本・書籍
2023/10/21 10:30

ソニー元副社長・盛田正明さん96歳初の著書発売。担当編集はワンパブ代表取締役社長⁉

盛田正明氏、御年96歳。ソニーの元副社長であり、グローバル企業へと育て上げた一人である。そんな盛田さんが先日、初めての著書『人の力を活かすリーダーシップ』を当社・株式会社ワン・パブリッシング(以下、ワンパブ)から出版した。編集を指揮したのは、ワンパブの廣瀬有二代表取締役社長。社長が自ら書籍を編集したのはなぜか、その背景を尋ねた。

 

一度は消えかけた幻の企画。経営陣の直感により息を吹き返した

「実は一度、この本の企画は消えかけたんですよ」

開口一番、思いもよらない事実を教えてくれた。『人の力を活かすリーダーシップ』は、黎明期からソニーの発展を支え続けた盛田正明さんのマネジメントスタイルを描いた一冊。70歳でソニーをリタイアした後に「盛田正明テニス・ファンド」を立ち上げ、錦織圭選手をはじめ多くの選手育成に尽力していることでも知られている。

 

本企画をワンパブに持ち込んだのは、この書籍のもう一人の著者である神仁司(こうひとし)さん。テニス専門誌の記者を経てフリーランスになり、現在は記事の執筆だけでなくスポーツコメンテーターも務める。

 

「盛田さんと親交が深かった神さんが、ぜひ盛田さんの半生と人材育成論を世間に伝えたいと企画を持ち込んできたのが今から一年以上前。窓口だった編集事業担当の取締役である松井謙介さんが一般書の部門に企画を検討するように依頼しましたが、事業部はやらないという判断をしたようです。良い企画ではあるけれど、ワンパブとしてあまり手掛けたことがないジャンルであったことが、事業部としてゴーサインを出せなかった理由と聞いています」(廣瀬さん)

 

ところが、松井さんの「この企画は世の中に知らしめる価値がある」いう直感が働き、社長の廣瀬さんに最終判断を委ねたのだった。

 

「松井さんが私に企画書をメールしてきました。『どう思いますか?』と。早速企画書を読んでみたら、面白いじゃないですか。会社としてこの手のビジネス書の発刊は挑戦ではあるけれども、無くしてしまうには惜しい企画だということで、松井さんと意見が一致しました。

 

そこで、まずは一度ご本人に会って話を聞こうということになり、盛田さんのご自宅にお邪魔したんです。あれだけの大企業の経営者を勤め上げ、リタイア後もものすごい偉業を成し遂げてきた方なので、さぞ自己主張が強い方だろうと思っていましたが……実際の盛田さんはすごく物腰が柔らかく、高貴で、常に笑顔でやさしく接してくださって。本当に魅力的で、一瞬にしてそのお人柄に惚れ込んでしまいました。これは本を出そう! 出すなら人に任せないで、私自身が編集を担当する! そう宣言してしまったわけです」(廣瀬さん)

その後、ワンパブ社内の最終企画決定会議で社長自らプレゼンをして、会社として出版することが正式に決定した。編集者としてのキャリアは20年以上、『GetNavi』をはじめとする数々の雑誌の編集長を歴任してきた廣瀬さんだが、2020年のワンパブ創立以降は経営に専念していて、本の編集はやってこなかった。久々の編集者としての現場、なおかつ経営業務との両立は難しくなかったのだろうか?

 

「忙しくなるなと覚悟はしていましたが、今の自分のキャパシティならギリギリできるだろうという思いがありました。と言うのも、信頼がおける制作スタッフを揃えることができたので。

 

編集者の面白さというか醍醐味って、やっぱりひとつのコンテンツを作る上で、どうチームビルディングをしていくかという部分にあるんですよね。

 

今回の本に関しては、企画を持ち込んでくれた神さんが原稿を執筆、より執筆者に近い立ち位置で編集作業を担当してくれたのが、過去に神さんが記者をしていたテニス雑誌の編集長だった鈴木映さんという方なんですよ。つまり、かつて同じチームだった上司と部下が再集結したわけです。

 

鈴木さんは、編集職を離れた後にビジネススクールでMBAを取得するなど、ビジネスにも明るい方。この書籍の2大テーマであるビジネスとテニス、両方に精通している編集者の鈴木さんが携わってくれたことで、制作のクオリティは大幅にアップにしました」(廣瀬さん)

 

