日本人にとってすっかり身近な存在となったパンダ。現在日本には、東京の上野動物園に4頭、和歌山のアドベンチャーワールドに4頭の合計8頭が暮らしています。昨年、上野動物園で生まれ育ったシャンシャンが中国へと渡りましたが、現在でも上野動物園にはパンダに会うため、国内外からたくさんの人が訪れています。私たちはなぜこうもパンダに惹きつけられるのでしょう?
パンダの知られざる生態や日本における歴史、現在の“愛で方”まで、教えてくれるのはアドベンチャーワールドの「明浜(メイヒン)」「優浜(ユウヒン)」の名付け親で、パンダライター・イラストレーターとして活躍する二木繁美さんです。
もともとは贈り物だった!
パンダが日本にいる理由
まずは、知られざる日本におけるパンダの歴史を辿ってみましょう。
日本に初めてパンダがやってきたのは、今から50年以上前の1972年。日中国交正常化による中国人民からの“贈り物”としてカンカンとランランが上野動物園にやってきました。公開初日には、日本初のパンダを一目見ようと2キロ以上の列ができたとも! なぜ初日からここまでの人気が集まったのでしょうか?
「実は日本にパンダがやってくる前年、昭和天皇がイギリスのロンドン動物園でチチというパンダをご覧になったと報道されていました。もちろん日本にはまだいない動物でしたし、陛下がご覧になったパンダが上野でも見られる! 新聞で見たパンダをこの目で見てみたい! と、国民の関心が高まったタイミングだったのも影響しているのかもしれませんね」(パンダライター・二木繁美さん、以下同)
昭和天皇がパンダブームに一役買っていたとは驚きです。当初は“動物大使”として親しまれていましたが、1981年に中国がワシントン条約に加盟したことでパンダは保護対象となりました。それ以降“贈り物”としての譲渡ができなくなり、今も続く繁殖や研究を目的とした取り組みに変わっていったのです。
カンカンとランランに続け!
日本国民に愛されたパンダたち
カンカンとランランに続き、日本でのパンダブームはたびたび訪れます。
「その後、ランラン亡き後、上野動物園にはカンカンのお嫁さんとしてホァンホァンが来園。やがてカンカンも亡くなるとオスのフェイフェイが来園し、1986年にメスのトントンが生まれました。トントンの前にチュチュというオスの子どもが生まれていたのですが、わずか43時間で命を終えてしまったため、トントンは待望の子パンダとなり、愛らしい赤ちゃんパンダを一目見ようと、第二次パンダブームが訪れました。
その後もトントンの弟・ユウユウが誕生したり、トントンのお婿さんにとユウユウと交換で中国・北京動物園からリンリンがやって来たり、トントン亡き後にはメキシコからシュアンシュアンがやってきたりと、しばらく途絶えることなく上野にはパンダがいました。しかし2008年にリンリンが亡くなると、約3年間上野にパンダ不在の時期が……。
しかし、子どもたちが当時の石原都知事に手紙を書くなど地元の人々の熱烈な要望があり、政治上の問題などの課題を乗り越えて、2011年に待望のパンダがやってきます。これが現在も上野動物園で会うことができるリーリーとシンシン。
そして2017年に、この2頭の間に生まれたのがシャンシャンです。シャンシャンの誕生により、これまでの歴史の中でもトップと言っていいほどのパンダブームが訪れました。その後、21年には上野で初のふたご、シャオシャオとレイレイが誕生しています」
大きなパンダブームを巻き起こしたシャンシャンは、2023年に中国へと渡りました。ちなみに、国内では上野動物園と合わせて、現在2つの施設でパンダが飼育されています。もうひとつの施設、和歌山県のアドベンチャーワールドには、1988年に一度、短期貸出でパンダがやってきていましたが、その後1994年から日中共同繁殖研究がスタート。現在、4頭のパンダが飼育されています。
実は、神戸市立王子動物園にもタンタンというパンダがいたのですが、2024年3月末に国内最高齢の28歳でこの世を去りました。ニュースでも取り上げられ、多くのファンがSNSで思い出を語っているのを目にした人も多かったでしょう。阪神淡路大震災の復興のシンボルとして2000年に日本へやってきたタンタン。約24年間、たくさんの人を癒してくれたのは間違いありません。
面白い生態に驚く!
