本・書籍
2022/1/1 6:30

哲学からジェンダー問題、名作マンガから大河の予習まで—— 歴史小説家が選ぶ2022年スタートダッシュのための5冊

毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史小説家・谷津矢車さん。2022年のお正月の今回は、スタートダッシュを切るための5冊を選んでもらいました。硬軟取り合わせた5作品の中から気になったものを、この正月休みに手に取ってみてはいかがでしょうか?

 

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いつもこの選書をお読みくださっている皆様、今年もよろしくお願いいたします。本年のご多幸とご活躍を心よりお祈り申し上げます。

 

と、正月らしいことを書き連ねてみたものの、作家に盆暮れ正月はないのである。作家業は精神労働である反面、文章を紡ぐ肉体労働者であり、日々の鍛錬が欠かせない。従い、多少暇な日があっても、なんらかの書き物はしているし、もし執筆関係の業務がなかったとしたら、次回作の下準備や勉強、企画書の作成に追われることになる。かく言うわたしも、元日であってもいつも通りに目覚め、いつもとちょっと違う朝ご飯(餅入りお雑煮)を食べた後はパソコン、あるいは仕事机に向かい、ああでもないこうでもないと頭をひねっている。

 

まあ、これは娯楽産業に身を置く人間あるあるというもの。皆様におかれましては、是非とものんびり羽を伸ばしていただきつつ、箱根駅伝に熱くなっていただきたい。

 

さて、新年というと、やはり仕切り直しの雰囲気がある。皆さんも「今年の抱負は?」と誰かに聞かれたり、あるいは問い質したりしているかもしれない。人間、区切りをつけ、そこに向かって走ったほうが、案外頑張れる生き物である。

 

というわけで、新年、スタートダッシュを切るための5冊、紹介していこう。

 

男の望む物語をねじ曲げた女の物語

まず1冊目は小説から。らんたん』(柚木麻子・著/小学館・刊)である。のちに恵泉女学園を設立した女性教育者、河合道を主人公にした歴史小説作品である……と説明すると、地味そう、という感想を持つ方もいらっしゃるかもしれないがさにあらず。慶応、明治、大正、昭和の四時代に跨がり活躍した河合道の周りには、数多くの歴史上の人物が登場し、彼女の前に現われる。有名どころだけ列挙するだけでも、津田梅子、山川捨松(のちの大山巌夫人)、有島武郎、平塚らいてう、マッカーサー……。戦前日本社会の〝狭さ〟ゆえに存在する人間関係の華やかさも本書の楽しさの一つである。

 

本作には様々な要素がちりばめられている。だが、この選書においては、河合道という女性が選び取った戦いについて述べておきたい。河合道は〝女が非業の死を遂げねば絵にならぬ〟という、明治期の文豪たちの物語に怒りを表明する。そして彼女は自らの理想のために戦い続け、見事なまでに非業の死から背を向ける。そう、本作は自らの生き様でもって男の望む物語をねじ曲げた女の物語なのである。

 

男、女に限らず、人は〝こうあるべき〟という規範に縛られ生きている。もちろん、それらの規範は個人や社会を守る側面もある。しかし、その規範が自分にとって限りなく邪魔なものであったり、不都合だったときにどうしたらいいのか――。本書は、そんな事態に直面した際のヒントを与えてくれるだろう。

 

アウティングがなぜ問題なのかを説く1冊

2冊目はあいつゲイだって』(松岡宗嗣・著/柏書房・刊)である。本書はアウティングをテーマにした一般向け書籍である。

 

アウティングってなに? と呟いたあなたにこそ読んでいただきたい。

 

本書に成り代わり、意味をお話ししよう。アウティングとは、ある人物の公にしていない性自認や性指向について、本人の了解なしに公開することを指す。と書くと、「何が問題なの?」とお思いの方もいるだろう。性指向はともかく、性自認について、他人に明かすことって悪いことなの? と。

 

本書はアウティングがなぜ問題なのか、それによって何が起こるのかを実例を交えつつ紹介している。きっと、こうした疑問を持たれた方にも、一定の答えを出してくれることだろう。

 

