本・書籍
2018/11/30 18:00

年1000冊の読書量を誇る作家が薦める、世の中の「嘘」に踊らされないための5冊

フェイクニュース、デマ、詐称――世界は「嘘」にあふれています。

 

本記事では、毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史作家・谷津矢車さんに、「嘘」をテーマに様々なジャンルから5冊を紹介してもらいます。

 

時には巧妙な「嘘」に酔いしれ、時には「真実」を見抜く力が得られる――そんな1冊がきっとあるはずです。


 

子どものころプレイていた「ドラゴンクエスト3」というRPGゲームについて、こんな噂があった。

 

「アカイライが稀に『さとりのしょ』を落とすらしい」

 

ドラゴンクエストシリーズでは、モンスターを倒すと一定の確率で道具(アイテム)を落とす。アカイライというのはモンスターの名前で、『さとりのしょ』は通常プレイでは二つしか得ることのできないレアな重要アイテムである。もちろん『さとりのしょ』が欲しかったわたしは生息域を歩き回り、アカイライを倒しまくったわけだが、結局くだんのアイテムを落とすことはなかった。

 

その落とさなさっぷりは伝説で、後日、こんな噂が流れたほどだ。

 

「アカイライが『さとりのしょ』を落とすというのは制作者が流した嘘らしい。それが証拠に、『アカイライ』→『赤いlie』→『真っ赤な嘘』。真っ赤な嘘であることを名前で白状しているのだ!」

 

これには打ちのめされた。つぎ込んだ時間を返してくれ、という幼いわたしの悲痛な叫びはただただ家のリビングに木霊するばかりなのだった……。

 

――と、ややマニアックな話題から入ってしまったが、今回の書評のテーマは「嘘・デマ・やらせ・流言飛語」である。しばしお付き合いいただきたい。

 

 

政治をも動かす「ポスト・トゥルース」

皆さんは「ポスト・トゥルース」という言葉をご存じだろうか。

 

「代替的な真実(オルタナティブファクト)」「ポスト真実」ともいい、科学的合理性や論理的な適合性を持たず、なんとなく人々の間でシェアされて真実であるかのように振る舞っている言説のことだが、今、これらの情報が選挙にまで影響を与えている。

 

「ポスト・トゥルース」に晒された現代アメリカの大統領選の空気を如実に伝えてくれる本が本書「〈ポスト・トゥルース〉アメリカの誕生 ―ウェブにハックされた大統領選」(池田純一・著/青土社・刊)である。

 

本書はトランプvsヒラリーのアメリカ大統領選の様子を日本に伝えたウェブ連載を本にしたものであるが、結果として「ポストトゥルース」に翻弄され、支持率を乱高下させる候補者たちの姿を素描することになった。本書を読むと、真偽定かならぬwebでの情報に人々が振り回されていたことがよくわかる。だが、我々もこの状況を笑うわけにはいかない。太平洋を挟んだ隣国で起こったことは、日本でもすでに進行しているとみて間違いない。嘘は政治をも動かすのである。

 

 

アカデミズムにはびこる「捏造」

2冊目の本は、「発掘狂騒史―「岩宿」から「神の手」まで―」(上原善広・著/新潮社・刊)である。

 

皆さんはかつて旧石器発掘捏造問題というスキャンダルが起こったのを覚えていらっしゃるだろうか。日本の旧石器時代は60万年前まで遡るとする最新成果が発表され、教科書にまで記載されていたこれらの説が、実は一人のアマチュア考古学者の手による捏造に依拠し、無批判に追認されていた――、というものだ。これにより、日本の考古学へ厳しい視線が投げかけられ、教科書の書き換えが起こった。

 

本書はこの問題を描き出したノンフィクションなのだが、丹念な取材と著者の問題意識によって日本の旧石器時代研究の黎明期から捏造問題発生までを描き、日本の旧石器時代研究がまだまだ若い学問であったという宿命的な問題や、考古学という学問に存在する徒弟制度的な師弟関係の在り方、論争を嫌いどんどんセクト化していく学閥など、捏造問題が起こった下地となる日本考古学の脆弱性にまでしっかり光を当てている。

 

