こんにちは、書評家の卯月 鮎です。仕事柄、作家にはそこそこ詳しいのですが、“放送”作家となると普段あまりテレビを見ないこともあってまったくの門外漢です。それでも、高田文夫さんや鈴木おさむさんの名前はもちろん知っていますし、放送作家の方々が影に日向にテレビというエンタメを引っ張ってきたというのは私でもわかります。
時代を彩ったテレビと放送作家
時代を知るには「放送作家とは何か」も勉強しておいたほうがいい、そう思い立ち、今回の本を手に取りました。『放送作家ほぼ全史 誰が日本のテレビを創ったのか』(太田 省一・著/星海社新書)。一冊読めば、1960年代から現在までの放送作家の歴史とテレビ番組の変遷が一気にわかる、テレビ素人にはありがたい新書です。
著者は社会学者で著述家の太田 省一さん。テレビと戦後日本社会の関わりをメインに、アイドル、お笑い、歌番組といった幅広い分野で執筆活動を行っています。『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)、『平成テレビジョン・スタディーズ』(青土社)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩選書)などテレビに関する著書も多数です。
AKB48が成功した理由とは?
さて、まずは放送作家(別名・構成作家)とは何をする人なのでしょうか。本書の冒頭にその説明があります。端的にいえば、放送作家とはテレビ番組やラジオ番組の構成を担当する人。全体の最適な流れを考え、コーナーの順番を決めたり、番組の内容にも関わって、出演者のセリフを書いたり、コントなどの台本を手掛けたりもするそうです。
「いわば番組の骨格を考え、その肉付け全般に携わる仕事」「例えるなら、番組という建物の建築士であり、施工する建築業者でもある」と太田さん。番組が成功するか失敗するかは、放送作家の腕にかかっているといっても過言ではないでしょう。
本書は1~5章の構成で、放送作家という領域を超えて活躍した、テレビ史に名を残す人物を追っていきます。第1章「タレントになった放送作家たち~1960年代」では、永六輔さん、青島幸男さん、大橋巨泉さん。第2章「小説家になった放送作家たち~1960年代のもうひとつのかたち」では、野坂昭如さん、井上ひさしさん、五木寛之さん。
そして第3章「アイドル時代をつくった放送作家たち~1970年代から1980年代」では、主に秋元康さんを取り上げています。秋元康さんが放送作家になったきっかけは、高校時代にせんだみつおさんがパーソナリティを務めるラジオの深夜放送に、『平家物語』のパロディを送ったこと。徹夜でノート20枚にわたって書いたその原稿が担当者の目に留まって、遊びに来るよう声をかけられたそうです。
瞬く間に売れっ子となった秋元さんは、『夕やけニャンニャン』(1985年放送開始)でアイドルグループ「おニャン子クラブ」ブームを作り上げ、それは後に「AKB48」へとつながっていきます。そんな秋元さんが成功した秘訣を「逆張り」にあると太田さんは分析します。おニャン子クラブなら当時の「アイドル=ソロ歌手」という王道の逆を行き、AKB48なら「アイドル=テレビが主な舞台」ではなく「会いに行けるアイドル」を掲げる。単にこれまでの常識と違うことを思いつくのは簡単ですが、それを具体化し、何度も成功に導いているのが秋元康さんのすごさでしょう。
個人的には第5章「脚本家になった放送作家たち~1990年代から2000年代」で、三谷幸喜さんの名前が挙がっていたのに驚きました。三谷さんは大学在学中に劇団を立ち上げて率いていた傍ら、『欽ドン!』などバラエティ番組の放送作家もしていたそうです。観る者に新鮮なインパクトを与えた深夜ドラマ『やっぱり猫が好き』(1988年放送開始)で脚本家として注目を集めた三谷さん。放送作家のノウハウが活かされていたのかもしれません。
著名な放送作家の人物史という切り口で、表には出にくい放送作家の功績を抽出し、テレビ時代における大衆心理の変化をも浮かび上がらせる一冊。放送作家の師弟関係や人気番組のヒットの理由など、「ああ、そうだったのか」と腑に落ちるエピソードも詰まっています。テレビ時代は終焉しつつあると言われていますが、次代の放送作家のスターは現れるのでしょうか?
【書籍紹介】
放送作家ほぼ全史 誰が日本のテレビを創ったのか
著者:太田 省一
発行:星海社
「青島幸男、秋元康、宮藤官九郎。この3人の共通点はなにか? そう聞かれて即座に答えが思い浮かぶひとはどれくらいいるだろうか? 答えは、みんな放送作家だったことである。青島幸男はタレント・政治家、秋元は作詞家・プロデューサー、宮藤は脚本家としてそれぞれひとつの時代をつくった人たちだが、それ以前に3人ともが放送作家であった」(「はじめに」より)。テレビの裏方として企画・構成を考えたり台本を書いたり、あるいは脚本家・作詞家・小説家になったり…。テレビやメディアで活躍する〈放送作家〉という不思議な存在を日本のメディア文化、エンタメ、戦後日本社会との関係からとらえ直す画期的な一冊。
【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。