会いたくて会いたくて震えるような歌詞が「自分達のことをわかってくれている〜」と共感される今、とにかく人と繋がっていることが安心する材料となる時代です。逆に言えば、無視されること、スルーされることが、人格否定されたかのようなショックを与えるようなのです。繋がりを誘発する機器やアプリが次々と生み出され続ける現在、相手の心を一瞬で掴み、掴んだまま離さず、次にまた話したい・会いたいと思わせる話術やテキスト力は、人付き合いの上で欠かせないテクニックになっています。
テレビの世界はスルーされたら終わりです
それってテレビの作法と同じである、と放送作家の石田章洋さんは著書『スルーされない技術』で解き明かします。現代人が日常会話で、そしてラインやツイッターやフェイスブックでもっとも怖がる「誰からも気にされない」状態。その状態を誰よりも長年怖がってきたのは、テレビの世界の人たちです。常に視聴率に縛られ、常に別のチャンネルに浮気されない仕組みを作らなければいけない。スルーされたら終わりです。そこで得た技術というのは、確かに今の人付き合いに準えて考えることができます。
「アン・ルイスと半ライスくらい違うよ」と言う瞬発力
芸能界で生き残る人たちは、とにかく瞬間で惹き付ける話法、スルーされない話法を持っています。一つのセンテンスで人を引っ張り出します。例えば、くりぃむしちゅ〜の上田晋也さんは、ある番組で海岸を延々と歩かされた時に「オレは伊能忠敬か!」と言い、違いを指摘する時には「アン・ルイスと半ライスくらい違うよ」と言います。有吉弘行さんは単刀直入すぎるあだ名を連発して話題になりましたが(例:はるな愛=コスプレおじさん、ベッキー=元気の押し売り、武田修宏=スケベなタラちゃん)、これも説明を一切必要としない瞬発力に満ちています。
マジで面白くない話の特徴
このように一発で相手を惹き付けられなくても、この話どうなるんだろうと、持続させる方法があると言います。それは〝つかみ〟の技術。例えば食品偽装を伝えるニュースを「○○デパートでバナエイエビを使用しながら芝えびと表示……」と延々続けても視聴者は飽きてしまう。「食品偽装問題の続編です。あの大手百貨店でも惣菜に虚偽の表示がなされていることがわかりました」と打ち出せば、その次の展開が気になってきます。話術も一緒。昨日、美術館に行ってすごく感動して、その後のカフェで飲んだキャラメルマキアートが美味しくて、でも課題の提出がヤバくって、でもそのまま寝ちゃうとか信じられないでしょマジで……とグダグダ続く話は、マジで面白くないわけです。
「伝説の1ページが加わったね」とシュガーで包む関根勤さん
スルーされたくないのと同時に、嫌われたくないという心情が強すぎるのも、(個人的には共感はしませんが)今のコミュニケーションの特徴でしょう。これを回避するために著者が挙げるのが、「意識的にポジティブな言葉を使う」こと。「わがままな人」は「自分の気持ちに正直な人」、「だらしない人」は「細かいことを気にしない人」、「あの人、愛想が悪いよね」は「他人に流れないタイプ」と変換していくというのです。関根勤さんはシュガーコートの達人だと言います。シュガーコートとは、「苦くて飲みにくい成分を甘いシュガーで包んで体内に送り届ける工夫をされた薬」のこと。関根さんはわがままな後輩に「自由でいいね」、ミスった後輩に「伝説の1ページが加わったね」とシュガーで包んでから、「でもね……」と発していく。こうすることで、人は聞く耳を持ってくれる。
人を惹き付けるための話をするためには、どれだけ面白い経験をしたかが重要と思われがちです。しかしながら、辺境地を旅した話でも恐ろしく面白くない話をする人はいくらでもいます。一方で、道端に転がっている石につまずいた話を極めて劇的に話す人もいるのです。スルーされないために必要なのは、経験の厚みや友情の深さではなく、とにかく技術。残酷ですが、その場を惹き付けるのは、厚みや深みではないのです。
(文:武田砂鉄)
【文献紹介】
スルーされない技術
著者:石田章洋
出版社:かんき出版
視聴率を操る人気放送作家がそのノウハウを明かした! 会話、合コン、ブログ、Facebook、LINE、会議、プレゼン……。 相手のリアクションが格段に上がる! 人気長寿TV番組の立ち上げ時の企画から現在まで構成を担当している人気放送作家が教える「人の心をつかんで離さない伝え方」の基本。 TV番組は、放送開始直後から視聴率をとり、その数字を維持し、番組終了まで数字を落とさず、さらに来週も見たいと思わせることができないと、長寿番組にはならない。 多くの長寿番組を手がけてきた著者が、そのノウハウをTV業界の事例などを交えて、どうすればスルーされず、心をつかんで離さないことが出来るのかを伝える。