リコーは長年デジタルカメラ事業を続けており、高級コンパクトカメラ「GR」や一眼レフの「ペンタックス」、360度の全天球カメラ「THETA(シータ)」など、独自性の高い数多くのカメラを世に送り出してきました。そのリコーから飛び出したスタートアップが「ベクノス」です。世界初の民生用360度全天球カメラ「THETA」のプロジェクトリーダーを務めた生方秀直氏がCEOとなって2019年8月に立ち上げた企業で、全天球カメラや特殊カメラの製造・販売などを目的としています。
設立以来、どういった製品が登場してくるのか期待していたところ、ついに2020年10月15日に同社第1号の製品として超スリムなペン型の全天球カメラ「IQUI(イクイ)」が発売となりました。本稿では、事前に開催された製品発表会の様子を交えつつ、製品の詳細などについて解説します。
世界一美しく生活のなかに溶け込む全天球カメラを目指した
今回の新製品発表会では、ベクノス初の製品ということもあり、同社の生方CEOに加えて、親会社であるリコーの社長執行役員、山下良則氏が登壇しました。
まず最初に、山下氏がベクノス誕生の経緯などについて解説。それによると、現在のリコーの取り組みとして、従来からのコア事業(1)のほかに、社長直属で社内で新規事業を育てること(2)と、新事業の種子をカーブアウトさせ、オープンに出資者や協力者などを募りつつ社外でこれまでにない方法やスピードで事業化すること(3)の、いわば“一国三制度”での事業強化を実行しているとのこと。このうち、(3)の最初の事例が「ベクノス」であるとし、その期待の大きさについて語られました。
次に生方氏による新製品発表が行われました。今回の新製品開発にあたっては、最初の製品ということもあり、全天球カメラの価値をゼロから定義し直して再創造すること、加えて新しい価値の生み出し方をゼロから考えて構築することの2つのミッションがあったといいます。しかも、本機は2020年3月に開発意向表明が行われていたのですが、その時点ではエンジニアリングサンプルの状態だったそうです。そこから約半年という短期間で量産立ち上げに移行する必要があった一方で、コロナ禍により中国にある製品工場とのやりとりをフルリモートで行う必要があったことに触れ、まさに新しい時代に応じた、ものづくりスタートアップの1つのプロトタイプを構築できたのではないかと語りました。
製品については、名称を「IQUI(イクイ)」とし、世界一美しくて生活のなかに(ハードウェアとユーザー体験が)溶け込む全天球カメラを目指したといいます。詳細は後述しますが、コンパクトなペン型をベースに光学系を突き詰め、結果として4基のカメラを使うことでそのコンセプトを実現。操作部は電源ボタン、シャッターボタン、モード変更ボタンの3つにとどめ、あえてブランド名なども記さずに極めてシンプルなデザインにこだわっています。
スマホアプリについては、8月に先行して提供が開始された「IQUISPIN(イクイスピン)」に対応。アプリでは、モーションを付加するなどした写真をショートビデオ(MP4)に書き出すことで汎用性の高い映像にでき、操作もテンプレートを選んで書き出すだけ。これにより、そのままSNSなどにアップして共有することが可能になっています。ちなみに、IQUISPIN自体は、THETAを含む他社製の全天球カメラでも使用可能。
全長139mm、最大径19.7mm、質量約60gのペン型360度カメラ
では、「IQUI」の基本スペックを改めてチェックしてみましょう。
カメラは、本体上部側面に3基、天面に1基の計4基を装備。各カメラで撮れた画像をつなぎ合わせて360度の全天周の映像が撮れるようになっています。各カメラの画素数は非公表ですが、出力解像度はつなぎ合わせた状態で静止画なら5760×2880ピクセル(約1659万画素)、動画なら3840×1920/30fps(4K)なので、民生用全天周カメラとしては標準的な記録画素数といえます。
