学ぼうと思ったのでしょうか。
山崎 当時、僕が手がけたデザインに対して、クライアントは喜んでくれるんですけど、一般の人は僕のデザインにお金を払ってないという感覚があって。僕のデザインは社会の価値になってないなと感じたんです。建築やプロダクトだと、一般の人も僕のデザインに価値を認めてお金を払ってくれるだろうから、そういうものを作りたいなと思って建築を学びました。ところが途中で、建築事務所に勤めなければ、建築士の資格は取れないことに気づくわけです(笑)。そのまま代理店に残るとしても、今までのようにクライアントの商品ありきではなく、商品のコンセプト作りから広告のデザイン、店舗の空間デザインまで全てやりたかった。それを社長に伝えたら、「そんな会社は今の日本にないけど、自分で作ればいいじゃないか」と言われて、資本金の1000万円を出してくれたんです。それで最初は子会社として会社を作ったのが、セイタロウデザインの始まりでした。
──設立するにあたって、具体的なビジョンはあったんですか?
山崎 なかったです。ただ大きい経済規模を一番に求める会社にはしないと思っていたのと、やりたいことをやるために会社を作るというのが、そもそもの成り立ちなので、やりたくないことをやる会社にはしない。それは今も一貫しています。
──社長業とアーティスト性のバランスで悩むことはありますか。
山崎 会社を設立した当初はありました。例えばポスターを作るときに、デザイナーとしてはエンボスを捺したい。でもクライアントは捺さなくてもいいと言っている。僕は社長でもあるので、会社の利益を削れば捺せるわけです。そんな状況のときに、どちらを取るかで悩んで、アイデンティティクライシスに陥りました。でも自分がやりたいことをやって、世の中に評価されないのであれば、それは世の中に必要ないということだろうと思うようにしたんです。それですごく気持ちが楽になりました。その後は自分がやりたいことを社会に問うという思考になったので、経営上の大きなターニングポイントでした。
──会社の規模が大きくなると、思いきった決断も難しくなりませんか?
山崎 今でも、一般的に見ると思いきった決断をしているかもしれません。昨年も途中まで進めていたプロジェクトに納得がいかなくて、独断でやめました。社内の誰にも相談せずに。それが良いやり方なのかどうかは分からないけど、心は平穏になります。
──リーダーに必要なのは、メンバーにある程度の裁量を持たせることと書かれていますが、ご自身も現役のアートディレクター 、デザイナーで、部下に任せられるのはすごいなと思います。
山崎 僕自身が自由にやりたいから会社をやっていますし、この会社はやりたいことを実現するための、社会に対する器だと考えています。入社面談のときにも、「自分がやりたいことを実現できるようになってください」と言っています。セイタロウデザインという社名だから、僕の弟子のような位置付けで、社員は自由にデザインができないんじゃないかと聞かれることも多いんですが、基本的に縛りはないですし、僕が入らない案件もたくさんあります。
──人生でスランプに陥ったことが3度あり、その間も「動き続けること」「活動を止めないこと」を挙げてらっしゃいましたが、具体的にどのように過ごしていたのでしょうか。
山崎 スランプって本当に辛いですよね……。超ダウナーになって、アイデアも出ないし、何をやっても自分の中で否定しちゃう。だけどやるしかないので、誰も食べられない料理を作るような気持ちになります。ただ、復活するときって徐々にじゃなくて、パっと「抜けた!」って感じなんですよ。そのために作り続けることもそうだし、環境を変えるのもそうだし。3度目のスランプはコロナ禍だったんですけど、そのときは足袋ばかり履いていました。スランプのために、地面をグリップする力を変えてみようと思ったんです。それでマルジェラの足袋シューズをきっかけに足袋シューズを集めていたら、いつの間にかスランプを抜けていました。足袋の効果かは分かりませんが、そういう発想も一種の余白かもしれません。
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撮影/映美 取材・文/猪口貴裕