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歴史
2018/4/13 16:30

「ファッションビルのひみつ」――日本で初めてルイ・ヴィトンを買ったのは板垣退助!

今年は明治維新150周年の節目の年です。幕末~明治時代には、現代の私たちの生活に身近なものがたくさん発明されたり、広まったりしています。

 

 

例えば、牛丼やあんパンなどの食べ物は、明治時代に生まれた和洋折衷の食べ物の代表です。そして、明治時代は都市の人々の間では洋服が流行するなど、ファッションの西洋化が大きく進んだ時代でもあるのです。

 

龍馬のファッションセンスは凄い

ファッションビルのひみつ」(まさやようこ他・著/学研プラス・刊)には、ファッションに関する雑学が満載です。なかなかマニアックな豆知識が紹介されていますが、本書や最近の話題の中から、明治維新に関するファッションのお話をいくつか紹介してみたいと思います。

 

幕末に活躍した維新志士と言えば、新しい時代を切り開くため、強い志を持って集まった若者たちです。そんな幕末のヒーローたちは、意外にもおしゃれ好きでした。

 

坂本龍馬はブーツを愛用していました。しかも、ブーツを履き、写真まで撮影しているのです。誰もが知る、有名な龍馬の写真がそれです。よく見ると、はかま姿でブーツを履いているのがわかります。和服にブーツを合わせるなんて、龍馬のファッションへのこだわりもなかなかのものです。

 

 

幕末に日本に伝わったネクタイ

クールビズがどんなに盛んになっても、ビジネスパーソンに必携なファッションアイテムと言えば、ネクタイですよね。初めて日本に伝わったのも、幕末の頃です。日本に持ち帰ったのは、ジョン万次郎といわれています。

 

漁師だった万次郎は、漁をしているときに遭難してしまい、アメリカの船に助けられました。彼はそのままアメリカへと渡り、10年間を異国の地で過ごして、1851年にようやく日本に帰国するのです。

 

その帰国時の所持品のなかに、ネクタイが3個あったと伝わっているのです。万次郎はその後、通訳者として活躍し、海外の文化を日本に紹介する橋渡し役をしたのです。

 

 

ルイ・ヴィトンの日本初の愛用者は?

電車に乗っていると、見かけないことはないルイ・ヴィトンのバッグ。では、ヴィトンの製品を、日本で初めて所有したのは誰か、ご存じですか?

 

その人物は、板垣退助といわれています。教科書でお馴染みの、白いおひげが立派な人物です。これまでは、土佐藩出身の後藤象二郎とする説が有力でしたが、板垣は後藤よりも3週間早く、ヴィトンのトランクを買ったことが顧客名簿からわかっています。

 

板垣が愛用したヴィトンのトランクは現存しています。当時はまだ、今のようなファッションブランドというよりは、旅行鞄メーカーとして有名だったヴィトンですが、それを選んだ板垣の目は確かなものだったといえるでしょう。

 

 

大久保利通は写真とファッションが大好き

最後に、写真の話題を紹介します。西郷隆盛は写真が大嫌いで、写真がいまだに発見されていません。一方で、大久保利通は大の写真好きで、その数たるや維新志士の中でもトップクラスの量が残っています。

 

大久保の写真は、はかま姿だったり、蝶ネクタイでびしっと決めたものまで、服装だけでもいろいろあります。相当のファッション好きで、新しいもの好きだったといえます。

 

明治維新で活躍した人々の多くは20~30歳の若者でした。「ファッションビルのひみつ」で紹介されている「ルミネ」などのファッションビルに集まる人々と、年齢層が同じといえます。時代は変われど、そしてどんな動乱の時代であっても、やはり若者はファッションが大好きなのです。

 

 

【書籍紹介】

ファッションビルのひみつ

著者:まさやようこ(イラスト)、WILLこども知育研究所(構成/文)
発行:学研プラス

洋服のショップや、カフェ、書店などいろいろなショップがはいっているファッションビル。そこにはお客さまが心地よく買い物ができる工夫や、おもてなしがいっぱい! そんなファッションビルで働く人たちは、どんな仕事をしているのかな? さあ、探ってみよう!

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