プロレスをネタに言語学について語る。そんな途方もない異種格闘技戦を展開して読者(プロレスファン)を唸らせた『言語学バーリ・トゥード Round1 』。その第2弾『言語学バーリ・トゥード Round2』(川添愛・著/東京大学出版局・刊)が満を持して発売された。
本書は、東京大学出版局が発行しているPR誌「UP」の連載と書き下ろしをまとめたもの。前作同様にプロレスネタやお笑いのネタはもちろん、ゲームのネタや自作のコント、短編小説など前作以上にバリエーション豊かに言語学との異種格闘技戦を行っている。
倒置法とプロレスの相性の良さ
プロレス好きなら、永田裕二の「いいんだね、やっちゃって」から始まり、飛龍革命のときのアントニオ猪木と藤波辰巳(現・辰爾)の会話を例に、倒置法について語られる5章「最高にイカすぜ、 倒置法は!」は必読だ(飛龍革命については各自調べること)。
また、アントニオ猪木がモハメド・アリとの対戦で生み出した「アリキック」という名称の不思議さを指摘しつつ、猪木の偉大さを書き綴った8章「二〇二三年も“いけばわかるさ”」もオススメ。
ちなみに、「二〇二三年も“いけばわかるさ”」は、河合塾の全国模試に出題され、設問は「なぜ、筆者は『猪木のものまね』をするのか。猪木に対する筆者の考えを踏まえて、八十字以内(句読点等を含む)で説明せよ」というものだったらしい。
「釣り見出し」の言語学
どの章もおもしろいのだが、興味深かったのが、7章「【コント】ミスリーディング・セミナー」だ。ネット記事をバズらせるために情報商材の勧誘を受ける生徒と講師のコントで、日本語の解釈に関する考察が語られる。
その中で「芸能人Aが所有するマンションに男が不法侵入して逮捕された」という記事に、講師が付けた見出しが下記の一文。じつは2通りの解釈があることにお気づきだろうか?
「芸能人Aが大家のマンションに不法侵入 器物破損の疑いで逮捕」
① 芸能人Aが、大家のマンションに不法侵入(した)
② 芸能人Aが大家(である)のマンションに、不法侵入(された)
ふたつの解釈が生まれる理由は、主語「芸能人A」に対する述語だ。①は「不法侵入」、②は「大家」が述語になる。どちらを述語にするかで、Aが犯人にも被害者にも読めてしまうのである。
①と解釈をする人が多数であること理解しつつ、②の解釈だから日本語としては間違っていないというロジックなのである。
さらに、②の場合は「誰が不法侵入したか」が書かれていないが、これも、日本語には「ゼロ代名詞」があるから問題ないと講師は語る(ゼロ代名詞については、本書を読んで頂きたい)。
フィクションとして書かれているが、いわゆる「釣り見出し」に対する違和感の理由がよくわかる内容だ。こういったミスリードは実際に行われているだろうし、テクニックとしても流布しているように思うと、日本語の奥深さというか、文章を書く怖さというものを感じてしまうのは私だけだろうか……。
日本語を使うすべての人の指南書
そのほかにも、日本語は本当に「曖昧」なのか、重言(例:頭痛が痛い)についての考察など、言語にまつわる疑問について、おもしろおかしく、そしてわかりやすく語られている。本書は、日本語を使う我々が「いつなんどき、誰の挑戦でも受ける」ために必要な指南書なのである。
【書籍紹介】
言語学バーリトゥード Round2
著者:川添愛
発行:東京大学出版局
レイザーラモンRGの「あるあるネタ」はどうしておもしろいのか。「飾りじゃないのよ涙は」という倒置はなぜ印象的なのか。猪木の名言から「接頭辞BLUES」まで縦横無尽に飛び回りながら、日常にある言語学のトピックを拾い出す。抱腹絶倒の言語学的総合格闘技、Round 2スタート!