わたしたちは普段、社会の中で生きている。だからこそ、社会から離れて羽を伸ばしている正月休みの今、自分の振る舞いについて考え直す時間を持つのも大事だと思うのだが、いかがだろうか。

 

能力主義の正義を解体する

さて、3冊目に行こう。実力も運のうち 能力主義は正義か?』(マイケル・サンデル ・著/早川書房・刊)である。本書は『これから正義の話をしよう』のベストセラーで知られる著者の最新作である。

 

本書は世界、ことに旧西側諸国の間では美徳とすらされる能力主義に切り込んでいる。なぜ能力主義が尊ばれるのか。それは、皆が頑張れば身につくはずである能力に高低が生まれるのは、そのまま個々人の努力の差であるという建前が存在するからである。しかし本書はその建前を次々に分解してゆく。

 

本書を読んで、怒る人も多いと思う。この著者は、自分が努力して積み上げたものを否定するのか、と。だが、それは違う。きっと、そうやって怒りを表明するあなたは、誰よりも努力してきた人なのだ。だからこそ、少し冷静に本書に示されている光景に目を向けて欲しい。努力というのは、努力が報われる場にいるからこそ積み上げることができるものなのかもしれない。そう気づいたとき、また違った世界が見えてくるかもしれない。

 

新作アニメ始動にあわせて読み返す名作コミック

さて、3冊、かなりシリアスな紹介が続いてしまったので、少しのんびりとした方向に引き戻そう。次は漫画から。るろうに剣心』(和月伸宏・著/集英社・刊)である。本作は明治11年、東京に流浪れやってきた優男が幕末の京都を震撼させた伝説の人斬りだった……、という、導入から始まる明治剣客浪漫譚である。

 

と、なぜ今この作品を? と首を傾げる方も多いかもしれない。本作、わたしは小学6年生くらいのころ読んでいた記憶があるので、おおよそ20年以上前の作品である。

 

なのだが。

 

なんと、まさかのアニメ化計画が始動したのである。

 

まさかの、とは書いたが、ここのところ、わたしたちの世代を狙い撃ちにしたようなアニメ化が次々に実現しているのを皆さんもご存知かもしれない。『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズや『ダイの大冒険』完全アニメ化などがその代表作であろう。上記2作は既にかなり進行しており、原作未読の方が追いかけるのは大変かもしれない。だが、『るろうに剣心』は全28巻、連載作品としては極めて追いやすい。アニメ化発表を機に先回りして読んでおけば、アニメ版をより深く楽しむことができるだろう。

 

大河の前に読んでおくべきガイドブック

年の始まりといえば、そう、大河ドラマである。今年は三谷幸喜脚本の鎌倉時代作品『鎌倉殿の13人』だが、鎌倉時代なんて何があったか知らない! という人がほとんどであろう。そんな貴方にお勧めしたいのが最後にご紹介する北条義時と鎌倉幕府がよくわかる本』 (歴史の謎を探る会 ・編/河出書房新社) である。

 

現代は本当に素晴らしい世の中で、本職の学者の著した論文や、実際の史料まで閲覧することができる。逆に言えば情報が氾濫しすぎており、何から手に取っていいのかわからない、という事態が出来しているように思う。

 

その点本作は優れたガイドブックとして機能している1冊である。名前の通り、『鎌倉殿の13人』の主人公である北条義時と、その周囲、彼の生きた時代と事件を平易に解説した書籍となっている。本書を片手に大河ドラマを見るも良し、本書の内容を理解したのち、もう少し難しい本を手に取るも良し(参考文献も充実しているのでそこを辿るのもいいだろう)、とまさに鎌倉時代初期の入り口にもってこいである。

 

ろくに休みのない、メリハリに欠ける仕事をしておいて何だが、やはり正月になると晴れがましい気持ちにもなるものである。しかし、わたしは今年の抱負をここで書くような愚は犯さない。そんなこと書こうものなら、今年の年末、これをお読みの方に答え合わせされてしまいかねない。そうした芽は最初から摘んでおくに限る。

 

そんなわけで、わたしの抱負はとりあえず脇に置き、皆さんのご多幸とご健康を改めてお祈り申し上げる次第である。

 

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【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新刊は『北斗の邦へ跳べ』(角川春樹事務所)