捏造者のついた“嘘”は、きわめて杜撰なものだった。縄文時代の石器を旧石器時代の地層に埋め直して自ら“発見”したり仲間に“発見”させたりという、実に乱暴なものだったのだ。なぜこんなペテンが見抜けなかったのか。それは、考古学という学問が培ってしまった悪しき風習が背後にある。嘘は不健全な場にのさばることがわかる1冊である。

 

 

ニセモノという嘘を通じ、歴史の旅へ

2冊、かなりハードな本が続いてしまったのでちょっと箸休めといこう。

 

3冊目は「ニセモノ図鑑: 贋作と模倣からみた日本の文化史 (視点で変わるオモシロさ!)」(西谷大・著/河出書房新社・刊)である。本書は国立歴史民俗博物館で開催されて人気を博した「大ニセモノ博覧会」の展示内容をまとめたもので、歴史上現れる様々なニセモノたちがどういう社会的要請でもって現れ、現代にまで伝わってきたのかを追っている、いわば『ニセモノの歴史』を追った本であると言える。

 

たとえば偽の家系図は江戸中期から後期にかけて勃興した新興名主層の要請によるものであったといった話などは、ニセモノという存在が当時の社会の変化を示しているとも言え、非常に興味深い。また、複製品の意義といった話などは、オリジナルを複製することで大量生産を可能にしている現代社会を考えるよすがの一つとなるだろう。わたしたちもまた、ニセモノに囲まれて生きているともいえるのだ。

 

そうでなくとも、日本で作られた人魚のミイラの作り方などのコラムも充実しており、パラパラと眺めているだけでも楽しい。ニセモノという嘘を通じ、歴史の旅へと読者をいざなう1冊である。

 

 

なぜ、少女は騙るのか?

4冊目は漫画から。「制服ぬすまれた」(衿沢世依子・著/小学館・刊)だ。本書はミステリ・サスペンスタッチの作品を集めた短編集なのだが、登場人物たちの心のひだも丁寧に描かれておりミステリに興味がない方でも楽しく読めるはずだ。

 

制服が盗まれた女子高生と休暇中の女性警官の2人の出会いから始まる表題作のほかに、30代の主婦を名乗ったり別人に扮したりして周囲に嘘をつき、己の目的を果たそうとする少女の姿をミステリアスに描いた「ワニ蕎麦」と「鉄とマヨ」二作が大変に面白かった。

 

本書の美点は、物事の背後で起こっていることをすべて説明しきらず、読者の想像にゆだねている部分があることだろう。しかし説明不足では決してない。開示すべき情報はしっかり開示し、ぼかして余韻とすべきところはそうしている。そのバランス感覚が素晴らしい。

 

 

語られた嘘、明かさなかった真実

最期は小説から。「海を抱いて月に眠る」(深沢潮・著/文藝春秋・刊)である。在日コリアンである梨愛の父の死から始まるこの小説は、父が別の名を詐称していたこと、娘や妻には明かしていなかった様々な事実が判明し、やがて父の過去が明らかになってゆく……。という筋立ての小説である。

 

本書は「父のことを何も知らなかった」娘と「何も話すことができなかった」父の織り成す家族小説であると同時に、ひとりの在日コリアンの目から見た戦後の在日コリアン史・朝鮮半島史を描いているという歴史小説的な面を有しており、非常に読みごたえのある一冊である。

 

「父と娘の和解の物語」という普遍と共に、在日コリアンという日本の帝国主義による漂流民、超大国のパワーゲームにさらされて翻弄された朝鮮半島への問題意識を一作の中に融合させることに成功した小説である。

 

 

さて、「嘘」をキーワードにした5つの本を紹介し終えたところで、少し訂正したいことがある。冒頭のアカイライの件である。

 

最近youtubeをザッピングしていたところ、アカイライは本当に『さとりのしょ』を落とすのか、という検証実験をしている動画を発見した。拝見したところ……。どうやら、超低確率ではあるとはいえ、落とすらしい。

 

「アカイライ=真っ赤な嘘」云々というのは、真っ赤な嘘だったのである!

 

つくづく嘘を見破るのは難しい。動画を見ながら、ふとそうぼやいた次第である。

 

 

【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新作「刀と算盤」(光文社)が絶賛発売中。

刀と算盤」(光文社・刊)