【エモいマンガ大賞 2019/本音を言えないあなたへ編】
「キャッチャー・イン・ザ・ライム」(背川 昇・著/般若、R-指定・監/小学館・刊/既刊2巻まで)
若き才能がありったけの試行錯誤を詰め込んだ、「女子高生×ラップ」をテーマにした偉大な1stコミックス!
ラップマンガが台頭した2018年に、燦然と輝く女子高生ラップストーリー! 「夜と海」と同じく百合ジャンルとして括られることも多かった本作ですが、まず青春群像劇としてドがつく王道として覚えてもらえると嬉しいです。「女子高生×部活」というここ10年以上にも渡るマンガの定番公式ではありますが、本作が他のラップマンガと最も差別化している点も、その公式に由来があります。
ラップバトルが題材なので「本音を晒す」ということが重要なテーマになるのですが、それは他作品も大体同様。本作は「晒した本音を仲間と分かち合う」、つまり学生生活と青春そのものの本質がテーマであったと思うんです。
そこがまさにエモいポイントなんですが、個人的にはラップマンガに限らず、ティーンエイジャーが主人公であるマンガにありがちな「なんでもない自分が異世界な場所で変わる」みたいな設定、展開に飽きていたというのもあります。本作は、徹底して戦うべき現実、過ごす日常で自分が何に影響を受けてどう変わるか。そして、そんな自分が人に何を影響させられるか…に向き合ったという点で、もう100点!
あとは音楽でもそうですが、私は「処女作には魔法がかかっている」論者ですので、20代前半だという背川 昇先生の初商業連載作、圧倒的1stアルバムの荒削りな輝きをぜひ推したい! たった2巻で終わってしまう本作ですが、1話ごとにコマ割、演出において筆者が試行錯誤した跡が垣間見得ます。
序盤は日常マンガっぽい4コマかと思ったら、見せ場では開放的な見開きカットが入ったり、キャラの心情にあわせてコマ割りを自由に使い分け、時には鬱屈としたテンポを出すために4コマを交える。ハッキリ言えば、そこに読みにくさを感じてしまう人もいるとは思うのですが、きちんと読み込んだ先には作者の伝えたい想いがダイレクトに伝わる血の通った構成だと、私は断言します。聴き触りの良い2枚目、3枚目のアルバムも良いんだけど、「自分にとっての一枚」を選ぶなら1枚目!って人も少なくないんじゃないでしょうか? 本作は背川先生にとってのまさにそんな初期衝動が詰まった1st。
社会風刺にも関連するラップが題材のためか、「貧困」や「トランスジェンダー」といった社会的なテーマにも踏み込んでいます。特にトランスジェンダーに関わる「ウツギ」という女の子が抱えた闇、涙するワケ、そして救われる過程をぜひ読んでほしいです。
大人でも「会社で決まっていることだから」とか「そういう決まりだから」といった言葉に溢れた社会に生きています。いろいろな生き方、戦い方があると思うのですが、ウツギの生き方と自由の求め方はきっとそんな大人にも響くはずです。
あまりラップのことは語れなかったのですが、最後にラップマンガとしてのクオリティよりも方向性を推しておきます。正直に言えば、本作よりもラップの面白さや熱情を伝えているマンガは存在すると思います。しかし、「ラップを始めれば何かが変わる」と思わせる力が本作にはあります。もしかしたら自分を変えるためなら、ラップでなくても良いのかもしれないけれど、本音の自分で誰かと関わっていくならやっぱり本作のテーマは「ラップ」でしかあり得ない。やっぱり、必然と衝動のストーリーなんです。
【おすすめしたい人】
ストレートな友情物語が好きな人/ゆるっとした日常系コメディが好きな人/作者の熱意を感じられる作品が好きな人/本音がなかなか言えない人