タイガー・ウッズは、トーナメントで戦う際に“10秒ルール”というものを採り入れてきた。こういうことだ。いくらスーパーゴルファーでも、常にパーフェクトなショットが打てるわけではない。ミスった時には怒りもこみ上げてくる。そんな時のタイガーは10秒間だけ激怒し、11秒目からクールな自分に戻る。
タイガーの10秒ルール
10秒ルールが優れている点は、気持ちの中に、「決めた時間内ならいくらでもキレていい」という余裕を作れることにあるらしい。一見するとネガティブだが、大きな声で毒づくというわかりやすいアクションによって動揺を断ち切れるだけでなく、意識をポジティブな方へ向けるきっかけとなる。
ミスショットは、いくら悔やんでもなかったことにはならない。ならば、一刻も早く忘れてしまうべきだ。実際、ひとつのミスショットにいつまでも引きずられ、悪いセルフイメージにとらわれたままズルズルと順位を下げてしまう選手もいる。
仕事だって同じ。ミスはつきものだ。でも、いつまでも気にしていては、そればかりに意識がとどまり、次の動きへの出足も、行動のスピードも鈍ってしまう。
ネガティブなオーラと引き寄せの法則
済んでしまったことは仕方がないなんて、誰もがわかっている。しかし時として、失敗に向くネガティブな意識ばかりが強まって負のループに陥り、さらに新たな失敗が生まれる悪循環が起きる。こうなると、ネガティブなオーラを意図的にまとっているようなものだ。
ちょっと前、引き寄せの法則という考え方が話題になった。ごくおおざっぱに言ってしまえば、人は自ら発しているのと同じ種類のエネルギーを引き寄せる。ポジティブな思いで満ちている人にはポジティブなことが起きるし、ネガティブなことばかり考えていると、ネガティブなことばかり起きる。
ならば、タイガーのように10秒というわけにはいかなくても、可能な限り短い時点でネガティブなイメージを完全に払しょくしたい。プロスポーツ選手並みの強いメンタルは持ち合わせない、ごく普通の日常を送る普通の人間にもできる方法はあるのか。
実は、ある。
筆者は1時間ルール。まだまだだ
『考えて仕方があること・仕方がないこと』 (中山正和・著/PHP出版・刊)は、次のような書き出しで始まる。
昔、中国の禅僧、無業(むごう)和尚という人は誰が何を聞いても「莫妄想」(まくもうそう)としか言わなかったそうです。莫妄想とは「妄想すること莫(な)かれ」と読んでもいいし、「妄想する莫し」でもいいですが、「妄想」とは「考えても仕方がないこと」を考えることと考えて下さい。
『考えて仕方があること・仕方がないこと』より引用
筆者は、暇さえあれば考えても仕方がないことばかりを考えているような気がしてならない。次の原稿のネタをどうしようか? ああ、別の原稿の締め切りもある。そっちのアイデアが浮かばなかったらどうしよう? 仕事のことばかりではない。長く入院している母親はどうなるのだろうか? それに、一人暮らしの父親に対する心配もあれこれ絶えない。
そこで、ルールを作った。どんなにヘビーな問題でも、悩むのは1時間までにしよう。なぜ1時間か。〝悩み続ける〟という行いは肉体的に疲れるので、1時間が限度なのだ。
あとは行動に移す。ネタだって、どうしようと悩んでいる時間を情報収集に充てれば間違いなく状況は良くなる。煮詰まったまま座っていないで、外に出て走れば、その道中、思ってもみなかったタイミングでヒントが舞い降りてくることもある。
父親のことだって、母親のことだって、自分が悩んで悩み尽くしてどうにかなるものじゃない。ならば時間を区切って悩んで、あとはすっかり忘れよう。
創造工学と仏教思想
著者の中山正和さんは、サイバネティクス――生理学、機械工学、システム工学を統一して考える学問――と大脳生理学を基にした創造工学のパイオニアだ。
創造工学を通じて知識を深め、創造性を高めて実現していく過程のツールとなる方法論の基盤は仏教思想だ。
仏教思想と聞くと、ちょっと遠慮してしまう人もいるかもしれない。でも、次のような日常風景に落とし込んだ説明ならば距離感がぐっと縮まるのではないか。
集中力がつくと仕事は楽になります。楽になれば面白くなる。面白くなればますます集中できる。と、こういう善循環を起こすことが取りも直さず創造性を発揮することになるのです。
『考えて仕方があること・仕方がないこと』より引用
今年は、可能な限り悩まない1年にしよう
莫妄想は、次のような言葉で説明できる。
実体のないものに心を囚われることなく、今できることをしなさい。そして、禅で言う妄想とは空想や夢想だけを指すわけではない。ものごとに固執したり、考え方を頑なに変えなかったりすること。身勝手な決めつけや思い込みも妄想だ。
2017年は、莫妄想をメインテーマに据えて1年を過ごしてみようと思っている。
(文:宇佐和通)
【参考文献】
考えて仕方があること・仕方がないこと
著者:中山正和
出版社:PHP研究所
何か気分がスッキリしない、心がモヤモヤする……というとき、あなたは妄想にとらわれ、ストレス状態にある。クヨクヨと思い悩むのは頭のムダ使いをしている証拠。本書は大脳生理学と釈迦哲学から、禅の言葉=莫妄想(妄想するなかれ)によりストレスを解消し、直観力と問題解決能力を高めるコツを解き明かす。
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