ビジネス
2022/7/26 6:30

都心に働く場所はいらないのか?有楽町「SAAI」紆余曲折の2年と成果

「有楽町『SAAI』(サイ) Wonder Working Community」(以下、SAAI)は、2020年に三菱地所が有楽町で開業した会員制インキュベーションオフィス。スタートアップ企業や起業を目指す多くの人々が集っています。見た目はスタイリッシュなコワーキングスペースのように見えますが、実は大きな構想のもとに運営されている、独自性の高い空間が特徴です。

 

本稿では、オープンから約2年半、単なるコワーキングスペースに留まらないSAAIの成功の秘密を取材。三菱地所の担当者にお話を伺いました。

↑三菱地所 プロジェクト開発部有楽町街づくり推進室のマネージャー・牧亮平さん。後ろにあるのはSAAIの名物、バー「変態」。ドイツ語の「メタモルフォーゼ」から名付けられ、企業勤め、経営者、フリーランスなど多彩なバックグラウンドを持った「チーママ/チーパパ」がスタッフとして会員同士の交流を手伝っています

 

【関連記事】

芸術家が「有楽町の超ど真ん中」で工房を構えて活動する理由・できる理由

 

――「SAAI」がオープンして2年半が経とうとしています。振り返ってみていかがですか?

 この2年半はコロナ禍もあって紆余曲折がありました。ただ、おおよそ30社から40社の会員企業さんにスケールアップしていただけたと思います。大規模な資金調達に成功された会社もありますし、チームが2人だったのが5人になったり、売上が倍になったりという事例もあって、全体として日に日に盛り上がってきています。

 

――具体的にはどのような成功事例がありますか?

 2社、特徴的なところがありまして、1社はウェブ制作をやられている「Biz Freak」さん。ここは我々がまさに当初ターゲットにしていた、大企業から起業された方々で、おひとりは元サントリー、おひとりは元NTTドコモに勤めていました。2名だったのが1年半ほどで5名になりまして、今、非常に勢いがあります。

 

もう1社は「datagusto」さんという、データを組み合わせてAIで最適解を作っていく会社です。3名のときにSAAIに入っていただいて、今は6名になっています。

 

datagustoさんもBiz FreakさんもSAAIが独自に行っている、「01Start」というスタートアップを主に対象にしたビジネスプランコンテストの入選からお付き合いが続いています。そのほか航空機の運航システムを最適化する「NABLA Mobility」さんや、元東京消防庁の方が起業した防災関係の「FireTech」さんなど、非常に面白い多種多様な方々に集まっていただいています。

↑SAAIの様子。仕切りなどが少ないオープンなスペースが特徴。場所はJR有楽町駅徒歩1分にある新有楽町ビルの10階と極めてアクセスが良い

 

――SAAIから従業員を多数抱える会社が生まれる日も近いですね。

 実は10名ほどの規模になるとSAAIでは支えきれないので、卒業してもらう形になるんです。すでにSAAIから卒業して、その後、6億円の大型資金調達をした会社さんも出ています。

 

SAAIは有楽町の再構築という街づくりをひとつの目的としていますので、単にお金を儲けるための施設ではないのが特徴。これからのスターを生んでいくプロジェクトの拠点という位置づけです。そのため、単に場所貸しになってしまうお問合せは心苦しいのですが、お断りしています。

 

――有楽町の街づくりの一環としてSAAIを作られたとのことですが、どのような形で街に貢献しているのでしょうか?

 有楽町再構築プロジェクト「Micro STARs Dev.」は、“街の輝きは人がつくる”をスローガンに掲げています。有楽町エリアから新しいスターを生んでいく仕組みを作っていこうというわけです。ただ、スターを生むといってもはっきりとした答えがないので、3つのステップを考えました。

↑2019年12月に、有楽町エリア再構築に向けた先導プロジェクトとしてスタートした「Micro STARs Dev.(マイクロ スターズ ディベロップメント)」

 

まず、ひとつめにアイデアが生まれないとダメだよね、次に、アイデアが生まれたあとにテストマーケティングによって、それが磨かれる場所も必要。最後に磨かれたアイデアが街で評価されてスターになっていく。この3つのステップに沿って実際の施設を企画しています。

 

アイデアが生まれる場所として「SAAI Wonder Working Community」という施設があり、アイデアが磨かれる場所として隣の商業施設「micro FOOD & IDEA MARKET」がある。もちろん我々だけでは実現できないので、外部の第一線で活躍されている方々に「プロデューサー」として協力していただいて、街づくりに取り組んでいます。

↑単にハードとしてのオフィスや商業施設を作るのではなく、人やアイデアが有機的に盛り上がる仕組みを構築することで、新しい時代の街づくりを目指す

 

