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歴史
2019/2/13 11:30

半世紀前の「オリンピック」と「東京」を読み解き、2020年以降の未来を予測する――『ふたつのオリンピック』

2020年の東京オリンピックが2年後に迫っている。

 

1964年の東京オリンピックのとき、私は小学1年生だった。人生において自国開催のオリンピックを二度迎えられるのはなんとラッキーなことかと思う。

 

そこで紹介したい本が『ふたつのオリンピック』(ロバート・ホワイティング・著 玉木正之・訳/KADOKAWA・刊)だ。在日米国人として二度目のオリンピックを迎えることになったベストセラー作家の自伝的現代史だが、オリンピックを2年後に控えた1962年の東京がどんなだったのかが生き生きと描かれていて、当時を知る人も、そうでない人も興味深く読める一冊だ。

 

 

聖火ランナーと小学校のテレビ

1964年が特別な年だったことは明らかで、あのころは日本人の誰もが興奮状態にあったように思う。私は静岡市で生まれ育ったが、市のメインストリートを通過する聖火ランナーを見るために両親に手を引かれて大勢の市民と共に沿道に立ち、その一瞬を待ち構えていた。「見逃すな、オリンピックの火だぞ」という父の声を聞きながら、聖火をかかげて勇ましく走るランナーを、目を皿のようにして見送ったことをよく覚えている。

 

通っていた公立小学校ではオリンピックの開会式を前にして教室にテレビが導入された。当時は児童数が多くて、各学年とも10クラスもあり、1年から6年までの全教室にテレビが入ったのだから、その数60台! 学校としてはそこまで予算をかけても、すべての児童にオリンピック中継を観せたかったのだろう。

 

開会式は土曜日の午後だったが教室で観た。白黒の小さなテレビだったけれど児童たちは私も含めみんな食い入るように画面を見つめていた。その後もときどき先生は授業を中断し、いくつかの競技中継を私たちに観せてくれた。振り返るといい時代だったとしみじみ思う。

 

 

1962年の東京は躍動感にあふれていた

さて、ロバート・ホワイティング氏といえば、『和をもって日本となす』や『菊とバット』で有名な作家だが、来日のきっかけは1962年にアメリカ空軍の諜報部員として府中航空基地にある極東司令部に配属になったことだった。

 

当時の多くのアメリカ人にとっては日本はちっぽけな小国でしかなく、国際諜報活動の最前線であるベルリンに派遣されることを夢見ていた彼は、この命令に心の底からがっかりしたいう。しかし、人生とはわからないものだ。来日してみると彼はすぐに東京に魅せられ、その後、日本の表社会も裏社会もよく知るようになり、また日本のプロ野球にもとても詳しいジャーナリストになっていったのだから。

 

一九六二年一月の凍えるような寒い日、有楽町の街角に立ち、街が解体され、そして再び構築されてゆく姿を眺めているうちに、私はその躍動感にすっかり魅了されてしまった。その後の人生で、私は世界を何周かまわるくらい多くの国々を見てまわり、多くの都市に住むことになったが、そこで見たどんな都市も、あのとき目の前にひろがっていた東京の光景にはまったくおよばなかった。

(『ふたつのオリンピック』から引用)

 

あのころの東京は、のちの歴史家たちが「歴史上最も劇的な変化のひとつ」と呼ぶようになる瞬間の真っ只中にあったのだ。

 

 

オリンピックへのカウントダウン

開催日が近づくにつれ、日本人の誰もがはたして準備は間に合うのか? と疑問に思い、心配していたそうだ。本書ではこのときの様子が詳しく描かれている。

 

連日、半狂乱のような突貫工事が行われて、建設現場では週7日24時間体制で作業が続けられていた。激しい騒音は止むことがなかったが、東京の住民のほとんどが、分厚いカーテンや耳栓を使い、そんな状態をきわめて冷静に我慢していたという。

 

そしてオリンピック開催まで残り3か月を切ると、騒音は徐々に静まり、見事に延びた高速道路をふくむ新たな東京の姿が少しずつ現れ始めた。”進歩と発展の匂い”がしたそうだ。

 

1964年9月17日には羽田空港から都心までのモノレールが開通、時期を同じくして光り輝く建造物が次々とそのヴェールを脱いでいった。国立競技場をはじめ、駒沢オリンピック公園、代々木公園の国立屋内総合競技場、日本武道館などが次々とお披露目され、客室数の多い豪華なホテルもオープンを迎えたのだ。

 

 

代々木公園のオリンピック村

なかでも代々木公園につくられたオリンピック村の完成が日本人にとって特に重要だったとホワイティング氏は記している。

 

そこは終戦後、米軍将官たちの家族用宿舎だったからだ。

 

アメリカ軍がこの地域を占領していたという事実は、日本人には十分すぎるほど屈辱的な出来事だった。(中略)一九六四年のオリンピックの中心として代々木公園の土地が東京都に返還されたことは、日本の左翼団体からも右翼団体からも歓迎された。東京都の都心部からアメリカ軍のすべてが荷物をまとめて出ていく日を、日本人は待ち望んでいた。その撤退が始まったのは、日本人が自尊心を取り戻す第一歩となった。

(『ふたつのオリンピック』から引用)

 

 

そして2020年の東京オリンピックへ

さて、本書はホワイティング氏の半世紀にも及ぶ東京での自伝的現代史で、580ページを超えるボリュームで、かなり読み応えがある。

 

第一章 オリンピック前の東京で

第二章 米軍時代

第三章 一九六四年東京オリンピック

第四章 駒込

第五章 日本の野球

第六章 住吉会

第七章 ニューヨークから東京へ

第八章 東京のメディア

第九章 バブル時代の東京

第十章 東京アンダーワールド

第十一章 MLBジャパン時代

第十二章 豊洲と二〇二〇年東京オリンピック

 

という構成になっている。著者と東京には共通点が多いという。

 

東京も私も、二十世紀後半の戦後の変化の波をまともに受けた。その結果、まったく別のものに生まれ変わった。(中略)新生東京は、多くの日本人に多大な影響を与えたのと同様、私自身をも変化させ、新しい私を形づくってくれたのだった。

(『ふたつのオリンピック』から引用)

 

すでに世界一エキサイティングな国際都市になった東京だが、2年後に2度目のオリンピックとパラリンピックを迎え、このあとどんな風に未来へと進んでいくのだろうか?

 

 

【書籍紹介】

ふたつのオリンピック

著者: ロバート・ホワイティング
発行:KADOKAWA

1962年、地球上で最もダイナミックな街の米軍基地に、十九歳の青年は降り立った。冷戦下、立ちあがる巨大都市。私は東京を貪り食った。ロマンスは言うにおよばず、小さな冒険、絶え間ない刺激、新しい世界が山ほどあった。諜報員、英会話教師、ヤクザの友人、サラリーマン、売れっ子ジャーナリスト。ときどきの立場で、「ガイジン」=〈アウトサイダー〉として50年を生きたこの街と私の人生は、ひとまわりしていま元へ戻ってきたようだ……。これから東京は、日本は、いったいどんな未来に突き進んでいくのだろうか? 『菊とバット』『和をもって日本となす』『東京アンダーワールド』など、日本の裏と表を抉るベストセラー作家が贈る、渾身の自伝的現代史!

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