平成世代の誰もが皆、大なり小なり「平成」くんなのである
次は小説から。「平成くん、さようなら」(古市憲寿・著/文藝春秋・刊)はお茶の間の人気者である気鋭の社会学者による小説である。
安楽死が認められているパラレルワールドの日本において、平成の終わりを迎えたコメンテーター「平成(ひとなり)くん」が恋人の愛に安楽死したいと切り出すところから始まる。パラレルワールドと書いたが、そこに描かれる日本社会は我々の社会と全く変わらない。ただ、公的に安楽死が認められているだけで、描かれる世界そのものはわたしたちの生きる平成そのものなのだ。細かく描かれた周囲のディティールも、平成末期を生きるわたしたちの見ているそれとほとんど違いがない。
だが、何よりわたしが本書に平成っぽさを感じるのは、登場人物の「平成(ひとなり)くん」だ。彼のありようはどこか掴みどころがなく、人と距離を置き、性に対して冷淡、そんな「平成くん」のありようは、彼とほぼ同じ年譜を生きてきたわたしにはリアリティをもって迫ってくる。非常にありきたりな言い方をするなら、平成に多感な時期を過ごした人間は大なり小なり「平成くん」なのである。だからこそ、平成の終わりに死を模索する「平成くん」の在り方に揺さぶられてしまったのだろう。著者と同世代の方に特におすすめだが、今一つ平成世代の心の内がわからないというあなたにもおすすめである。
ラブストーリーでたどる「平成」
もう一冊小説から紹介しよう。「あの日、あの時、あの場所から」(水沢秋生・著/キノブックス・刊)である。
神戸の喫茶店の息子である歩と、その歩にほのかな恋心を抱いた未来の二人を描いた恋愛小説である。恋愛小説というジャンルに反して本書は実にビターだ。
甘い初恋の味を時々で抱えながら生きる二人の人生は、なかなか重なることがない。お互いに家の事情や周囲の状況に悪戦苦闘するうちに大人になり、互いに己の胸に秘めている初恋を思い返している。
さて、わたしが「平成」をテーマにした書評で本作を紹介するのには理由がある。本書は1990年から2018年までを扱ったかなりタイムスパンの長い小説であり、「失われた十年」や阪神大震災、リーマンショックや東日本大震災といった平成の事件が主人公たちに影響を与えているのだ。
恋愛小説として読んでも焦れ焦れの展開に悶えさせられてしまうこと必至(本書、後悔の多い人生を歩いてきたわたしのような人間には非常に刺さるものがあるのである)であるし、平成という時代に翻弄された人々という側面からも楽しめる本である。