人には誰も、見果てぬ夢があると思う。いや、こう言おう。人は誰もが、見果てぬ夢を持つべきだ。筆者の場合、それは脚本を書くことだ。
私的脚本ベスト3の映画
映画が大好きで、かなり観まくってきた。昔はハリウッドならではの超大作ばかりに目が行ったが、最近は脚本のうまさが感じられる作品に心惹かれる。
そういう意味でのベスト3は『パッセンジャーズ』(2008年)、『アイデンティティー』(2003年)、『デッド・エンド』(2003年)という並びになると思う。どの作品も緻密に練られた伏線に溜め込んだエネルギーがラストで一気に解放される展開になっていて、まさに映画という娯楽のエッセンスが詰まっている気がする。
北川悦吏子さんの話
加えて、テレビドラマの脚本術にも興味がある。キャラクター設定といいストーリー展開といい、どうやって思いつくんだろう? 脚本を生業としている人たちは、いつも何を考えながら暮らしているんだろう?
なんていうことを考えていたら、なにげなく観た番組で北川悦吏子さんが特集されていた。シンクロニシティーめいたものを感じ、食い入るように見た。北川さんは『愛していると言ってくれ』(1995年)、あの『ロングバケーション』(1996年)、そして最近ではNHKの朝ドラ『半分、青い』(2018年)といった作品で有名な“ラブストーリーの神様”と呼ばれる脚本家だ。
ラブストーリーの神様が大好きな映画
『半分、青い』の場合、15分の話を3日に1本書くという作業を1年半続けたという。まさに異次元のペースだ。
キャリア25年の北川さんにとっての原点は、14歳の時に見た『ロミオとジュリエット』(フランコ・ゼフィレッリ監督・1968年)だという。お手本という言葉はちょっと違うかもしれない。何回観ても同じシーンで泣き、何回でも観たくなる作品。憧れの対象でもあり、自分なりの表現方法でオマージュを作りたいと思う作品。
そういう作品がひとつでも思い当たる人、その作品に対する気持ちを文字にしたいと思っている人に、ぜひ読んでいただきたい本がある。
17章立てで語られる脚本論
『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと』(シド・フィールド・著、安藤紘平、加藤正人、小林美也子、山本俊亮・訳/フィルムアート社・刊)は、書くための心構えからストーリーラインの基となるコンセプトとキャラクター設定、そしてセリフ回しなど具体的なテクニックに至るまで、映画脚本のすべてについて書かれた一冊である。
著者のシド・フィールド(1935年12月19日~2013年11月17日)は『ゴッドファーザー』(1972年)や『アメリカン・グラフィティ』(1973年)といった超有名作品に携わったハリウッドの重鎮だ。自分の仕事についてすべて綴ったといっていい本書は、22か国語に翻訳されている。
17章立てで、脚本という作業についての詳細な文章が並ぶ。脚本が膨大な過程から成る行いであることは間違いないのだが、著者は「脚本技術は学ぶことができるものである」と語りかける。
クリエイターの覚悟
その行いの出発点として、次のような文章が綴られている。ちょっと長くなるが、とても大切だと思うので紹介しておく。
脚本を書くということは、とても面白く謎めいた旅である。そこには喜びと失望、ときには後悔さえもが満ちている。今日は調子がよくても、明日はそうはいかない。困惑に満ちた迷路の闇に沈み込んでしまう。ある時はうまくいき、ある時はまったく進めなくなる。その理由も方法さえ、誰にもわからない。これが、何かを創りだすという苦しみなのだ。
『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと』より引用
どんなジャンルであれ、クリエイターとは、ありとあらゆる感情にもまれる日々を送ることをいとわない人たちなのかもしれない。
あの映画が教材に
それぞれの章で具体的な教材となるのは、誰もが知っている映画だ。『愛と青春の旅立ち』、『風と共に去りぬ』、『地獄の黙示録』、『ダイ・ハード』、『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』、『ロスト・イン・トランスレーション』…。特定のシーンが思い浮かぶので、理解しやすい。
著者が挙げるチェックポイントも興味深い。
・まず、ページがどのような状態であるかを見る。
・余白がじゅうぶんにあるか?
・パラグラフの密度が濃すぎることはないか?
・会話が長すぎないか?
・またその逆もしかりで、ト書きが短すぎないか?
・会話の内容が薄すぎないか?
なぜか。脚本の見た目だけでゴーサインが出されることが多いからだ。この要素に関しては、巻末に「日本におけるシナリオの形式」という補足説明があり、理解をさらに深めることができる。
とにかく書き始める
才能があるかないか。そんなことを考えていたら、書くタイミングを逃してしまうかもしれない。「言い過ぎだろう」と思う人たちのために、著者の次のような言葉を紹介しておく。
すべての人間は脚本家である。最も困難なことは、何を書くかということである。本書を読み終えたとき、脚本を書くために何をすればよいのかあなたは知る。書くか書かないかはあなた次第だ。
『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと』より引用
映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと。それは、とにかく書くことらしい。ならばもう、そうするしかないだろう。
【書籍紹介】
映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと
著者:シド・フィールド(著)
発行:フィルムアート社
拙いシナリオからは、どんな名監督の手にかかっても、良い作品は生まれない。徹底したディテールと構造の考察が、傑作をうむことを教えてくれる。世界で一番読まれている脚本術。