本・書籍
2018/7/23 7:00

“音楽のように読んでほしい”“さわりたくなる素材感”…こだわりぬいて医師が書いた医療と芸術の本

目的を決めれば、辿り着くアプローチはなんでもいい

元木:小さいときから感受性が強く、敏感だったという稲葉さんですが、医師というご職業を考えられたのはいつからですか?

 

稲葉:高校生のときです。

 

元木:東大を目指したのは?

 

稲葉:東大を目指すという気持ちの前に、漠然と東京に行きたいと思っていました。絵や音楽など文化的なことをするには上京するしかない、と。高3のときに、親が横浜にいる親戚の家に連れて行ってくれたんです。そのとき、東大にも行ってみたところ、入った瞬間に「僕はここにいるぞ!」と思ったんです。もう、そこから猛勉強しました(笑)

 

元木:高校3年の決意! それで東大に間に合いましたか?

 

稲葉:一日、12時間勉強しました! でも、「ここに行く、東大に入る」と決めれば、あとはそこに行くために、どんな準備をするのか、を考えればいいんです。

 

元木:どういうことですか?

 

稲葉:今の人って、「東京に行く」と漠然と思う人が多いんです。でも、東京というのは抽象的な場所に過ぎない。目的地が明確にすることが大切。目的地がわかっていれば、そこにたどり着く手段はどうでもいいし、時間がかかってもいい。そこに行けばいいんです。

 

元木:たしかに、同感です! 東京に行く、東大に入ると決めてがんばった稲葉さんが、お医者さんを目指したのはいつ?

 

稲葉:それは高校2年のときですね。なにを職業にするかを悩んで。アート系に進みたいと思ったけれど、一生続けたい職業ではないだろうと。ではなにか? と考えたところ、プロとして仕事するのは医療だと。でも、根底には、創造して美しいものをつくるというのがあって。医療とものづくりをすり寄せて、今、こうなっています。

 

元木:われわれが知っているお医者さんというと、基本、西洋医学で。病院に行くと、薬を飲む、手術するというのが医療になっています。放っておいたら治ることでも、西洋医学は「治す」、自然治癒は「治る」。稲葉さんは、お医者さまになった最初から、自然の力と医療の力とを分けていた?

 

稲葉:生きている以上、人間には治癒力があって、それを助けるのが医療だろう、と思っていました。でも実態(医療業界)はむしろ逆で、自然治癒力が根底にあることはあまり重視されなくて、「壊れた時計をどう修理するか」という世界で話が進んでいる。ここに違和感があって、僕はそうした異なるふたつの世界をすり合わせたいと思った。

 

元木:稲葉さんがおっしゃる「治る」と「治す」、私はとても腑に落ちて……。同じ病院の先生たちとそういう会話はないのでしょうか?

 

稲葉:けっこうしています。医者になって10年目ともなると、意外に人間は不自由なもので、考え方が変わらないんですが……、研修医や学生らは理解してくれる。僕は、学生のゼミのサポートもしているので、次の医療を担う人たちと、凝り固まった人たちとの蝶番のような役割になりたい。僕にとって、医療のイメージは広くて、文化、芸術、音楽も含めて医療だと思っている。そうしたものが、人を元気にする、希望をもたらしてくれるんだということを、若い人たちに伝えたいですね。

 

↑一冊のどこもかしこも、元木さんの心に響いたというが、なかでも特に強く共鳴したのが、<「治る」と「治す」のプロセス>

 

 

多様化する時代にどう生きていくか?

元木:稲葉さんならではの健康法があれば教えてください。

 

稲葉:毎日、ごはんを3回食べる。そういうことを大切にしたい。そして、一日に3回ぐらいは、文化的なもの、自分の心の深いところに接するようにしています。本や漫画を読んで、絵画を見て……などできるだけ毎日しています。

 

元木:カラダも大切だけれど、まずは心からですね。

 

稲葉:なによりも心の健康がベースになっています。呼吸も大事で、僕は能楽を習っていまして。腹から声を出して息を吐くというのがいい呼吸法であり、トレーニングにもなっています。

 

元木:能楽! 呼吸といい、姿勢や動き方といい、心身にとてもよさそうです。そんな多趣味な稲葉さんですが、今の、日本の社会をどう思って見ていますか?