パンダトリビア5選
ここからは意外なパンダの生態について、教えていただきましょう。
1.最高齢のパンダは、38歳!
「野生パンダの寿命は、だいたい20年。飼育されているパンダは、30歳を超える個体もちらほらいます。これまでの最高齢は38歳4ヶ月。香港のオーシャンパークで2016年に安楽死で亡くなったジアジアと、シャンシャンの曽祖母でもあるシンシンです。パンダの年齢を人間に例える場合、約3倍くらいになるので、人間でいうなら114歳くらいですね。2024年3月31日に亡くなった神戸市立王子動物園のタンタンは、その時点で国内最高齢の28歳でした。
その後のファンの悲しみは深く、全国から3000以上もの献花が届いたと聞いています。あまりの多さに、園も受付しきれなくなり、途中で郵送での受付をストップしたほどです。私も何度か献花台を訪れましたが、あふれかえる花束やファンからの絵やメッセージを見て、“タンタンお嬢様”の存在の大きさをあらためて実感しました。」
2.パンダはもともと肉食だった
「パンダは主に笹を食べていますが、実は先祖は肉食動物。パンダって実は800万年以上前から生存していて、スペインでも化石が見つかっているんです。一見のんびりしていそうなのに、これだけ生存しているってすごいですよね。パンダは争いが苦手で、他の動物との争いを避けるために、あえて他の動物が食べない竹を食べて生き延びてきたと言われています。
一般的な草食動物は、草を消化・吸収するために腸が長かったり、胃が複数あったりしますが、パンダの腸は肉食動物と同じ構造。そのため、竹がほとんど消化・吸収されないまま排出されてしまうんです。なので、起きている間はずっと竹を食べ続けなければ生きていけない……。また竹は、100年に一度ほどの周期で花を咲かせて突然枯れる植物で、この原因も解明されていません。そのため、パンダもたびたび絶滅の危機にあっているんです。さまざまなリスクを負いながらも竹を食べているのを見ていると、とてもかわいらしく感じてしまいますよね」
3.ウンチは草原のようないい香り
「竹がほとんど消化されずに出てくるウンチは、雨あがりの草原のようないい香りがするんです(笑)。私も飼育員さんにお願いして、ウンチのにおいを嗅がせてもらったことがありますが、クサいとは感じなかったですね。イベントなどで、パンダのウンチが展示されていることもあるので、ぜひニオイを嗅いでみてくださいね」
4.赤ちゃんパンダがピンクになるのは、親パンダの唾液
「パンダの赤ちゃんを見ると、毛の白い部分がほんのりピンク色。これって実はお母さんパンダの唾液によるものなんです。赤ちゃんの頃のシャンシャンは『どれだけ舐めたんだろう?』と思うくらいピンク色でした。母の愛がピンク色になってあらわれているんですね」
5.茶色のパンダがいる!
「パンダといえば黒と白ですが、黒の部分が茶色になっている野生のパンダが中国で発見されています。茶色いパンダは1985年以降5頭が確認されています。そのうちの1頭チーザイは、親から離れてしまい保護された個体。現在飼育されている茶色いパンダは、このチーザイ1頭のみです。一般公開されると大変珍しいパンダということで、中国内でも話題になりました。
実は、パンダには『四川(しせん)ジャイアントパンダ』と『秦嶺(しんれい)ジャイアントパンダ』の2種類がいることがわかっています。日本の動物園で見られる個体は四川パンダで、秦嶺パンダはその亜種。先ほどのチーザイも秦嶺パンダで、よく見ると顔が違うんです。四川パンダは顔が長くて熊に似ています。秦嶺パンダは口が短く、熊と言うよりは猫に似ているそうですよ」
日本だけじゃない!
世界に広がるパンダ人気
昨年中国へと渡ったシャンシャンですが、シャンシャンを追いかけて中国・雅安碧峰峡基地まで行く日本人がたくさんいるそうです。二木さんもその一人。私たちをそこまでさせるシャンシャンの魅力は、どこにあるのでしょうか?