メモリーカードスロットは非搭載ですが、14.4GBのフラッシュメモリーが内蔵され、静止画なら最大約1500枚、動画なら合計記録時間で約30分の記録が可能(ただし、1回の記録時間は最大30秒まで)。電源は内蔵式充電池で、静止画なら約100枚、動画なら合計約30分程度の持ちということなので、連続して次々撮影するといった用途ではなく、気軽にスナップ撮影するような使い方に向くカメラといえそうです。そのぶん、小型・軽量になっていて、大きさは全長139mm、最大径19.7mm、質量は約60gとどんな場所にでも気兼ねなく持って行けるカメラに仕上がっているのが何よりの魅力といえるでしょう。
操作は、本体のボタンを使って行えるほか、本機に装備されたWi-Fi、Bluetooth機能を介して、前述のスマホ用アプリ「IQUISPIN(イクイスピン)」で撮影や詳細設定を行うことが可能。本アプリを使うことで、撮影した写真に動きを付ける「モーション」やハートマークやシャボン玉、花火の3D素材を付加する「エフェクト」、色調を変化させる12種類の「フィルター」などの付加機能も適用できます。
エフェクトについては、以下の公式PVをご覧いただくとイメージしやすいでしょう。
カメラを4基搭載することで画質を犠牲にせず小型化
実際にIQUI本体を見てみると、何よりその細さに驚かされます。民生用の360度全天周カメラの多くは、180度以上の範囲が写せる円周魚眼カメラを2基使用して360度の全天周を実現していることもあり、カメラ部が大きくなりがちです。なかにはカメラ部が小さめな製品もありますが、画質がイマイチといったケースが少なくありません。
その点本機は、カメラを4基(側面3基、上面1期)にすることで小型化に成功。各カメラの具体的な画角などは公表されていませんが、計算上カメラ1基あたり120度強の角度をカバーできれば360度を写せるので、レンズも画質を犠牲にせずに小型化しやすく、本体のスリム化に貢献しているのだと思われます。
また、本体の操作部が前述のとおり電源ボタンとシャッターボタン、動画/静止画のモードボタンだけとなっていて、USB端子すら装備しないという割り切った仕様になっているのも驚きです。これにより、ペンのようなシンプルで滑らかな造形になっており、誰でも簡単・手軽に撮れるのが本体を見ただけでわかる秀逸なデザインだと感じます。
「THETA」との違いは?
ベクノスはリコーの子会社ということで、リコーの全天周カメラ、「THETA」との違いが気になる人も少なくないと思います。
まず何より、大きさや重さの違いは大きいでしょう。例えば、THETAのスタンダードモデルである「THETA SC2」は、大きさがW45.2×H130.6×D22.9mmで約104gとなっています。全長はTHETA SC2のほうがわずかに短いのですが、IQUIは円筒形で最大径19.7mmなので感覚的には半分以下の大きさ。しかも、60gと軽量なので持ち歩きがさらに容易です。
一方で動画の撮影時間を見ると、THETA SC2では1回あたり最大3分まで撮れ、30秒までのIQUIとは大きな差があります。バッテリーもTHETA SC2のほうが余裕があり、静止画で約260枚、動画で約60分撮れるようになっています。このほか、本体にUSB2.0端子や三脚穴が用意されているといった違いもあります。
そのため、本格的な全天周写真や比較的長めの全天周動画撮影を楽しみたいならリコーのTHETAシリーズ、全天周でのスナップ写真や動画クリップ撮影などをより手軽に行いたいならIQUIといったように、使い方の方向性にも違いがあるといえます。
新会社ベクノスの製品第一弾である「IQUI」は、親会社であるリコーの「THETA」シリーズはもちろん、他社も含めた既存の全天周カメラとは異なる着眼点で小型・軽量化を実現。ライトユーザー層に向けた、使いやすくデザイン性にも優れたカメラに仕上がっています。
しかも、全天周カメラ用アプリ「IQUISPIN」を併用することで、ソーシャルメディアやショートメッセージなどでの共有も容易となるなど、スマホで撮った写真や動画同様、あるいは、それ以上の楽しみ方ができるように工夫されているのも魅力といえます。3万円前後という低価格を実現しているため、これまでとは少し違った写真や動画を撮ってみたいという人や、360度の写真や動画に興味はあるけれど敷居が高く感じていた人など、エントリーユーザー全般におすすめできる一台といえます。