書評家・卯月鮎が選りすぐった最近刊行の新書をナビゲート。「こんな世界があったとは!?」「これを知って世界が広がった!」。そんな知的好奇心が満たされ、心が弾む1冊を紹介します。
リアルが揺らぐネット社会
「百聞は一見にしかず」ということわざがありますが、それが通用しない世界がすぐそこまで来ているようです。これまではネットのあいまいな噂でも、映像を見ればそれを根拠にはっきりとしましたが、最近は加工技術が向上して映像もごまかせるように……。言ってもいない発言をしゃべらせることもできる、本当に恐ろしい時代です。“一見は百聞にしかず”。見たものをうのみにしないで100回は自分で調べないと、騙されてしまうかもしれません。
今回の新書『やばいデジタル “現実(リアル)”が飲み込まれる日』(NHKスペシャル取材班・著/講談社・刊)は、昨年4月に放映された「NHKスペシャル デジタルVSリアル」全2回をまとめたデジタルのリスクを警告する本。デジタルによって揺らぐ「フェイク」と「リアル」の境界線がテーマです。
フェイクは20倍の速度で拡散する!?
第1章は「フェイクに奪われる『私』-情報爆発と『ディープフェイク』」。新型コロナのパンデミックとともに、SNSでもデマやフェイクの情報が一気にあふれ、「インフォデミック(情報爆発)」が起きたのは記憶に新しいところ。生産が停止すると噂されたトイレットペーパーが売り切れたり、スーパーの棚からインスタントラーメンが消えたりしました。
マサチューセッツ工科大学の教授が、過去12年分のツイートを比較分析したところ、なんとフェイクと真実のニュースではフェイクのほうが20倍速く拡散するという結果が出たとか!
そのうえ、技術の進歩により映像のフェイクも蔓延しつつあります。たとえばフェイスブックのCEOマーク・ザッカーバーグさんを素材にした、映像アーティストのフェイク動画が注目されました。ディープラーニングによってAIに口元の動きを学習させ、本来言っていない発言を自然に言わせることが可能……。他にもフェイクがリアルを脅かす実例が多数紹介されていて、背筋が寒くなってきます。
一方で、私たちの現実(リアル)の情報が大企業に握られている時代でもあります。曖昧になるリアルと管理されるリアル、ふたつの視点が並んでいるのがこの本の面白いところ。第3章「あなたを丸裸にする『デジタルツイン』-ビッグデータはすべてを知っている」では、個人のプライバシーが露わになっている現状が分かります。
番組で被験者になってもらったXさんのグーグルの利用履歴9年分をダウンロードすると、そのデータ量はわずか2.74GB。録画用DVD1枚に楽々収まる情報量で、Xさんのすべてが丸裸になります。どこに行ったか、何を検索したか……。そこから分析して明らかになる家族構成、職業、年収、趣味、貯金額、病歴。家族や恋人、下手をしたら自分よりも自分のことを知られてしまっている。もし、これを悪用されたらひとたまりもありません。
本書はデータや実例も多く、読みやすくまとまっています。ネットの便利さと危険性のバランスについて考えるきっかけになる内容。30~40年前の私が読んだら「これはSFだ」と思うんでしょうけど、まさに今進行している事実なんですね……。
【書籍紹介】
やばいデジタル “現実(リアル)”が飲み込まれる日
著者:NHKスペシャル取材班
発行:講談社
あなたの人生は、わずか2.74GB(ギガバイト)。2020年の1年間で生み出されたデータ量は「50,000,000,000,000GB」。デジタルは、私たちの社会をさらに自由に、豊かにしてくれるーー。しかし、それが実にはかない願望であったことを、私たちはいま実感させられている。SNSの広がりは「真実」と「フェイク」の境界をあいまいにし、私たちは「フェイク」に踊らされるようになった。文脈を失い、断片化された情報は、それがデマであってもまるで真実であるかのように、「いいね」がつけられ、世界中に拡散されていく。ビッグデータに蓄えられた検索履歴は、私たち以上に私たちのことを知り尽くしたデータ=「デジタルツイン」となり、私たちのプライバシーを丸裸になりつつある。にもかかわらず、私たちは、デジタルの恩恵から逃れられない。フェイクが横行し、プライバシーが剥奪され、リアルはデジタルに侵食されるーー。不自由で非民主主義的な世界を、私たちはどう生きるべきか?
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。