ちょっと前から、落語を見直そうと思っている。
きっかけは、月曜日から金曜日まで毎朝見ている情報バラエティ番組にコメンテーターとして出演している立川志らく師匠だ。絶対に笑わせてやろうという力みや、「ほーら、面白いこと言ってるでしょ」みたいな押しつけがましさがまったくない。しれっとしたトーンで、次々と筆者の笑いのツボを突いてくる。
シネマ落語
これまで落語にまったく興味がなかったわけではない。でも、どこかしらとっつきにくかったことが否めないし、実際に笑えるということを基軸にすれば、例えばロバートのコントやナイツの漫才ほど爆笑できる媒体に思えたことは正直なかった。
ところが、志らく師匠の“シネマ落語”という試みを知り、実際に聞いてみて、落語というものに対する意識が変わった。シネマ落語とは何か。ご自身のホームページに掲載されている説明文をそのまま引用しておく。
シネマ落語の概要を説明しておきます。
とりあげる作品は洋画。時代設定を落語の時代、つまり江戸、明治、大正、昭和初期に変更。
登場人物はすべて落語国の人。八っつあんにご隠居さん、与太郎、権助、幇間の一八などなど。そしてエンディングに落語的な落ちをつける。
落語になるのは『オーメン』や『タイタニック』や『ダイ・ハード』など、時代を超えて残る名作ばかりだ。それぞれの話についてここであまり細かく説明してしまうのは場違いな感じがするので、この程度にしておく。でも、よく知っている話を落語に仕立てるとこうなるのか、という驚きがあったことだけははっきり記しておきたい。
型を破るには、まずそれを身に付ける
型破りという言葉がある。
斬新、あるいは奇をてらうといった意味合いで使われることが多い。シネマ落語だって、型破りに違いない。ただ、初めて聞いたときに歌舞伎役者の故中村勘三郎さんがテレビで言っていた言葉を思い出した。
「型があるから型破り、型がなければ形無し」
型破りなことをしたければ、まずその型といわれるものをしっかりと身に付けていなければ勝負にならないということなのだろう。そして、志らく師匠が師事した故立川談志氏は、まったく同じニュアンスのこんな言葉を残している。
「型がしっかりした奴が、オリジナリティを押し出せば型破りになれる」
シネマ落語や「“超”放送禁止落語界」という型破りなイベントを次々と打ち出した志らく師匠も、1990年代の前半はテレビでの露出が多くなった。しかしその裏で、1995年11月に真打に昇進するまでは、古典落語に打ち込んでいたという。
型破りな部分をより明るく輝かせるのは、型を体にしっかりと染み込ませるために費やした時間なのだろう。
古典落語のスタンダードリスト
そういう落語の絶対的な型に親しむのに絶好の一冊がある。『10分で読める はじめての落語』(土門トキオ・著/学研プラス・刊)は、子ども向けの落語の本だ。著者というより案内役と呼びたい土門さんが落語の楽しさにはまったのは、小学校3年生の時だったという。そんな土門さんが選んだ話は、こんなラインナップになっている。
・まんじゅうこわい
・初天神
・じゅげむ
・てんしき
・けちくらべ
・目黒のさんま
・ぞろぞろ
・王子のきつね
・時そば
落語に詳しくない筆者の目から見ても、ザ・スタンダードであることはよくわかる。まさに古典中の古典だろう。落語は噺家さんひとりが演じる言葉を通じて聞き手が想像力を膨らませ、そこから笑いが生まれる。そして古典落語は、噺家さんにとっても聞き手にとっても、その過程を確認するための最適な媒体だと思う。
落語の不思議な力
土門さんのように一度その楽しさにハマってしまえば、あとはひたすら追い続けるだけになることも想像に難くない。そして、その瞬間が来る年齢が早ければ早いほど、インパクトが強いだろうことは容易に想像できる。
あとがきに、こんな言葉が記されている。
落語には不思議な力があります。
それはなにかというと、同じ話を何度きいても、同じ場面で、わらってしまうところです。話をきいているとちゅう、「ここであのギャグが来るぞ! 来るぞ!」っていうわくわく感がおもしろさをさらに、ふくらましてくれますね。
『10分で読める はじめての落語』より引用
土門さんが言うわくわく感を、決まった展開の話の中でどう出していくか。特に古典落語に限って言えば、それが噺家さんのオリジナリティになっていくのだろう。この本から始め、自分なりの型みたいなものを作っておいて、そこから何人かの噺家さんの一席を聴き比べてみることにする。もちろん、シネマ落語の新作も聞き込む。そんな時間を作ってみたい。
(文:宇佐和通)
【文献紹介】
10分で読める はじめての落語
著者:土門トキオ
出版社:学研プラス
小学生が楽しめて、かつ、一度は読んでおきたい落語を厳選!代表的な「じゅげむ」「まんじゅうこわい」から、国語教科書に登場する「ぞろぞろ」まで、計9話収録。イラストとコラムつきで、落語がはじめてでも楽しめます。声に出して読むのもおすすめ。
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