吉森信哉のレンズ語り~~語り継ぎたい名作レンズたち~~ 第5回「キヤノン 手ブレ補正機構搭載の中望遠単焦点レンズ」
中望遠単焦点の85mmは、ポートレート撮影などに多用されるレンズである。本格望遠の200mmや300mmのように、遠くの風景の一部分を切り取ったり、野生や動物園の生き物をアップで捉えたり……といった、望遠らしい作画効果は期待できない。だが、被写体との距離を適度に保ちつつ、明るい開放F値を生かして被写体の前後を大きくぼかすことができる。そんな“玄人好み”の描写や表現が、85mm前後の中望遠単焦点レンズの持ち味である。
今回取り上げる「キヤノン EF 85mm F1.4L IS USM」は、Lレンズとしての優れた描写性能を実現しつつ、手ブレ補正機構「IS」も搭載している。これによって、手持ち撮影時の快適さやブレ防止効果が増す。ちなみに、キヤノンのLレンズの「L」は、贅沢や高級を指す「Luxury」の頭文字で、最高水準の描写性能や操作性・堅牢性を追求したレンズの称号になっている。
【今回紹介するレンズはコレ!】
Lシリーズの大口径中望遠に手ブレ補正機構「IS」を搭載
キヤノン
EF 85mm F1.4L IS USM
実売価格17万7200円
F1.4の明るい開放F値によって、夜間や屋内などの暗い場面でもフラッシュ光に頼らず撮影でき、大きなボケ効果を生かした高品位な撮影が可能な中望遠単焦点レンズ。高精度ガラスモールド非球面レンズ1枚を採用し、画面中心から周辺部までシャープな画質を実現している。また、特殊コーティング技術のASC(Air Sphere Coating)の採用により、逆光時のフレアやゴーストの発生も抑制。そして、シャッター速度換算「4段分」のブレ補正効果が得られる手ブレ補正機構「IS」も搭載している。2017年11月発売。
●焦点距離:85mm ●レンズ構成:10群14枚 ●最短撮影距離:0.85m ●最大撮影倍率:0.12倍 ●絞り羽根:9枚(円形絞り) ●最小絞り:F22 ●フィルター径:77mm ●最大径×全長:88.6mm×105.4mm ●質量:約950g ●その他:手ブレ補正効果4.0段分(CIPAガイドライン準拠)
85mmだけでF1.2、F1.4、F1.8の3本体制に
従来からのEFレンズ群には、2本の85mm単焦点レンズがラインナップされている。明るさをF1.8に抑えてコンパクトさを追求した「EF 85mm F1.8 USM」と、開放F値が抜群に明るい「EF85mm F1.2L Ⅱ USM」である。後者のF1.2の製品は、最高水準の描写性能や操作性・堅牢性を追求したLレンズであり、1989年発売の前モデル「EF 85mm F1.2L USM」と同様、ポートレート撮影などの定番レンズとして、長年にわたってプロやハイアマチュアの高い評価を得てきた。
このF1.2の製品は「EF 85mm F1.4L IS USM」の発売後も併売されている。つまり、現在キヤノンの85mmは、F1.2、F1.4、F1.8の3本体制に。それぞれに描写や大きさ・重さ、価格などが異なるので、自身の狙いに合ったものを選ぶといいだろう。
“均一な太さ”でバランスの良い外観
一見してわかる通り、従来からの「EF85mm F1.2L Ⅱ USM」と、新しい「EF 85mm F1.4L IS USM」は、外観フォルムが大きく異なる。鏡筒の最大径はあまり変わらない(F1.2は91.5mm、F1.4は88.6mm)。しかし、F1.2の製品はマウント部付近が極端に細くなっていて、それが太い部分の印象を強めている。一方、F1.4の製品はマウント部から前方にかけて徐々に太くなっていて“均一な太さ”という印象がある。ただし、全長はF1.4のほうが20mm以上も長いので、全体的にはF1.4の製品のほうが大柄だ。
しかし、質量に関しては、F1.2のほうが75g重い(F1.2は1025g、F1.4は950g)。だから、F1.2の“重量感”を体感している人なら、今回のF1.4は「思ったよりも軽いな」と感じるのではないだろうか。
全長は長めだが均一な太さの鏡筒で、MF撮影で使用するフォーカスリングもF1.2よりも幅広になっている。そんな「EF 85mm F1.4L IS USM」は、全体的に“バランスの良さ”が印象的な製品である。
F値の調整でさまざまなシーンに対応
ここからは、実写チェックを見ていこう。
まずは、F1.4の開放から1段刻みでF2.8まで撮影し、その背景ボケの違いをチェックしてみた。当然、最も明るいF1.4がいちばん大きくボケるので、被写体(手前のバラ)の近くにある花や葉もボケが大きくて被写体が目立つ。だが、開放付近だと「口径食(※)」の影響によって、画面周辺近くの遠方の木漏れ日が、円形ではなくレモン型に変形している。1段絞ったF2だと、変形の度合いはいくぶん弱まる。2段絞ったF2.8だと、画面周辺の木漏れ日も、かなり円形に近づいている。
※口径食:レンズに対して斜めに入射した光の一部が鏡筒やレンズの縁で遮られて、周辺部の光量が減少する現象
