書評家・卯月鮎が選りすぐった最近刊行の新書をナビゲート。「こんな世界があったとは!?」「これを知って世界が広がった!」。そんな知的好奇心が満たされ、心が弾む1冊を紹介します。
歴史地理学者が和食を考察!
みなさん、あけましておめでとうございます! お正月といえばやっぱり和食。ケーキ、チキン、ピザと、クリスマスにこってりご馳走を食べて油まみれになった体には和食が染み込みます。といっても、ついお餅を食べ過ぎてしまうのですが……。
和食にはそれぞれの地域ならではの特色がありますよね。友だち夫婦は新婚時代、クリスマスケーキは仲良く一緒に選ぶのに、お雑煮では毎年もめていたとか(笑)。
今回の新書『和食の地理学 あの美味を生むのはどんな土地なのか』(金田章裕・著/平凡社・刊)は、お米、酢、宇治茶、柿の葉寿し、千枚漬け、ウンシュウミカン……和の食材や郷土料理がどのようにして生まれたのか、地理と地勢の観点から考察していきます。
著者は歴史地理学者で京都府立京都学・歴彩館館長の金田章裕さん。学者さんの本なのでちょっと構えてしまいますが、本書は金田さんの食べ物に関する個人的な思い出やエピソードが豊富で、講義中に教授の余談を聞くような味わいがあります。
流通ルートで名産品も変わる!
第3章「茶とダシの文化的景観」では、日本の代表的なダシ2種類がテーマ。カツオは黒潮に乗って太平洋を回遊するため、太平洋側の焼津のような漁港から江戸へ運ばれました。このルートは「カツオ節の道」ともいえるでしょう。当時魚河岸のあった日本橋に今でも鰹節専門店が多いのはその影響だとか。
一方、関西が昆布だしなのは、北前船で生産地の北海道と消費地の京都・大阪を結ぶ「昆布の道」があったからというのが理由のひとつ。航路として立ち寄る日本海側の港町にも昆布を利用した多様な和食が生まれたそうです。越中・加賀(富山県・石川県)の魚の昆布締めが代表例。どこで獲れるかだけでなく、流通ルートによって名産品が変わるのも面白いですね。
第4章「漬物と多様な発酵食品」では、著者の富山県の実家で作られていた「蕪(かぶら)寿し」の思い出が語られます。晩秋に収穫した蕪をやや厚めに切り塩サバを挟んで、柔らかく炊いたご飯と米麹を合わせたものに漬け込み1週間弱発酵させる……。桶を開く日は、「出来具合が気になって、母はとりわけ緊張と期待が交錯したようである」と書かれていて、その光景が思い浮かぶようです。
もうひとつ、「伊勢タクアン」にも興味を惹かれました。三重県伊勢市御薗町で作られ始めた「御薗大根」という品種を用い、ハサ(刈った稲を掛けて乾かすための木組)にかけて2週間天日干しにし、米ぬかに漬け込んで3年ほど熟成させる独特の風味があるタクアン。伊勢平野の北風が最適な乾燥をもたらすのだとか。最近は人工的な味のタクアンも多い中、これはぜひ食べてみたいですね。
私たちが日本の風景としてイメージする、のどかな水田や段々畑といった景観は、人々の生活と深く結びついて作り上げられた「文化的景観」なのだという金田さん。食べ物と地理・地勢は切っても切れない仲。今年の後半はコロナを気にせず旅行して、土地土地の味を楽しめるといいのですが。
【書籍紹介】
和食の地理学
あの美味を生むのはどんな土地なのか
著者:金田章裕
発行:平凡社
四方を海に囲まれ、南北に長く、地勢の変化に富む日本列島。ここで生まれた和食は多様な食材に支えられ、食材生産・加工の営みは特徴的な「文化的景観」を形づくってきた。米、野菜、日本茶、調味料と漬物、果物と海産物、そして近年、著しい品質向上が注目される日本ワイン。私たちが日々楽しむ美酒佳肴はどのように生まれているのか。豊かに広がる水田と畑、魚と海草の養殖風景。日本の地理・地勢から「人間と食の関係」を探求する。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。