吉森信哉のレンズ語り~~語り継ぎたい名作レンズたち~~ 第8回「富士フイルム APD搭載レンズ」
焦点距離が50mm台の単焦点レンズは、小型で軽量な設計で開放F値も1.4~1.8と非常に明るい製品が多い。だから、ズームレンズを常用していても、光量に恵まれない状況やボケを生かした撮影をするために、50mm台の単焦点レンズも一緒に携行する人もいる。
50mm台の単焦点レンズは、各社(カメラメーカー、レンズメーカー)からが発売されているが、その作りやグレードはさまざま。安価で入手しやすいぶん鏡筒がプラスチック製でフォーカスリングの作りや操作感は“それなり”という製品もあれば、高品位な金属製鏡筒でフォーカスリングの作りや操作感も上質という製品もある。もちろん、レンズ設計上の品質差もある。
今回紹介する富士フイルムの「XF 56mm F1.2 R APD」は、APS-CサイズのXシリーズ用に開発された製品である。高性能なレンズを組み合わせた高解像が得られる光学設計が採用され、外観には金属素材を使用。そして、レンズ内に「APDフィルター」という光学エレメントを搭載し、柔らかくて美しいボケ描写が得られるようになっている。
【今回紹介するレンズはコレ!】
抜群の明るさと美しいボケが特徴の高性能単焦点レンズ
富士フイルム
XF 56mm F1.2 R APD
実売価格14万8300円
本製品は、35mm判換算で85mm相当になる、大口径で高性能な単焦点中望遠レンズである。F1.2という非常に明るい開放F値を有し、非球面レンズで球面収差を良好に補正して、開放絞りから高い解像度を実現する。そして、周辺部の光の透過率を低下させる働きがある「APDフィルター」を搭載することで、ボケの量が大きいだけでなく、柔らかくて美しい“ボケの質”も追求できるのである。2014年12月発売。
●焦点距離:56mm(85mm判換算:24mm相当) ●レンズ構成:8群11枚(APDフィルター含まず) ●最短撮影距離:0.7m ●最大撮影倍率:0.09倍 ●絞り羽根:7枚(円形絞り) ●最小絞り:F16 ●フィルター径:62mm ●最大径×全長:73.2mm×69.7mm ●質量:約405g
8群11枚の光学系を採用し、前方の2枚のEDレンズと、3枚の接合レンズの組み合わせによって、色収差を大きく低減。また、非球面レンズで球面収差を効果的に補正し、開放絞りから高い解像度を実現する。その非球面レンズの前方に設置されているのが、本レンズの大きな特徴である「APDフィルター」である。レンズ全面に、独自の多層コーティング処理「HT-EBC (High Transmittance Electron Beam Coating)」を施し、ゴーストやフレアを抑えて、シャープでクリアな描写を実現している。
XF 56mm F1.2 R APD発売の約10か月前(2014年2月)には、APDフィルターを搭載しない通常仕様のレンズ「XF 56mm F1.2 R」も発売されている。XF 56mm F1.2 R APDのベースとなるレンズで、基本的なレンズ構成や、大きさ・重さも変わらない。APDフィルターを搭載しないぶん、価格は数段安くなっている。
作例はコチラ↓(画像をクリックすると拡大して表示されます)
APD仕様による表示と動作。質感と操作性に優れた外観の作り
美しいボケの要となるAPDフィルター(アポダイゼーションフィルター)だが、そのフィルターの搭載によって、センサーに届く光の量は普通レンズよりも減少する。そのため、本製品の絞りリングには通常のF値表示とは別に、実効的なF値を示す値も赤い色の文字で表示されている。その絞りリングは、1/3段ごとにクリックが設けられているが、さほど固くない(適度な)クリック感なので、快適に操作することができる。
APDフィルターの効果は、絞りが開放に近いほど大きくなるが、本製品は開放が「F1.2」と非常に明るいため、日中の撮影ではISO感度を最低まで下げても露出オーバーになる危険性がある。そのため、本製品には光量を3絞り分減光できる「NDフィルター」が同梱されている。
“APDフィルター搭載のレンズで、世界で初めてAF撮影を実現”というのも、本製品の大きなウリになっている。ただし、APDフィルターがある関係で、位相差AF機能を搭載するカメラでも、AF方式はコントラストAFになる。そのせいか、以前レポートした「XF 16mm F1.4 R WR」と比べると、シーンによってはAF作動が少しだけ遅く感じられる。
ほかの外装と同様、金属を使用している幅広のフォーカスリングは、見た目にも高品位な雰囲気が漂っている。そして、リングを操作した際に適度なトルク感(少々重めに感じるかも)があるので、快適なマニュアルフォーカス撮影を行うことができる。
