『SIDOOH(士道)』(髙橋ツトム・著/集英社・刊)というマンガを勧められて読み、高杉晋作にすっかり惚れてしまった。勝つのが困難だと言われた幕府との戦いを、深夜の奇襲で一気に有利に運んだり、三味線弾きながらレヴォリューション! と叫んだりと、何をするにもドラマチックな人だったのだ。そんな高杉晋作が惚れ抜いた女がいるというのだからうらやましくなり、名将に愛される女の条件について探ってしまった。
ひたすら好き
時代小説『高杉晋作』(三好徹・著/学研プラス・刊)によると、幕末の武士で、女を連れて旅先にまで出向いたのは、坂本龍馬と高杉晋作だけだったという。龍馬が連れていたのは妻のお龍であったが、晋作が連れていたのは妾である、おうのだった。もともとは芸者だった彼女を水揚げし、自分の女としたのである。晋作は彼女と逃避行をしたり、金比羅参りに出向いたりもしている。
この、おうのという女性、どの本を読んでも、デキた女だとは書かれていない。文字も読めないだとか、ひどいものだとちょっと鈍いとかのろいとまで書かれている。『高杉晋作』でも、おうののことは「おっとりしている」と記されている。お龍は龍馬に危機を知らせにいくような機転の利く女性だったが、おうのはそうではなかったようだ。では、なぜ晋作は彼女を愛したのか。それはおうのが一心に晋作を慕っていたかららしい。一途に愛されると男は弱いのだろう。
黙っている
おうのは余計なことは言わず、黙って晋作に従っていたという。時代小説『晋作 蒼き烈日』(秋山香乃・著/NHK出版・刊)では「こちらが話しかけねば、おうのはいつまででも黙っているから、好きなだけ黙考できる」と書かれているし、『高杉晋作』のほうでは「本当は、かなりの苦労をしたらしいが、それを決して表にあらわさない」とそのおとなしいさまを高く評価している。
幕末の女なので、惚れた男に何か言われたらそれに従うしかないのかもしれないけれど、おうのの場合、誰に何を言われても逆らわないような気質だったという。けなげに晋作に惚れ抜いていた彼女の姿からは、裏切りなど微塵も見えない。常に裏切りや報復などの話に満ちていたであろう時代で、晋作がほっとできる唯一の人がおうので、だからこそ側から離したがらなかったのかもしれない。
死後も愛する
高杉晋作は27歳という若さで肺結核で亡くなってしまったのだが、おうのは彼の死後は尼となり、67歳で亡くなるまで彼の墓をずっと守って生きたという。晋作は自分が死んだ後に身寄りがなくなってしまう彼女の身を案じ、支援者に「おうのを頼む」と頭まで下げている。なので周辺の人々も、その思いを引き継ぎ、墓守りになった彼女を支え続けたのかもしれない。
晋作とおうのは、死の間際には引き裂かれる。本妻が晋作のもとにやってきて、世話をするようになったからだ。『高杉晋作』によると、それでも彼女に会いたい晋作は、病の身をおしてカゴを出し、おうののところへ向かう。けれど道中で苦しみだし、たどり着くことはかなわなかったそうだ。自分を心底慕ってくれた女性のことを、晋作も最期まで求めていたのだろうとわかる、感涙のエピソードだ。
かしましく忙しい現代の女性に、おうののようであれと言うのは難しいことかもしれない。男女平等の現代、自由になるお金が増えたせいもあるのか、男遊びや不倫に耽る女性も増え、貞淑という概念は遠くなりつつあるかのようだ。
とはいえ、とある女優の姿浮かぶ。綾瀬はるかさんだ。彼女はおっとりとしていて、あまりしゃべりすぎず、人を裏切るようなこともしなそうなイメージだ。優しく温かい雰囲気の彼女は、結婚したい芸能人ランキングでも常に上位にいる。古くから日本男児が惚れる女というのは、こういうタイプなのかもしれない、と思うと彼女の人気も納得がいくのである。
【書籍紹介】
高杉晋作
著者:三好徹
発行:学研プラス
一口に維新回天の大業というが、長州藩が窒息死寸前の状態から息を吹き返し、討幕を成しとげることができたのは、晋作の功山寺決起が成功したからだった。高杉晋作に心を惹かれ、萩、山口、下関、博多などを再度たずねて余すことなく描き切る渾身の一作。