Vol.136-1
本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルが米国で発売した「Apple Vision Pro」。他社のHMDと比較して飛躍的に高価なモデルに込める狙いは何か。
今月の注目アイテム
アップル
Apple Vision Pro
3499ドル~
落胆するHMDから決別をはかるApple
アップルは2月2日より、アメリカで「Apple Vision Pro」を発売した。1月19日から予約が始まり、発売日近くに出荷されるぶんはすぐに売り切れた。1月末の段階では、次の出荷が3月末から4月になる模様だ。日本での販売は年内に行なわれる予定だが、まずはお膝元で販売が開始されたカタチだ。
Apple Vision Proを、アップルは「空間コンピュータ」と定義している。形状としては、いわゆるVR用のヘッドマウントディスプレイなのだが、できる限りHMD(ヘッドマウントディスプレイ)と呼ばないよう、認知を進めている。
彼らが慎重になる理由は、いままでの機器に感じたある種の落胆を引き継がないようにするためだろう。
筆者は昨年6月にApple Vision Proの実機を体験している。既存の製品との違いは、周囲の風景も、空間に浮かぶウインドウも圧倒的に自然な形で再現されていることだ。もちろん現実そのままとはいかないのだが、他機種のような「解像度の低さ」「表示のゆがみ」などはなく、まさに視界すべてがディスプレイになったような体験ができる。
ただそのためには、非常に凝ったハードウェアが必要。約3500ドル(約50万円)と高価なのはそのためだ。
妥協した体験では使えるモノにならない
だが今回、予約が開始されてみると、価格だけが違いではないことも見えてきた。
Apple Vision Proではメガネの併用ができない。また、コンタクトレンズについても、ソフトのみでハードコンタクトレンズは使えない。視力補正が必要な場合には、アップルが提携したツァイス社のインサートレンズを同時に予約する必要がある。また、予約時にはiPhoneのFace IDを使って顔をスキャンし、バンドやライトシェードのサイズを決める必要もある。そのため予約作業はかなり煩雑になっている。
ほかのVR機器には見られないことだが、ここまで厳密な手段を採っているのは、目とレンズ、ディスプレイの関係を最適化し、できるだけ質の良い体験を作るためだ。前向きに捉えれば、Apple Vision Proはそこまで厳密な設定により、良い体験を提供して差別化しようとしている……と判断できる。一方で厳密さは面倒臭さにもつながるので、実際の使い勝手がどうなるか気になるところではある。
では、なぜそこまでアップルはこだわるのか?
理由はシンプルだ。妥協した体験では消費者を納得させられず、毎日使ってもらえるデバイスにならない、と判断したのだ。
HMDに類する機器はなかなか一般化しない。頭になにかをかぶる、という体験はまだ不自然なものだ。だから「ゲームをするとき」など、特定のタイミングでないと使われず、定着しない。結果として、スマホやPCのように一般化していない。
だが、得られた体験が良く、日常に必須のものと判断されれば定着する可能性はあり、その先には大きな市場が広がっている。アップルはまず理想的な製品を示すことで“毎日使う機器”を目指そうとしているのだ。
ではそのためにはなにが必要なのか? そこは次回以降で解説していく。
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