富士フイルム XF 56mm F1.2 R APDの実力を3項目で実写チェック
では早速、いろいろな側面からXF 56mm F1.2 R APDの実力やAPDフィルターの効果をチェックしていこう。
【F1.2~F2.8までのボケ具合を比較】
丸型ポストの投函口下の文字部分にピントを合わせ、絞り値を変えながら背後の建物や木のボケ描写を比較してみた。なお、設定した値は、白い文字で表記される通常のF値である。
<F1.2>
<F2>
<F2.8>
見比べてみると、開放F1.2とF2のボケの差は結構大きく、ポストの右側に隣接する白い障子の輪郭や、その右(さらに奥)の洋館の窓枠などに、その違いを実感する。F2.8まで絞ると、それらの部分がより明確に見えるようになる。当然、開放のF1.2のボケが最も柔らかいが、F2やF2.8に絞った際のボケの輪郭部分も“なだらか”で好ましい描写である。ちなみに、F1.4も撮影してみたが、F1.2との差は微小だった。
【F1.2とF2.8、シャープさを比較】
続いて、上の開放F1.2のカットとF2.8まで絞ったカットの中央近く(ピントを合わせた部分)を切り出して、両者のシャープさを比較してみた。
<F1.2>
<F2.8>
驚いたことに、開放F1.2の描写は、F2.8とあまり変わらないシャープさである。これには、APDフィルターによる“絞り込みの効果”も影響しているのだろう。
【一般的な50mmレンズと、背景ボケの質を比較】
温室内のベゴニアの花に接近して狙う。比較用に一眼レフ用の一般的な「50mmF1.8」を選択し、花が同じ大きさになるよう撮影する。そして、狙った花の背後に見える木製の格子棚や別のベゴニアの花の“ボケの質”を比較してみた。
<XF 56mm F1.2 R APDの「絞りF2」の背景ボケ>
<一般的な50mmの「絞りF2」の背景ボケ>
使用ボディのX-H1と一眼レフは、どちらもAPS-Cサイズのセンサーを採用している。だが、XF 56mm F1.2 R APDと一般的な50mmF1.8は焦点距離が少し異なり実効F値も異なるので、単純にボケの大きさを比較するのは難しいが、両者の“ボケの質”は比較できると思う。
XF 56mm F1.2 R APDの「F2」の実効値は「F2.3」程になるので、そのぶんボケ量が少なく見える(焦点距離は長いが)。しかし、APDフィルターの効果もあり、格子や花のボケがとても自然に描写されている。一方、一般的な50mmの方は、ボケ量こそ大きいものの、ボケの輪郭部が干渉(?)し合って、全体的に“ざわついたボケ”に感じられる(このあたりはあくまで好みの問題かもしれないが)。
【作例】F1.2の明るさと美しいボケ描写を実感
続いて、XF 56mm F1.2 R APDの美しいボケを生かした作例を3点、紹介しよう。
<作例1>
洋館前の植え込みの、青々とした葉に狙いを絞る。逆光で透ける葉の色や葉脈が美しい。背後の洋館までの距離はそう遠くないので、開放F値が暗めのズームレンズでは、十分なボケ描写が得られにくい状況である(F2.8の大口径ズームであっても)。だが、本レンズではF1.2の明るさによって、大きくて美しいボケ描写を得ることができた。
<作例2>
茅葺屋根の古い日本家屋の軒先に、少々くたびれた古風な風鈴が吊り下げられていた。その短冊の部分にピントを合わせ、開放絞りによって背後の茅葺屋根や周囲の木々の緑を大きくぼかす。全体的にボケた部分が多い画面だけに、シャープに描写される短冊の文字が印象に残る。
<作例3>
流れ落ちる滝の前にある、枝に密集するモミジの葉に注目した。多くの葉の中から「どの葉にピントを合わせるか?」と迷うケースだが、ここでは画面の中央近くに入る大きめの葉にピントを合わせた。絞り値は開放のF1.2。ピントを合わせた部分は極めてシャープで、背後の白い滝の流れ(ボケ)は滑らかで美しい。
50mm台の単焦点レンズのなかでも一線を画する魅力的な逸品
同じ焦点距離をカバーするズームレンズと比較した場合、単焦点レンズには“小型軽量設計”とか“明るい開放F値を実現”といったメリットがある。今回の富士フイルム「XF 56mm F1.2 R APD」は、後者のメリットが当てはまるレンズであり、F1.2という抜群の明るさで大きなボケ描写が得られる。
……と同時に、開放絞りからシャープでクリアな描写が得られる贅沢な光学設計と「APDフィルター」の搭載によって“ワンランク上のボケ表現”も可能になる。まあ、多くの50mm台の単焦点レンズと比べると、かなり高価な製品になるが、高品位な作りや操作性も含め、かなり魅力的な大口径中望遠レンズと言えるだろう。