「シャンシャンは、ユウユウ以来29年ぶりに日本で生まれ育ったパンダ。シャンシャンがここまで人気になった理由としては、リーリーとシンシンの自然交配で授かったということや、SNSの存在も大きかったと思います。
シャンシャンが生まれた2017年の流行語は『インスタ映え』で、SNSも全盛期。ファンはもちろん、上野動物園も積極的に情報を発信していたんです。当時は、ライブ配信もしていましたから。たくさんの人たちが自分の子供を見るような感覚で、シャンシャンの誕生から成長を一緒に見守ってきた背景もあるのかもしれません。だからこそ、中国でどんな暮らしをしているのか、気になって会いに行く。楽しく過ごしている姿を見て安心したい気持ちもあるかもしれませんね」
もはやアイドルのような存在になっているシャンシャン。熱心なファンが多いのは、日本だけなのでしょうか?
「日本人とアメリカ人には、パンダ好きが多いらしいですね。アメリカでは1936年に赤ちゃんパンダのスーリンが公開されて、パンダブームが起きており、今でもパンダは人気です。最近では本家である中国や、韓国でもパンダブームが起きています。外国人観光客が、パンダを目当てに日本の動物園を訪れるケースも増えているんですよ。
ちなみに韓国では2020年に初の自然繁殖でフーバオというパンダが生まれたのですが、今年中国に渡ったんですよね。現地では、お別れ前に会いたいと観覧が6時間待ちになるほどに。ちょうどコロナ禍に生まれたこともあって、韓国のみなさんに癒しを届けた存在だったのでしょうね」
午前中が狙い目!?
パンダを愛でるコツ
今や全世界で愛されているパンダ。これから初めて見に行く人はどんな準備をしていったら良いのでしょうか? 二木さんにパンダに会いに行く際のコツを伺いました。
「昼間は寝ていることも多いので、できればご飯を食べている時間帯に会いにいってほしいですね。上野動物園であれば、開園してすぐの午前中はご飯を食べていることが多いので、早めの時間に行くのがおすすめです。
ふたごの子パンダの観覧列は大行列で、平日でも1時間以上の待ちになっていることもあるので、時間に余裕を持っていくのが良いでしょう。親パンダは比較的スムーズに会えるので、とにかくパンダを見てみたいという方は、まずは親パンダに会ってみてはいかがでしょう」
ぜひ自分の目で、その愛らしさを確かめてみてください。
パンダを通して
環境保護にも目を向けて
最後に、二木さんがパンダを愛でるなかで感じたこと、これからパンダのために取り組んでいきたいことを伺いました。
「私自身、仕事で疲れきっていた時にパンダと出会い、そのかわいさにたくさん癒してもらいました。パンダは人間たちが保護をしてきたことで少しずつ個体数が増え、絶滅危惧種ではなくなったものの、まだまだ地球環境問題の影響を大きく受けている動物です。私もパンダに会いにいくうちに『パンダが暮らしやすい環境を実現したい』と考えるようになりました。よりよい地球環境を意識すれば、パンダも人間も快適に過ごせる地球になるはず。ちょっとでも地球にいいこと、パンダにいいことをしていきたいですね」
「動物園で売上の一部がパンダの保護に使われる『パンダドネーション』のグッズを買ったり、寄付をしたりすることで、パンダを保護する。それは、地球環境を守ることにもつながると思うんです。『地球のために』って言われると、そんな大それた活動はできないよ、と腰が引けてしまいますが、動物園で見たパンダたちが過ごしやすくなるために良いことをしようと思えば、私たちの生き方もちょっと変わってくるかもしれませんね」
Profile
パンダライター / 二木繁美(にき・しげみ)
パンダがいない愛媛県出身で日本パンダ保護協会会員。パンダ好きのフリーライター&イラストレーター。アドベンチャーワールドのパンダ「明浜」と「優浜」の名付け親。グラフィックデザイナーからKADOKAWAの地域メディア編集長を経て、現在に至る。一眼レフを使用し、多いときには1度に1700枚ほどのパンダの写真を撮影。マニアックな写真と観点からパンダの魅力を紹介する著書『このパンダ、だぁ~れだ?』(講談社ビーシー)が発売中。
HP
Twitter(X)