――従来のレンタルオフィスとは違い、SAAIは新しいアイデアが生まれやすいように企画設計されているのですね。

 SAAIは場所貸しではなくコミュニティが一番の売りということを、企画開発の段階から織り込んで、一貫してやっているのが強みです。コミュニティの良さは端的にいうと多種多様性。SAAI内にあるバー「変態」には、面白くて尖った人たちがいて、さらに変態が引き寄せられていく。そうした方々が集まることが、この場の熱量と結果につながっていると思います。

 

実際に話を聞くと、いろいろな施設を回ってきて、最終的にSAAIに落ち着かれる方も多いようです。面白い会員さんが多く、会員同士の交流も盛んだからでしょうね。

 

ビジネス目線で考えると、こうした施設は個室を作ったほうが経営的には安定するんですけど、それをやってしまうと本来の目的であるコミュニティづくりにはならない。なので、仕切りのない広いオープンスペースで、人の動きを感じながら活動できるようにしています。

 

有楽町を含む丸の内を多種多様な100万人が集う街へ

――2年半前に開業ですと、時期的にはコロナ禍で舵取りは難しかったのではないでしょうか?

 一番辛かったのは開業当初ですね。2020年2月14日にオープンしてすぐに新型ウイルス感染拡大がやってきまして、4月・5月は完全閉鎖でした。先の見通しも立たず、当初予定していたイベントをすべて中止して、ひっそり始まりました。

 

そうしたなかでも施設自体は一定の評価を頂いて、感染が少し落ち着くと入会がばっと増えて、感染者が増えるとピタッと止まる、といった状況を繰り返していました。去年の夏頃から、1年半経って軌道に乗ってきました。

 

――コロナ禍において、都心で働くことの価値も変化したように思います。オンラインで済むじゃないかという声は、SAAIには逆風のようにも思われますが……。

 

 それでいうとSAAIはもともと場所貸しではないので、正直そこまでの影響はなくて、波はありながらも利用者は増えていきました。ただ、コロナ前と現在では利用者の属性が変化しています。

 

コロナ前は大企業の方に日中使っていただいたりもしたのですが、現在は6割近くの方がスタートアップや経営者、クリエイターといった働き方を個人の裁量で決められる方々になっています。自宅だと閉塞感があって捗らないので、SAAIに来るようになったということでしょうね。

 

――SAAIをはじめとする、有楽町を再構築するプロジェクトによって、今後、有楽町はどう変わっていくとお考えですか?

 

 会社としても今回のコロナ禍を受けて、明確に方針をリリースさせていただきました。コロナ以前は、有楽町含む丸の内エリアは平日9時から5時だけで28万人の方が働くエリアだったんですね。それを今、三菱地所グループとして「就業者28万人×8時間から、多様な就業者100万人×最適な時間、交流するまち」に変えていこうとしています。

 

働きにくるだけではなく、たとえば買い物やエンターテイメントを楽しむ場所として、いろいろな属性の方に100万人いたら100万通りのパターンで最適な時間に集まり、交流して価値を生み出す舞台にしていきたい、と打ち出しています。

 

SAAIもそうした使い方を想定しています。通常1000平米のオフィスですと、ひとり10平米から12平米の固定席となり、1000平米で100人の固定したメンバーしかそこを使えないんです。でも、SAAIのような(コミュニティスペース)施設があれば、今だと350名が所属していますし、会員も伸び続けています。

 

また、会員の方々が来客を呼んだり、今回開催した「01Community Conference」(※)といったイベントもあったりと、いままで有楽町に接点がなかった方々も活動のフィールドにしていただける。

(※)「01Community Conference」 6月20日~6月24日にSAAIで開催された、日本最大級の施設横断型・事業創造コミュニティカンファレンス
↑SAAIではリアルイベントや配信イベントも活発に行われており、イベント時には施設内を柔軟にレイアウト変更できるようになっている

 

我々も、もっといろいろなことを仕掛けていきたいと思っていますし、我々だけでは限界があるので、やりたい方が気軽に街と接点を持てるようなプラットフォームづくりを行っていきたいと考えています。

 

【取材後記】場所貸しではない強み

SAAIには「あそこに行けば何か面白いことがありそう」という期待が強く感じられる場所だ。本稿では深く触れられなかったが、本施設内には起業家支援、企業向け新規事業開発支援事業を行う「ゼロワンブースター」の本社があり、オープンに相談できる環境が整っている。

 

さらに、この4月からは都市部のビジネスパーソンに仕事以外のもう一つのライフワークを提供する「有楽町 Wonder Working Studio」といった取り組みもスタート。自分の知見を提供しながら新しい刺激を受けられるプログラムが揃えられている。

 

牧さんのインタビューでコロナ前は大企業の利用者が多かったが、現在は経営者やスタートアップ、クリエイターなどの利用者が増えたとあった。しかし、「あそこに行けば何か面白いことがありそう」という期待感によって、今後はそれらが入り混じってハイブリッドな空間になることが予想される。SAAIの次の変態、メタモルフォーゼに注目だ。

 

まとめ/卯月 鮎 撮影/中田 悟