F値の違いによる描写がわかったところで、次はそれぞれのF値をどんな場面で使うのか、具体的に紹介しよう。
≪F1.4(開放)≫最大のボケ効果を得る
木陰の手前に咲いていたアジサイ。背景が薄暗いぶん、花の形や色彩が際立って見えた。木漏れ日や点光源がない背景なので、口径食による不自然な描写は気にしなくてよさそう。そこで、F1.4の開放に設定して、最大のボケ効果を得ることにした。
≪F2≫背後の点光源を自然な形にぼかす
温室内に吊り下げられたベゴニアの花を、背景を大きくぼかして存在感を高めたい。だが、背景にはいくつかの光源(照明)が入るので、絞り開放(F1.4)だと口径食による“光源ボケの変形”が懸念される。だから、ボケ効果の大きさと変形の緩和のバランスを取って、1段だけ絞ったF2で撮影した。絞り羽根(重ね合わせ)の角が目立たない円形絞りを採用しているので、光源ボケの形(輪郭)も自然である。
≪F2.8≫近距離での不自然なボケを避ける
ミントの群生を撮影中、1匹のアブの姿が目に留まった。そこで、そのアブにポイントを置いて、最短撮影距離付近で狙うことにした。近距離の撮影では、被写界深度(ピントが合っているように見える、ピント位置前後の範囲)が浅くなるので、わずかなピント位置のズレでピンボケになったり、奥行きのある物の一部分しかシャープに描写されなかったりすることがある。そこで、F2.8まで絞って不自然なピンボケを防ぎつつ、適度なボケ効果を得た。
≪F8≫奥行きのある風景をハッキリと描写
開放F1.4の大口径単焦点レンズだと、開放やその付近の絞り値で撮影することが多くなるだろう。しかし、遠方を狙った風景撮影などでは、適度に絞り込んで撮影したい(ここではF8に設定)。それによって、少し手前から遠方までシャープな“肉眼の印象に近い描写”を得ることができる。もちろん、Lレンズなので画質的にもハイレベルである。
手ブレ補正機構「IS」の能力をチェック
本製品では“F1.4と手ブレ補正機構”の両立を実現させている。通常、大口径レンズに手ブレ補正機構を搭載(内蔵)すると、どうしても大きくて重い製品になりがちである。だが、本製品はレンズ全体のメカ構造の工夫によって小型軽量化を実現している。その手ブレ補正機構「IS」の補正効果は、シャッター速度換算で「4段分」。単純に計算すると「1/8秒」くらいでの手持ち撮影が十分可能、ということになる。
では実際の効果のほどはどうなのか。以下の日陰になったお堂の撮影シーンで検証してみた。
軒先部分の木製彫刻を拡大し、手ブレ補正オン/オフで比較してみよう。
極端な低速シャッターではないので、手ブレ補正機構「IS」がオフの状態でも、一見して「ブレて失敗!」というカットはなかった。しかし、PC画面上で100%(原寸表示)の大きさでチェックすると、ISオフで撮影したほうは、木製彫刻の細部や輪郭部に微妙なカメラブレが発生したカットが多くあった。今回の使用ボディは有効画素数「約3040万画素」のEOS 5D MarkⅣ。カメラが高画素になればなるほど、わずかなカメラブレも見逃せなくなってくるのだ。
手ブレ補正の効果がわかっところで、手持ちで低速シャッターを生かした撮影にチャレンジしてみた。緑に囲まれた回る水車を、手持ちのまま「1/8秒」低速シャッターで撮影。これによって、勢いよく回る水車部分が大きくブレて、ダイナミックな動感が表現できた。もちろん、動きのない部分までブレてしまうと、ただの“手ブレ写真”になってしまう。手ブレ補正機構の搭載によって可能になる、撮影スタイル&写真表現なのである。
明るさと手ブレ補正の融合が、写真撮影の幅を広げる
ズームレンズの場合、大口径タイプの製品でも開放F値は「全域F2.8」になる(ごく一部の製品を除けば)。だが、広角から中望遠の単焦点レンズなら、それより2絞り明るい“開放F1.4”の製品も多くある。しかし、それらには手ブレ補正機構が搭載されていない(ボディ内手ブレ補正を採用してないカメラで)。
まあ、明るさと光学性能の両立を考えると、それも止む無し。「手ブレ補正非搭載でも、抜群の明るさでカバーできる」。そういう考えで大口径単焦点レンズを選択・使用している人は多いだろう。だが、この「EF 85mm F1.4L IS USM」は、F1.4の明るさと手ブレ補正機構搭載の両方を実現した。それは例えば、次のような薄暗いシーンで活躍する。
夜の神社。そこの門の一部分を、85mmの画角で切り取る。近くに設置された灯りに照らされてはいるが、周囲はかなり暗くて、頼みの灯りも光量は乏しい。正直、F1.4の明るさを以てしても厳しい状況である(ある程度の画質劣化を覚悟して、極端な高感度撮影をおこなえば別だが)。しかし、感度をISO1600まで上げたら「1/4秒」の値は確保できた。この程度のISO感度なら、新しめの35mm判フルサイズ機なら十分高画質が得られるし、シャッター速度もISオンなら何とかなる値だ(安全速度よりもわずかに低速だが)。
F1.4の明るさと手ブレ補正機構搭載の両方を実現した本レンズを使えば、撮影領域や表現の幅はこれまで以上に広がるだろう。ワンランク上の撮影を楽しみたいなら、ぜひ手にしておきたい1本だ。