大ヒットアニメ『鬼滅の刃』では、鬼になった妹を助けようと必死に戦う兄の姿が人々の胸を打ちました。自分より幼くかよわい妹という存在が、兄のパワーとなったのです。実はこの「妹が鬼になる」という設定の伝説が、東北地方にもあるそうです。
妹が鬼になる話
『妹の力』(柳田国男・著/・KADOKAWA・刊)では、妹だけでなく、姉や母や巫女など、女性にまつわる日本各地の言い伝えや伝説を考察した本です。戦前に書かれた本なのですが、多くのストーリーがそこに納められていて、読み応えがあります。
本書によれば、兄が妹に食べられてしまったり、食べられる前に逃げ出したり、話の内容には多少の違いがありますが、妹が鬼になるという話が奥羽地方に点在しているそうです。ちなみに、『鬼滅の刃』の主人公・炭治郎の出身は奥多摩に実在する雲取山だそうなので関東であり、伝説が存在する東北とは異なります。
兄が鬼になる話
『妹の力』には兄が鬼になる沖縄の民話『鬼餅(ムーチー)』についても触れられています。こちらは兄が鬼になり、村の子ども達を食べてしまうというものです。それを知った妹は、兄はもう今までの兄ではないと嘆き悲しみ、崖から兄を突き落として殺してしまいます。
『鬼滅の刃』でも、妹の禰豆子は人を食べたい気持ちを必死にこらえています。鬼になると人を食べるようになりますが、この行為が人と鬼を分ける境界線なのかもしれません。
なぜ兄と妹という設定なのか
著者である民俗学者の柳田国男は、こうした民話になぜ兄と妹という設定があるのかを考察しています。たとえば日本各地にはオナリ神というものがあり、これには姉妹が時に霊力を使って兄弟を守るという説もあるようです。
また、妹(または兄)が鬼になり、今までとまるで違う存在と化す。こうした物語には、兄妹関係の絶縁という意図があるのではないかということも書かれています。兄妹の強い精神的結びつきを断ち切らせたのではないかというのです。自立の儀式のようなものなのかもしれません。
兄妹の絆の深さ
柳田国男は、昔は現代よりもずっと兄弟の関係が深かったのではないだろうかと推察しました。しかし、本書が書かれたのは昭和12年、今から80年以上も昔なのです。令和の時代では、それよりさらに家族関係は薄くなっているでしょうから、なおのこと、家や村でこうした民話が語られることも少なくなったのではないでしょうか。
人々が忘れかけていたかもしれない兄妹の絆。それが『鬼滅の刃』では、はっきりと描かれました。オナリ神では妹に霊的な力が宿り、呪文などで兄を保護する場合があるとも考えられていました。アニメでも妹が主人公を懸命に守ろうとするシーンが出てきます。兄弟の絆が希薄な現代だからこそ、私たちは作品にそれを見て深く感動したのかもしれません。
【書籍紹介】
妹の力
著者: 柳田国男
発行:KADOKAWA
かつて女性は神秘の力を持つとされ、祭祀を取り仕切っていた。予言者となった妻、鬼になった妹、生贄にされた美女…女性たちは人々から何を託されていたのか。多くの民間伝承や神話などを検証。シャーマニズムの構造を明らかにし、日本人固有の心理を探る。