中ズ/アフターコロナが叫ばれるなか、いっそう目が離せないレストラン業界。様々なメディアで外食企業の取り組みが紹介されていますが、個人的に注目しているのがクリスプという会社です。こちら、「クリスプ・サラダワークス」の運営元といえば、都心で働いている人はご存知かもしれません。
同店は数年前にトレンドとして話題になったカスタムサラダ(チョップドサラダ)レストランの先駆けであり、以降も革新的な商品やサービスで時代の最先端を走っています。最近の例では、緊急事態宣言期間中に行った取り組みが多くの人から共感を集めるなど、筆者はクリスプのビジョンに、未来の外食企業のヒントがある気がしてなりません。そこで代表にインタビューし、これまでとこれからをうかがいました。
サラダを主食で気軽に味わえる世界をつくりたかった
宮野さんは高校中退後に単身渡米し、現地で天津甘栗を大ヒットさせるなど活躍したのち日本に帰国。タリーズコーヒーを経て国内初のブリトーレストラン「フリホーレス」を創業し、ファストカジュアル(いわゆるファストフードの高級版。日本では「シェイクシャック」が有名)の先駆者としても注目されます。そして心機一転、2014年にクリスプを創業。「クリスプ・サラダワークス」とともにいまに至ります。でもなぜ、サラダだったのでしょうか。
「アメリカで天津甘栗を売っていたとき、『懐かしい!』と喜んでいただける日本人の方がすごく多くてビックリしたんです。同時に『場所が変わるだけで、同じ天津甘栗でもこんなに感動を生み出せるんだ』と思いました。この驚きが原点です。ブリトーも同じ発想で、日本で展開しました。当時は『タコベル』(タコスやブリトーが名物のファストフード。日本に1980年代に出店したが撤退し、2015年に再上陸)もなかったですし」(宮野さん)
ブリトー同様、アメリカではポピュラーだったカスタムサラダのレストランが日本になかったこと。そして自分自身が「日本でもあのサラダ食べたいな」と思ったことがきっかけだと宮野さん。さらに、ほかにも理由があると言います。
「日本のサラダの立ち位置って、多くはサイドメニュー感覚ですよね。それに、『栄養バランスが偏らないように仕方なく食べる』みたいなネガティブなイメージもあると思うんです。一方で、こだわり尽くしたおいしいサラダが食べられるお店はすでにありましたが、そこは高級なステーキレストランだったり、お洒落なカフェのサラダランチだったり。でも、ご馳走レベルのおいしいサラダだけを、Tシャツとサンダル姿で食べられる、というお店はなかったんです。そこで、主食として絶品サラダを気軽に味わえるレストランをつくろうと思いました」(宮野さん)
栄養価は高いながら、あえてヘルシーさをウリにしていないのも「クリスプ・サラダワークス」の特徴。これも宮野さんの哲学のひとつです。
「たとえば『今日はいつもよりおいしいものを食べよう』となったときに、焼肉、ラーメン、カツカレーなどいくつか選択肢があるなかのひとつにサラダがあってもいいと思うんです。そこで選ばれる理由はヘルシーだからではなく、おいしいから、食べたいからという想いで。そうやって味わい的にも満足したうえで、結果的にヘルシーという価値観をサラダで実現したいと思ったんです」(宮野さん)
熱狂的なファンをつくるために
冒頭で述べた、最近多くの人から共感を集めた取り組みが「クリスプ・コネクト」。これは新型コロナウイルスと闘う医療従事者・病院勤務者にサラダを贈って支援するもので、3月25日の開始から約3カ月で2000名以上から2000万円以上の支援、そして400名近くのボランティアによって、37の医療機関に2万5889食ものサラダ(と一部ピザ)が提供されました。聞けば、最初はここまで大きなプロジェクトにできるとは思っていなかったそうです。
「昔からアメリカでは自然に行われているんです。医療関係の方などに『貴方のぶんはお店からサービスしますよ』とか、『私に払わせてください』という“ペイフォワード”の精神が。また、当社の理念のひとつに『よき隣人になろう』という考えがあるんですね。そんなこともあって、最初は個人的な感覚で無償提供を始めたんです」(宮野さん)
