五反田スタートアップ第8回「オクト」
子どものころ、授業で必要なものを忘れてしまったという経験はないだろうか。原因は自分の管理ミスということももちろんあるが、連絡事項の伝達ミスという場合もあるだろう。ともかく、必要なものが手元にないと授業の時間をまるまる無駄にしてしまうし、グループ実習の場合では、同じ班の人たちに迷惑をかけかねない。
こうした情報の共有ができていないことによる失敗は大人になってからも生じ得る。そして大人になってからのそれは、関係者全員の時間だけでなく、しばしばお金も無駄にしてしまうものだ。
その「無駄」を徹底的に、しかも可能な限り手軽になくす建設業界向けツールが「ANDPAD」だ。ミスや無駄をなく仕組みとは何なのか、なぜ建設業界なのか。今回はANDPADを提供するオクトの代表・稲田武夫氏に話をうかがった。
小さなミスでも影響は甚大
――:事業を一言であらわすと、どういったものになるでしょうか?
稲田武夫氏(以下 稲田):“コンストラクションテック”、“建設現場向けに開発したITツール”の提供です。
――:建設現場のIT活用、というと重機の技術や設計段階のことかな、と考えがちなのですが、そういうものではないんですね。
稲田:そうですね。施工管理をITで効率良くやりましょう、というものです。その必要性について話すには、まず建設業界の仕事の複雑さを知っていただかなければと思います。
建設業界の仕事では、発注者/受注者、つまり元請けの建設会社、建設会社内の施工管理者、その人のもとでパートナーとなる職人さん、という構図があります。そして施工管理者は人材の確保、日程の把握、機材や資材の管理、進行管理も行います。
――:職人さんはあちこちから来ているんですよね? 大勢が働く現場だったら、かなり複雑そうです。
稲田:ええ。小さなミスが起こるだけで、発注者、元請けともに大きな影響が出てしまいます。例えば水回りのリフォームで、資材の発注ミスが起こった場合、施工の工期が伸びるわけですから、当然、お風呂に入りたい、お施主さん(お客様)からはクレームが入ります。そこで、請負額の値下げや、職人さんへの原価の増加が発生します。
皆さんご承知の通り、建設業界の利益は高いとは言えません。リフォームなどでは、粗利で3割程度取れればよいほうです。ちょっとしたミスが、利益を大きく損なう結果につながります。
――:いろいろと外からは見えない苦労もあるんですね。
稲田:施工管理者が多数の現場を同時に管理する困難さによって生じるコミュニケーション不足と、その影響による離職率の高さという課題もあります。
管理者と現場の間で密なコミュニケーションが取れ、指示や報告などを手間いらずで実現するツール、それが弊社の「ANDPAD」なんです。
――:工事現場や建設現場などでどこまで進行したか、写真を撮っている姿をときどき見かけます。書類にまとめてFAXなどで報告していたのが、そういう手間が省ける、ということでしょうか?
稲田:現場にとってはそうですね。SNSのような気軽さで写真に一言添えて報告できます。管理者にとっては出向かなくてもどの現場がどこまで進んだか、トラブルはないか、などを手元のスマートホンアプリで確認できます。工事の依頼主も随時見ることができるので、ここでも施工管理者の手間を軽減できます。
――:自分に関係している情報が、どの立場の人でも見ることができるというのは、不安もなくせそうですね。現在、どのような企業が導入されているのでしょうか?
稲田:大手のリフォーム会社様や、新築工務店様など、元請けだけで350社以上ご利用いただいております。協業されているパートナーも導入してくださっており、スマホアプリ施工管理ツールとしてシェアNo.1となっています。
――:そんなに普及しているんですか! 導入にあたって「ITツールなんか、使ってられないよ」という声はありませんでしたか?
稲田:当然あります。特に、現場に出ている職人さんからはそういう声がありました。職人さん向けの説明会では「本当に簡単なのか」「いいこと言って、実用的じゃないんじゃないか」など次々と質問攻めにあいました。
でも、丁寧に使い方をご説明すれば、「これは書類作業が楽になるかも」と直感し、反対していた人ほど、いいご意見をいただくようになっています。現場の声を聞いててさらに改良できるよう、うちの営業スタッフは日々全国の現場を飛び回っています。
――:建設の現場を知っていないと声を汲み上げるのも難しそうですね。
稲田:そうですね。ですので、営業スタッフは建設業界出身者など実務に通じた人を採用しています。
――:現場のことをよく知っているからこそ完成したツール、というわけですね。それにしても、このようなツールを開発しようと考えられた、その経緯はどのようなものだったのでしょうか?
稲田:創業は今から3年ほど前に遡りますが、最初は業界のこともわからず勉強ばかりでした。しかしながらホームページ制作などの仕事を通じて、建設業界が抱えている課題について考える機会が増え、「この課題を解決したい」と考えるようになったんです。もちろん、ぼく自身、未経験の業界だったので、周りの人にかなり助けてもらいました。構想段階から開発まで、そうした助けがあって「ANDPAD」が完成したのが1年ほど前というわけです。
――:マネタイズについて教えていただけますか?
稲田:導入初期費用は10万円で、1アカウントごとに月額1万8000円。売り切りのツールを提供している企業もありますが、「売っておしまい」というより常にお客様の声を聞いてそれを反映しながら改良できるツールにしていきたい、インフラとして広く継続的に使っていただきたい、そういう思いから月額制を導入しています。
スタートアップ企業が集まる五反田のメリットとは?
――:ところで、五反田にオフィスを構えられたのはどういった理由からでしょうか。
稲田:やはり、賃料が安い、というのが大きいですね。また、ベンチャー企業が集まってきているというのも良かった。
――:と言いますと?
稲田:ベンチャー企業が集まっているということはエンジニアが集まっているということ。実際に五反田でのエンジニアの勉強会なども増えているように思います。つまり、採用観点でのメリットも感じています。
――:賃料が安いだけじゃなく、採用の観点でもメリットがあるんですね! ほかに五反田を拠点にしたことで良かったと感じられることはありますか?
稲田:ぼくも社員も営業のため全国を飛び回るので、交通の要所である品川に近いのがありがたいと感じましたね。あ、羽田も近いですね。もっと日常的なことでいえば、食べ物屋が多い、というのもありがたいです。
――:食べ物屋の話が出ましたが、よく利用されるお店はありますか?
稲田:オフィスの裏にある中華料理店「川菜苑」にはよく行きます。それからメンチカツ定食やメンチカレーなど、メンチカツのおいしい定食屋「スワチカ」。焼き肉なら「炭火焼きホルモン ぐう」、寿司なら五反田駅のガード下にある「立喰ずし 都々井」に行っていますね。あちこち飛び回っていることもあり、居酒屋はあまり開拓していません。
――:ありがとうございます。最後に、今後のビジョンについて教えていただけますか。
稲田:建設業界の課題として、業界の未来を担う若者がどんどん仕事を辞めていっている現状があります。具体的には現場の職人さんのうち33歳以下が11%しかおらず、55歳以上が3分の1を締めている状態なんです。でも、ANDPADなどのITツールがインフラになれば現場の生産性問題の一助となるのでは、と考えているんです。労働環境が良くなりますし、こういうツールを使って仕事できたら「ちょっとかっこいい」と思ってもらえるかもしれない。そんな取り組みを通じて、現場産業を明るくしていきたい。そういう未来を思い描いています。
――:今日は、わたしたちにとってなくてはならない建設を取り巻く環境についてもお話しくださり、ありがとうございました。