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2018/3/29 16:30

わが国の将軍様は、なにを食べていたのか? グルメな時代小説『包丁人侍事件帖 将軍の料理番』

金正恩氏による米朝首脳会談の申し入れ。電撃訪中による習近平氏との首脳会談。近ごろの北朝鮮情勢からは目が離せません。

 

正恩氏のお父さんである金正日氏、すなわち「北の将軍様」の専属料理人を務めていた日本人が、テレビのワイドショーで話題になったことがあります。

 

わが国の将軍様にも、専属の料理人がいました。『包丁人侍事件帖 将軍の料理番』(小早川涼・著/学研プラス・刊)という時代小説を読むと、江戸時代や徳川将軍家の食文化を知ることができます。

 

 

 

包丁人・鮎川惣介

『包丁人侍事件帖 将軍の料理番』は、江戸城のキッチンである「御膳所」につとめる料理人が、するどい嗅覚と食材知識を活かして、殺人事件の謎解きをするミステリ小説です。

 

最高権力者の生死を任される役職なのに、包丁人(正式には台所人)の地位は高くありません。

 

『包丁人侍事件帖』本編によれば、鮎川惣介は「50俵高の御家人」です。「30俵2人扶持」が江戸時代における下級武士の代名詞ですから、将軍の食事係というプレッシャーが強い役職のわりには、報酬は多くありません。ただし、惣介には「御役金10両と残った食材を持ち帰れる」という役得があったそうです。

 

将軍家の食卓

朝餉は鯉の細作りの酢の物を向う付けに、汁は豆腐としらが牛蒡(ごぼう)。二の膳には、はんぺんの吸い物と鰡(ぼら)の味噌付け焼きに青のりを振ったもの。
昼餉は小蕪(こかぶ)の汁に鯛の刺身、蒲鉾(かまぼこ)や玉子焼きを添えて、焼き肴は鱚(きす)。吸い物は、つぶ椎茸。お壺には海鼠腸(このわた)がついて、銚子に入った酒も膳に載った。

(『包丁人侍事件帖 将軍の料理番』から引用)

 

将軍様の台所は、御膳所(ごぜんしょ)であって、御台所(おだいどころ)ではありません。江戸城のなかでは御台所といえば、それは「みだいどころ」という読み方になって、将軍の正室(正妻)を意味します。

 

『包丁人侍事件帖』は、十一代将軍・徳川家斉(いえなり)が治めていた時代のはなしです。文化文政期といわれ、徳川家の権威と経済力が盛んな時代だけあって、おいしそうなものを食べています。

 

鮎川惣介は、御家人(ごけにん)です。いわゆる御目見以下(おめみえいか)と呼ばれる立場であり、本来ならば将軍と面会することはできません。徳川家斉が、一介の料理人を呼びつけるのには理由がありました。

家斉と御庭番(おにわばん)

最初は料理にお褒めのことばを賜ったのがきっかけだった。以来、家斉からの呼び出しは、月に一度か二度の割でもう一年近くつづいている。
(中略)
御目見得以下の惣介が、台所組頭はもちろんのこと、御膳奉行さえ飛び越えるのだから、とてつもない仕来り破りだ。

(『包丁人侍事件帖 将軍の料理番』から引用)

 

上役である「御膳奉行」や「若年寄」を飛び越えて、一介の料理人が将軍となにやら話しているらしい。城内の者たちは、惣介のことを「台所人に身をやつした御庭番」と見なします。

 

御庭番とは、徳川将軍家の諜報員(スパイ)です。特に、徳川家斉は「御庭番」をよく活用したと言われています。グルメな時代小説『包丁人侍事件帖』シリーズはフィクションですが、惣介との雑談を通して、家斉が江戸市中や城内の様子について探りを入れています。まさに「御庭番」と同じような役目を果たしています。

 

 

将軍家の食事制限

家斉は雑炊をゆっくり食べた。
「葱を口にしたのは、一橋家を出て以来だ。味噌にも醤油にもよく合う薬味でありながら、なにゆえ御膳所では使われんのだろうな」

(『包丁人侍事件帖 将軍の料理番』から引用)

 

徳川家斉といえば、子だくさんの将軍としても有名です。家斉の正室と側室が産んだ子は、男女合わせて50名以上を数えます。さぞや「精力増進の食事」を心がけていたと思いきや……。じつは、徳川家のしきたりでは、精のつきそうな食材を避ける風習があったようです。

 

絶対に禁止というわけではありませんが、「葱(ねぎ)、にら、らっきょう」などのニオイが強いものや、魚のイワシやサンマなどの脂が強いものは、なるべく避けていたようです。

 

ただし、将軍がどうしても食べたいときには、好きなものを食べることができました。本来であれば、肉は「鶴(つる)、雁(がん)、鴨(かも)、兎(うさぎ)」以外はもちいられませんでしたが……。十五代将軍・徳川慶喜は「豚肉」が大好きだったので、ときどき食べていたそうです。

 

ちなみに、慶喜の実父である水戸藩主の徳川斉昭は「牛肉好き」で有名でした。慶喜は一橋家へ養子に出たので、豚肉を好むようになってからは「豚一さま」と呼ばれていたとか。俗説かもしれませんが、歴史ゴシップ好きのあいだでは知られた話です。

 

豚肉好きだけあって、「ブーブー」と文句を言いながらも、大政奉還を決断しました。豚一さま、アンタはえらい!

 

 

【著書紹介】

包丁人侍事件帖 将軍の料理番

著者:小早川涼
発行:学研プラス

将軍の料理人・鮎川惣介の勤める江戸城の御膳所に、京から謎の料理人桜井雪之丞がやって来た。大奥での盗難、夜鷹殺し、放火など、事件の陰には必ず雪之丞の姿が…。惣介が自慢の嗅覚で解決する事件の背後には、将軍家斉公の継嗣にからむ闇の手が働いていた!

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