「そのことを、社内とお客様をSlack(チーム向けコミュニケーションツール)でつなぐ『クリスプ・ネイバーズ』に投稿したところ、想像以上に反響がすごかったんです。拡散していただいたり、なかには『寄付したいです』『私に手伝えることはありませんか?』というメッセージも。そういった励みの声も後押しとなり、本格的にプロジェクトを立ち上げようと思いました」(宮野さん)
このSlackを活用したシステム、個人的にはかなり驚きです。というのも、一般的にSlackはビジネスなどでプロジェクトの当事者同士で使うもの。すべてのやりとりがオープンになるわけで、お客さんとのコミュニケーションツールに活用する事例は、筆者はほかに聞いたことがありません。
「3年ぐらい前から、ただお店に来ていただいて料理とサービスを提供するだけではなく、もっとできることがあると思っていました。そこで新たに“レストラン体験を再定義してあらゆる場所でリアルなつながりをつくる”という理念を掲げました。それを形にしたもののひとつが『クリスプ・ネイバーズ』です」(宮野さん)
「クリスプ・サラダワークス」は、モバイルオーダー、セルフレジ、キャッシュレスといった新しい取り組みを、外食業界のなかでもいち早く取り入れていたお店。ただしそれはあくまでも、お客さんとよりつながるための手段だと宮野さんは言います。
「目的は、店舗はもちろんリアルな空間以外の場所でもお客様と心を通わせることです。これからの飲食店に求められる価値って、ストーリーや心のつながりだと思うんですね。おもてなしや心地よい接客はいっそうお店の価値となっていくでしょう。であれば、機械に任せられるところは任せ、そのぶんサービスレベルの向上に力を注ぐべきです」(宮野さん)
たとえば事前オーダーと決済により、注文~調理~会計にかかる時間をなくせば接客に100%集中できます。そして、そのお客さんが前回いつ来店し、何を注文したかがわかれば「○○さんいつもありがとうございます! ドレッシングの量はふだん通りでよろしいですか?」といったコミュニケーションが、接客に慣れたベテランでない新人でも可能になるのです。
「料理のおいしさと同じぐらい接客は大切だと思っています。そしてお客様の満足度をより上げていくためにはテクノロジーが欠かせません。つまり料理もテクノロジーも本業。そのため、シェフ同様にエンジニアも自社で雇って常にアップデートし続けているんです。外注はしない、というかむしろ『カチリ』という会社で分社化して外販しているぐらいですから。とにかく、より便利にする一方でお客様に寄り添える存在になっていきたいです」(宮野さん)
Slackを活用した「クリスプ・ネイバーズ」は、店舗以外の場所で従業員がお客さんとつながる場所をつくりたい、お客さんと従業員の垣根をなくしていきたい、といった想いから生み出されたシステム。自社のサービスや企画に対してフラットな意見が出たり、アイデアが生まれたりと、よりよい関係ができているとか。
本稿では同社の理念をいくつか紹介してきましたが、「熱狂的なファンをつくる」というビジョンもそのひとつ。多くの支援が集まったのも、ファンだからこそ。そしてファンづくりに欠かせないものが、絆や心のつながりだと思います。昨今、飲食業界が厳しいと言われますが、それを聞いたときに多くの人は「行きつけの店は大丈夫かな?」と思ったのではないでしょうか。その想いの奥にはきっと心のつながりがあり、つまりファンなのだと思います。
今回、宮野さんへの取材を通してより強く実感したのは、これからの飲食店にはファンが大切、ということ。お店がFUN=楽しさを伝え、それを支えるFAN=愛好家を生む――この関係が、ますます求められていくでしょう。
【SHOP DATA】
クリスプ・サラダワークス
https://www.crisp.co.jp/location/
【フォトギャラリー(画像をタップすると閲覧できます)】