トラブルは一切なし。勝因はチームビルドと盛田さんの人柄にあり

万全を期してスタートした本企画だったが、出版にはトラブルがつきもの。しかも今回の著者は日本を代表する実業家であり、多忙を極める人物である。さぞかし取材や進行が難航したことが予想されるが……。

 

「それが、何のトラブルもなかったんですよ。印刷所が仮設定した前倒しの進行よりもさらに早いスケジュールで校了してしまいました。私の原稿チェックも休日に集中して時間を作る程度で、経営業務に支障をきたすこともなく進みました。本当に、他に類を見ないほどの優良進行でした。面白い話ができなくて申し訳ない(笑)」(廣瀬さん)

 

勝因はズバリ、チームワークの良さだろう。かつて共に同じ雑誌を作り上げていた仲間だからこその、阿吽の呼吸。廣瀬さんがスタート時に感じていた予感は的中したわけだ。

 

「加えて、盛田さんが取材や執筆、撮影に非常に協力的だったこともありがたかったです。楽しそうに、それでいて主張する部分はしっかりと主張されていました。たとえば、盛田さんはファッションにすごくこだわっている方で、撮影時のヘアメイクはこちらで準備しましたが、洋服や靴などはすべてご自身で揃えられていたんですね。

 

白っぽいシャツをリクエストした際は、ベースが白だけどうっすらとブルーがかっている色味を選ばれていました。ブルーってソニーのコーポレートカラーですよね。ソニー愛からなのか、ご本人の好みかはわかりませんが、とてもよくお似合いでした。

 

帯の言葉は錦織圭選手に書いてもらいました。通常、依頼するのも難しいくらいの世界的選手ですが、自身を世界に羽ばたかせてくれた盛田さんの本ということで二つ返事でOKをいただけました。盛田さんのお人柄と周囲との良好な関係性など、すべてがうまく作用して本が出来上がったのだと感じています」(廣瀬さん)

 

久々の現場作業に編集魂が再燃!リタイア後のビジョン形成も

この本に携わってからというもの、廣瀬さんが以前に増してアグレッシブに日々の業務に携わっているように見えるが、気のせいだろうか。

「実はワンパブ社内のスタッフからも、『最近、社長がすごく生き生きとしている』と言われます(笑)。やっぱり現場の作業は楽しいですね。カバーのデザインについて、編集、販売、広報などいろいろな部署のスタッフに意見を出してもらうなど、みんなでより良いものを作っていく過程を久々に経験しました。

 

企画会議でプレゼンしたのも緊張しましたが、最後に『校了』のサインをするときには手が震えましたよ、見落としがいっぱい出てきたらどうしようと思って。

 

無事に発売日を迎え、現在はプロモーションの真っ最中です。編集の仕事は本を出して終わりではなく、その本の良さを伝えるためのプロモーションまでが重要な役割だと改めて感じています。作ると売るは一体なのだなと。

 

ちなみに、社内のMR(メディアリレーション)チームと一緒に各メディアを回っていますが、社長だということを事前にお伝えしていないので、だいたい相手先は驚きますね。気分はイチ担当編集なんですけれど」(廣瀬さん)

 

廣瀬さんは現在58歳。リタイア後の生活も少しずつ意識していると言う。今回、盛田さんの本に携わったことで、何か明確なビジョンは見えたのだろうか。

「『いくつになっても、これまでの経験を活かしていろいろなことが楽しめるよ』という盛田さんのメッセージは、書籍を作っているときから心に響いていました。まさにご本人は、70歳を過ぎてからテニスのファンドを立ち上げたわけですから。私も経営者として、常に進退を賭して戦っていますが、この先リタイアの時を迎えても、これまで以上に楽しい未来を切り開いていけるのではないかと勇気づけられました。

 

具体的には、今回編集者として久々に本を作ってみて、人脈を駆使した編集プロデューサーもいいかな、なんて思ってます。先日ワンパブから『生成AI導入の教科書』という本が出たのですが、その著者であるおざけん(小澤健祐)さんが、今や生成AIという優秀なアシスタントがいるんだから、物理的な作業はAIに任せて、自分はネットワークを広げたりまだ世に出ていない企画を考えたりする立場になろう、って言ってるんですね。私も生成AIを有効活用しながら、自分にしかできない本の編集、あるいはコンテンツの制作に挑戦していこうと思っています」(廣瀬さん)

 

編集者・廣瀬社長が手がける第2弾も期待できそうだ。

 

『人の力を活かすリーダーシップ』の詳細はこちら

https://onl.bz/ZgQ9MbX

 

撮影/鈴木謙介