「私は純米酒しか飲まない」という方。…もったいないと思います。なぜ、美酒と出合う機会を自ら限定してしまうのでしょう。一番安い普通酒でも、本醸造でも(もちろん吟醸でも大吟醸でも)美味しいものがたくさんあるのに……。ちなみに、これら「純米」とついていない種類のお酒は、醸造アルコール(サトウキビなどを原料にした蒸留酒)を添加したお酒です。サラリとした酒質になるメリットがあって、それはそれで素晴らしい個性だと思うのです。
クリアな飲み口のなか、新潟酒らしい滑らかな旨みが顔を出す
今回紹介する菊水「無冠帝 吟醸 生詰」(新潟県)もそんな個性が出たお酒。酒銘は地位や名誉にこだわらず、高い志を持つ「無冠の帝王」になぞらえての命名だそう。1983 年に誕生したお酒を今年の3月20日にリニューアルしたとのことで、蔵元さんがモニター用として送ってくださいました。そして、41才独身の筆者もまた、地位・名誉とは無縁の“完全な無冠”であり、夜はわびしい部屋の帝王であることに違いなし。己の孤独を重ねつつ、いち日本酒ファンとして、本品を興味深く楽しませて頂きました。
ただの「水」にならないよう、「生詰」で絶妙なチューニングを施した
この「無冠帝」、個人的に気に入ったのは、おしゃれな外見とは裏腹に、昔ながらの辛口の良さを持っている点。口に入れた瞬間は水のようなクリアなのですが、一瞬ののち、ふわっと「サケ」らしい滑らかな旨みが立つのです。その感触を確かめたくて、ついつい杯を重ねてしまう……第一印象はそんなイメージでした。
ちなみに、酒銘のあとに表記されている「生詰(なまづめ)」というのは、少しでも生の風味を残す目的で、通常、2回の火入れ(加熱処理)を行うところを1回に減らしたお酒のこと。1回目の貯蔵前の火入れは行い、2回目の瓶詰め前の火入れは行いません。こちらは、瓶詰め前に1回だけ火入れを行う「生貯蔵酒(なまちょぞうしゅ)」に比べて、落ち着いた印象になるとのこと。なるほど、「無冠帝」も同様、落ち着いた酒質のなかに一瞬米の旨みが見えるのは、この「生詰」の成果でもあるのでしょう。ギリギリまで旨みと香りを抑えつつ、没個性の「水」にならないよう、絶妙なチューニングが施されていると感じました。価格は300mℓ600円ちょっと、720mℓで1500円弱…価格だけを見ると毎日飲むには厳しいか……。ただ、精米歩合55%、手間ひまのかかる吟醸造りということを考えれば、コスパは悪くありません。
ビール代わりの一杯めとして使える軽快な味わい
では、本品を料理と合わせてみたらどうでしょうか? いつもの「必殺・一人鶏つくねもやし鍋」で相性を試してみました。普段は「一杯目はビール(正確には発泡酒)」と決まっており、ちょっと試したらすぐ発泡酒に戻ろう…と考えて、今回は「無冠帝」でスタート。こちらのアルコール度数は15度と通常の日本酒と同様ですが、1杯めに飲んでも重く感じることなく、意外にも進みます。淡い米の甘みがつくねともやしの旨みを受け止めて、あと味をスっと流すイメージ。受け止めて、流す……受け止めて、流す……わかってるスナックのママとの会話のような、絶妙な距離感がちょうどいい……。気づけば「無冠帝」だけでつくね鍋を完食しそうになりました。1杯めはビールじゃなくてこっちでもいいかも。これくらい軽快だと、食前酒にもぴったりだと思いました。
また後日、ホワイトソースのグラタンと合わせてみたところ、意外にも相性が良かったです。この方向なら、シチューやビーフストロガノフなどにも合いそう。他方、エビチリと合わせてみたところ、その酸味や油っこさにはやや合わないか……。酒質が穏やかで自然なので、このトーンに合った手作り料理が合うのかな~と感じました。なお、刺身や寿司、サラダや軽い前菜などには当たり前のように合うでしょう。
これからの季節は常に冷蔵庫で冷えていてほしい
正直、筆者は鮮やかな味が好み。菊水でいえば、生原酒「ふなぐち」のような濃厚なものが好みです。本来は淡麗なお酒は好みではないのですが、この「無冠帝」は悪くないと思いました。日本酒ならではの良さもうまく出しつつ、あざとさや妙なひっかかりは一切ないので、安心して身をゆだねられます。その証拠に、酒の減り方の早いこと早いこと…内緒で小人が飲んでいるのかと思ったほど。ほどよく冷やすと透明感が際立ちますし、淡いブルーのボトルが涼やかなので、暑くなったらよりおいしく感じるのも間違いなし。こんなお酒が冷蔵庫で待っていてくれたなら、わびしい部屋で過ごす夜もちょっぴり楽しくなりそう……本品は、そんな想像をさせてくれる1本でした。