スピーチが苦手という人は多い。結婚披露宴などでスピーチを頼まれても、うまく盛り上げられるかどうか自信がなく、悩んでしまうという。そういう時は、上質な短編小説を読むと、たくさんのヒントがそこにあることに気づくはずだ。
深い短編はヒント満載
披露宴のスピーチは大抵5分程度だと思うので、そのくらいの時間に読み終えることができるような短編小説を読むことをお勧めする。たとえば短編集『5分後に意外な結末①赤い悪夢』(学研教育出版・編著/学研プラス・刊)は、5分以内に読める作品が30も入っているので、参考になることがたくさんあるはずだ。
短編小説は、短くてもきちんと起承転結があり、短いながらもきちんと形になっている。上質な作品だと感動までもが盛り込まれている。最初にどのように話を切り出したらいいのか、そして途中、どうすれば人をひきつけることができるのか、さらにラストでどのように締めれば相手の心に響くのか。こうしたテクニックはすべて、スピーチの時にも応用できるものなのだ。
スピーディーな展開の魅力
『5分後に意外な結末①赤い悪夢』は、海外の短編小説や伝承物語などが多く収録されていて、ハラハラするものも落涙するものもありバラエティに富んでいる。私はこの中の『開いた窓』という話に、とても感心した。とにかく展開がスピーディーで巧みなのだ。
男が紹介状を持って、とある家を訪れる。すると家人は席を外していて、少女がリビングに案内してくれた。少女は開いている窓を指差し、いつも開けっ放しにしているのです、と言う。3年前に伯父たちが狩りに行ったまま、そのまま帰ってこないものだから、伯母は毎日こうやって窓を開け、彼らを待ち続けているのです、と。ここで話の半分ほどなのだけれど、物語には大変な緊迫感が漂っている。
飽きさせない努力
そこへ伯母が現れ「夫達はもうじき戻ってくると思いますわ」と客人に話しかける。読者はこの、不幸にも未亡人になったのであろう伯母を、気の毒に思いながら見守ることだろう。彼女はもう3年も夫を待ち続けているのだろうけれど。そして窓の向こうが突如として騒がしくなる。複数の足音が近づいてくるのがわかる。伯母は顔を輝かせて立ち上がり「戻ってきたわ!」と叫ぶ。恐る恐る顔を上げると、そこには3人の男の人影が……。
ここから先は、読んでのお楽しみということで伏せておくが、あっと驚くような展開が待ち受けていて、オチも本当に素晴らしい。短い時間で、たたみ込まれるかのように、次から次へとエピソードが降りかかってくるので、読者は目をそらすこともできない。惹きつけ力の強さにかなりのものがあるのだ。
優れた短編はスピーチ名人
この『開いた窓』の作者はおそらく「読者はこのように書けば、このように感じるだろう」と予測しながら話を仕上げていったのだろう。自分の思うままに創るのではなく、読み手の反応を意識し、読み手を楽しませるように肉付けしていく。そうすることで、人の心に残る優れた作品になるのだろう。
優れたスピーチも、開始早々聴衆を引きつけ、ハラハラドキドキさせたり血を熱くたぎらせたりと感情を揺さぶる。そして、最後には人々を熱狂させ、拍手の嵐が起きる。これは「相手はどう思うだろうか」という視点を持っているからである。
無駄な文章や間延びした文章がほとんどないのが短編のいいところだ。少しでもゆるんだ部分が出ると、人はたちまちそわそわし始める。それはスピーチでも同じことだろう。皆の注意を引きつけるために、共感させるエピソードを入れたり、ドラマティックに演出したり、話をスピーディーに展開する。これら短編小説の秘訣を応用すれば、きっとトーク上手になれるはずである。
【書籍紹介】
5分後に意外な結末 ①赤い悪夢
著者: 学研教育出版(編)
発行:学研プラス
SF、ホラー、ミステリー。くすっと笑える話、ぞっとする話、感動する話。5分程度の時間で読めて、最後に「あっと驚くドンデン返し」。そんなショートショートを集めたアンソロジー。新シリーズ2話も特別収録。
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