こんにちは、書評家の卯月 鮎です。グローバルな世の中、日本でも身近な企業やブランドが元はどの国の発祥か、意外と知らないことも多いですよね。IKEAはスウェーデン、ゴディバがベルギーなのはなんとなく想像できますが、おもちゃのLEGOブロックはデンマーク、ファストファッションのZARAはスペイン、シェーバーでおなじみのフィリップスはオランダというのはけっこう意外かも!? ちなみに人気のアウトドアブランド・モンベルは日本発祥です!
今回紹介する新書『東南アジアスタートアップ 大躍進の秘密』(中野 貴司、鈴木 淳・著/日経プレミアシリーズ)に掲載された企業も、近い将来、発祥がどこか気にならないくらい世界的に大きな存在になるかもしれません。
現地取材経験が豊富な日経記者が分析
本書は「東南アジアの各地で直接見て聞いたことを、できる限り分かりやすく伝えることを意図した」という、東南アジアのビジネス最前線を切り取った一冊。
中野貴司さんは日本経済新聞シンガポール支局長兼クアラルンプール支局長。日経BP「日経ビジネス」編集部などを経て2017年から現職に就いています。鈴木 淳さんは日本経済新聞社Nikkei Asiaデスク(前ジャカルタ支局長)。16~20年にかけてインドネシアに駐在していました。東南アジアにおける新興企業の躍進を肌で感じてきた2人が現地で取材しただけあって、数字上のデータ以上の熱量がしっかり伝わってきます。
配車アプリからスーパーアプリへ!
東南アジアのスタートアップ企業が躍進している理由は、新型コロナウイルスのパンデミック。東南アジアの主要6か国(インドネシア、フィリピン、ベトナム、タイ、マレーシア、シンガポール)では、2021年時点でネット利用者が4億4000万人とパンデミック前と比べ8000万人も増え、それが新興のIT企業の後押しとなっているそうです。
ビジネスが社会を変えた好例かも、と私が興味をひかれたのは、第1章のマレーシア発の配車アプリ大手・グラブ。米ハーバード大学で学んでいたマレーシア人留学生2人によって2011年に設立されました。
創業当時、マレーシアのタクシー事情は劣悪で、創業者の1人によれば「グーグルで『世界最悪のタクシー』と検索すれば、最上位に来るほど」だったとか。この状況を変えようと配車アプリを制作し、運転手が食事のために集まるマレーシアの屋台街で片っ端から声をかけて勧誘したそうです。まさにドラマの始まりのようなエピソードですね。
このグラブが東南アジア8か国に進出し、2018年にはアメリカ配車最大手・ウーバーの東南アジア事業を買収。さらに決済・融資・投資といった金融事業も開始し、1つのアプリで多彩なサービスを提供する「スーパーアプリ」となって急成長。設立から10年で2021年12月にはナスダック上場を果たしたそうです。
では、市場にあふれるアプリのなかでなぜグラブが選ばれたのでしょうか? それは「作り込みの深さにある」と本書では分析しています。アプリ内の地図は詳細で、たとえば広大な空港であっても自分のいる現在地が示され、そこに手配した車を呼べるため乗りはぐれる心配はなし。この地図は、運転手のヘルメットにつけられたカメラによって日々データが蓄積されているとか。曖昧でぼんやりしていたものを、明確化したことが成功につながったのでしょう。
そのほか、第5章ではシンガポール政府系の巨艦ファンド「テマセク・ホールディングス」の戦略、第7章ではタイやベトナムで生まれた次世代のスタートアップ企業などにも触れられています。
綿密な現地取材と具体的なデータによる解説で、難しい経済の話もすっとイメージが浮かび、頭に入ってくるのが本書の特徴。秘めたポテンシャルから米中の大企業が競って投資する東南アジアのビジネスについて学ぶには、うってつけの一冊ではないでしょうか。
【書籍紹介】
東南アジアスタートアップ 大躍進の秘密
著者:中野 貴司、鈴木 淳
発行:日本経済新聞出版
東南アジアで有望なスタートアップが続々誕生している。特にグラブ、シー、GoTo(ゴジェックとトコペディアが統合)の3強は巨大で、シーの企業価値は一時23兆円に到達。世界中の大企業やファンドが出資や提携を求めて殺到している。現地駐在経験が豊富な日経新聞記者が大躍進の秘密を解き明かす。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。