こんにちは、書評家の卯月鮎です。文章を書く仕事をしていると、どう表現するか細かいことにも悩みます。「ようやく春が来た」と「春がようやく来た」では、同じようでいて感じ方はかなり異なるでしょう。単語にしたって、ラーメンを「拉麺」と書くか、「らぁめん」にするか、はたまた「中華麺」にするか、意表を突いて「ヌードル」か……。一語一語、こだわりだしたらきりがありません。
世は言語学ブーム。私が思うに、文字数制限がある旧Twitterのように、比較的短い言葉で真意を伝える必要があるSNSの影響で言葉について考える人が増えたのかな? と思うのですが、いかがでしょうか。
ラップを愛する言語学者による対談集
さて、今回紹介する新書は『日本語の秘密』(川原繁人・著/講談社現代新書)。著者の川原繁人さんは言語学者で慶應義塾大学言語文化研究所教授。主な研究分野は、人間が音をどのように操っているか。著書に『フリースタイル言語学』(大和書房)、『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む~プリチュワからカピチュウ、おっけーぐるぐるまで~』(朝日出版社)、『言語学的ラップの世界』(東京書籍)などがあります。
「唐揚げ」が「サラダ」になった理由とは?
本書は、4人の「ことば」のプロたちと川原さんの対談をまとめたもの。最初の章「言語学から見える短歌の景色」には、歌人・俵万智さんが登場します。
俵さんといえば「サラダ記念日」。「この味がいいね」とかつての恋人に言ってもらったのは、実はカレー風味の唐揚げだったと明かされます。しかし、唐揚げではなんだか重くて、嬉しさや前向きさがモチーフになっている歌に馴染まない。そこで、爽やかで軽い語感のサラダにしたそうです。季節も「七月」のほうがいいと考えた俵さん。
それを受けて、「『サラダ』の[s]との頭韻を意識して『七月』を選んだ、ということですね」と川原さん。
サラダはもともと明治時代には「サラド」と発音されていて、それが「サラ」の母音に引きずられて最後の文字が「ダ」に変わったのだろうという「母音調和」説にも、なるほどと思いました。
「サラダ」という言葉は、爽やかで調和している料理(サラダ)の本質を体現していて、そこに歌人である俵万智さんの感性が反応した、ということなのかもしれません。
第2章では、ラッパーのMummy-Dさんとともに、日本語がラップに向いていないと言われてきた理由を掘り下げ、その対策のためにラッパーたちが編み出した工夫が解説されます。
第3章では、声優の山寺宏一さんの声を音声学的に「解剖」してその秘密に迫り、第4章では言語学者で小説家の川添愛さんと言語学の楽しさと難しさ、言葉とAIの関係性などについて語り合います。
特に山寺さんの章では、発声時にどのように筋肉や器官を使って多彩なキャラを演じ分けているかがデータから分かります。『らんま1/2』の響良牙の声を出すときに喉頭が高めの理由は……。『アンパンマン』のジャムおじさんの声が少し鼻声になっているのは……。声優ファンには読み応えある内容です。
言語学の究極の目的は「ヒトを知ること」であり、それは「自分を知ること」と川原さん。どの言葉を使い、どういった表現をするか。それは時として内容以上に重要な本質を伝えているのです。
【書籍紹介】
日本語の秘密
著者:川原繁人
発行:講談社
気鋭の言語学者が「ことばの達人」に出会ったら――。思わず誰かに話したくなる、日本語の魅力とことばの楽しみ方が満載の対談集!
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。