こんにちは、書評家の卯月 鮎です。「生まれてから一生、47都道府県のひとつから出られないとしたら、どこを選ぶ?」。この質問には答えが割れることでしょう。愛着のある地元? 冬が過ごしやすい温暖な地域? それとも遊ぶところに困らない東京?
では、次の質問ならどうでしょう。「生まれてから一生、47都道府県のどこかひとつで採れた食材しか食べられないとしたら、どこを選ぶ?」。これなら北海道を選択する人がぐっと増える気がします。魚介類に乳製品、トウモロコシなどの野菜、最近ではお米の味も評判が上がっています。私の好きな桃はほとんどなさそうですが、メロンがあるので大丈夫です(笑)。
発酵学者が北海道の食を語る!
さて、今回紹介する新書は食エッセイ『北海道を味わう 四季折々の「食の王国」』(小泉 武夫・著/中公新書)。著者の小泉武夫さんは、日本の発酵学の第一人者で東京農業大学名誉教授。『発酵食品礼讃』(文春新書)、『食と日本人の知恵』(岩波現代文庫)など著書も多数です。エッセイ「食あれば楽あり」を日本経済新聞に長年連載している文筆家としても知られています。
小泉さんの北海道との縁は約30年前にさかのぼります。北海道庁農政部から依頼を受けてアドバイザーに就任した小泉さんは、「小泉博士の北うまっ!プロジェクト」に長年携わり、北海道各地のさまざまな食べ物と出会ったのだそう。その食べ歩きの経験が思う存分活かされています。
北海道ならではのジャガイモの食べ方は?
本書は春夏秋冬の四季ごとに分かれて、それぞれ「海の幸」「大地の幸」「季節の料理」を紹介するという構成。浜ゆでベニズワイガニ、フキノトウの味噌炒め、砂糖水のように甘いニンジンジュース、幻のサケ「銀聖」、“世界一美味しい”ジンギスカン……。
文字だけでもヨダレが出そうですが、私が強く心引かれたのは、「春の味覚」で紹介されている料理「スシニシン」。これはいわゆるお寿司ではなく、春に産卵のためにやってくるニシンを使った保存食で、活きのいいニシンの腹に塩ぬかを詰めて樽に並べて漬け込んだ発酵食品です。
地元の漁師さんの家で初めて食べさせてもらったとき、小泉さんは発酵学者として衝撃を受けたのだとか。数年間貯蔵していつでも利用できること。漬けて半年の若いスシニシンは発酵食品の常識を破り、焼いて食べるということ。「三平汁」や「飯鮓(いずし)」の味付けにも利用されること……。
耐塩性の乳酸菌と酵母で発酵したスシニシンを焼いたものは、一般的な焼きニシンとまるで違った味で、「実にうま味と酸味が濃く、塩も角が取れておだやかになっていた。……ご飯の上にのせただけで、もう他のおかずなど無用となり、それだけで何杯もご飯が食べられた」とか。
このスシニシンの項目に限らず、本書は全体的に発酵学者としての分析と、食通としての味の描写が一体となって、読者の知識欲を満たし、大いに食欲をかき立てます。
これから迎える夏の実りでは、7月下旬から収穫される新ジャガ! 小泉さんによると、北海道だけの“奇妙な”ジャガイモの食べ方があるそうです。それは茹でたジャガイモにイカの塩辛とバターを塗り付けて食べる「塩辛ジャガバター」。
バターが少し溶けたあとに塩辛をのせるのがコツで、こうすると塩辛の塩味がマイルドになって美味しいのだとか。「塩辛×新ジャガ」、海と大地の出会いはある意味北海道の真髄ですね。
春夏秋冬、定番の食材から知られざる名物までてんこ盛りに紹介されている一冊。どこを訪れて食べたか、誰が料理してくれたかといった旅情感もあってほっこりした気持ちになれます。人間って美味しいものをほおばっているときが一番幸せですよね!
【書籍紹介】
北海道を味わう 四季折々の「食の王国」
著者:小泉武夫
発行:中央公論新社
春はニシン、ヤマワサビ。夏はウニ、ジャガイモ。秋はサケ、新米。冬はカニ、タラ。そして通年でジンギスカン、ラーメン……。北海道は、日本ばかりか世界でも有数の「食の王国」である。海・川・湖の幸、広大な大地の幸に恵まれ、食材本来の良さを生かした料理の数々は、私たちを魅了してやまない。無類の食いしん坊を自認し、北海道中を長年食べ歩いた発酵学の第一人者による、垂涎のうまいもの尽くしエッセイ。
楽天koboで詳しく見る
楽天ブックスで詳しく見る
Amazonで詳しく見る
【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。