 

稲葉:人類の流れの必然のヒトコマとして見ています。人類が誕生して、いろんなところへと歩いて拡散して、言語、文明、宗教をつくって……そうしたなかに今がある。科学技術が発達して、人間の欲望……相手を支配したいという欲のなかで、戦争が起きて。そして核というものを生み出してしまった。それに核の技術は、地球を滅ぼす可能性があって……。でもそれも人類が生まれたなかで、必要なヒトコマなんです。人間って、それだけ深い業を背負わないと反省しないんでしょう。

 

元木:うーむ、なるほど。では、社会はよくなっている?

 

稲葉:相対としてはよくなっている。差別とか、絶対王政とか奴隷制などは改善されて、飢餓で死ぬ人も減ってきていますよね。

 

元木:たしかに。でも、世の中は二極化している気がします。どんどん進化して、心ないものばかりが主流となるなか、反面、農業をやりたいという若者が増えていますし。

 

稲葉:多様化していますね。じつは、この本は「多様性と調和」をテーマにしています。人はなんのために生まれてどこに向かって行くのか? 自分がどういう未来を夢見て、どっちを選択するのか? 相手を否定するのではなく、肯定しながら調和のなかで生けるのか? 美的な感覚や感性が調和を磨いていくと考えていて、なるべく美しいものを見て、つくりたいと思って、そうしたことを感じることができる人が増えたほうが、いい社会になると思います。

 

元木:納得です。

 

 

元木:この本のテーマでもありましたので核心に迫りますが、稲葉さんは、「命」をどう思っていますか?

 

稲葉:受け継いできているもの。一般に、自分が生きていることが“命の働き”と思われていますが、その前提となる……親、さらには人類の祖、その楔や糸は切れたことがありません。その全体が命であって、その流れのなかに自分がいるんだと思います。

 

元木:つないで、受け取って、受け渡すもの、それが命なんですね。さて稲葉さんは、この本を、どんな人に読んでもらいたいですか?

 

稲葉:今の社会では、感受性が強い人ほどダメージを受けると思っています。引きこもりになったり、病気になったり……と。でも、その感受性が強いということは「間違っていない」「勇気と自信を持ってほしい」という思いで書きました。人生に絶望しているような人にこそ、読んでほしい。絶望していると感じる、あなたの感性がすばらしいと自覚してほしい。楽しくやって、この世を謳歌して、絶頂期を生きている人はそのままでいいです。でも、なにかがおかしい……体調や心に違和感がある人に読んでほしいですね。

 

元木:見た目の美しさに惹かれて手に取って、ページをめくる。読めば読むほど、また、どこから読んでも、琴線に触れるはず。今まで見たことのなかった本です。はやく第2弾をつくってください!

 

↑インタビューのあいだ中、レコードから流れる音楽をBGMに。このレコードを聴くためのポータブルプレーヤーも、稲葉さんが持ち込んでくれた。「音楽を聴くように読んでほしい」としたためたご著書についての対談にぴったりのアイテムだ

 

↑お持ちいただいたレコードの一部。ひとつずつ解説してもいいけれど、それは野暮というもの。みなさん、ぜひご自身で感じて(調べて)ください

 

【プロフィール】

医師 / 稲葉俊郎(左)
1979年熊本県生まれ。医師、医学博士。東京大学医学部医学科卒業、東京大学医学系研究科内科学大学院博士課程を卒業。現在、東京大学医学部付属病院循環器内科助教。専門はカテーテル治療、先天性心疾患、心不全など。在宅医療往診も行う。東京大学医学部山岳部監督、涸沢診療所(夏季限定山岳診療所)での山岳医療も兼任している。
https://www.toshiroinaba.com/

 

ブックセラピスト / 元木 忍(右)
ココロとカラダを整えることをコンセプトにした「brisa libreria」代表取締役。大学卒業後、学研ホールディングス、楽天ブックス、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)とつねに出版に関わり、現在はブックセラピストとして活躍。「brisa libreria」は書店、エステサロン、ヘアサロンを複合した“癒し”の場所として注目されている。
brisa libreria http://brisa-plus.com/libreriaaoyama

 

取材・文/山﨑 真由子 撮影/泉山 美代子

 

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