数ある日本酒のなかでも、ビジョン、コンセプト、立ち位置、販売網、製法、価格などすべてにおいてトガリまくっているブランドが、“旧”「SAKE100」(サケハンドレッド)です。“旧”というのは、今夏「SAKE HUNDRED」に生まれ変わったからです。
この刷新は表記だけではなく、全面的なリブランディング。ブランド自体は絶好調であるものの、さらなる高みを目指すための進化なのだとか。その真意は? そして日本酒の未来は? ラインナップに加わった新作の情報も踏まえ、「SAKE HUNDRED」を展開する株式会社Clearの代表取締役CEOの生駒龍史さんに、その想いを聞きました。
「比較対象のない絶対的な価値」=「ラグジュアリー」というステージを目指す
今回のリブランディングにより、ブランド表記のほかロゴマークやサイトが刷新され、商品に関しても、ラベルデザイン、ラインナップ、販売価格など多くが刷新されました。その理由や狙いはどこにあるのでしょうか?
「『SAKE HUNDRED』は当社の“日本酒の可能性に挑戦し、未知の市場を切り拓く”というミッションのもと2018年7月に立ち上げたのが始まりです。当初は、高品質で高付加価値な日本酒ブランドを作り、未知なる市場を切り拓くことで、業界課題である“日本酒が安すぎる”(労力が大きい割に利益が低く、生産者が報われない)という問題を解決したいと思っていました。いまもベースにある理念は変わっていません。ただ、開発や販売を重ねて多くの方と交流するなかで、私たちが目指すステージはもっと高いということに気付いたのです。そのステージが、ラグジュアリーという世界観です」(生駒さん)
ラグジュアリーとは、「ほかに比較対象がない絶対的な価値をもつプロダクト」だと生駒さんは言います。
「例えるなら、『プレミアム』は機能訴求で比較対象がほかにあります。一方の『ラグジュアリー』は機能的価値に加え情緒的価値の訴求であり、比較対象がありません。どちらもこだわった造りで、おいしいのも当たり前。でもラグジュアリーブランドはそこに、『人生の大切なひとときに飲んで気持ちが彩られた』『かけがえない人にプレゼントして自分も相手も心が満たされた』といった、情緒的な価値があるんです」(生駒さん)
ブランドの世界観を見直し、「本来あるべき価格」に改定
「お客様と触れるものは、すべて情緒的価値を提供するうえでラグジュアリーとして適切でなければなりません。そこで、ブランドの世界観を見直しました。例えば、ブランドステートメントは『100年誇れる1本を。』から『そのすべてが満ちていく。』へと再定義。100年誇れるという考え方はいまも大切にしていますが、これはものづくり視点での価値観です。お客様を見据えた言葉を据えるべきだと考え、『そのすべてが満ちていく。』としました」(生駒さん)
リブランディングのなかでもインパクトが大きいのが、価格の再定義。精米歩合18%と圧倒的に高精白な米で醸された「百光/BYAKKO」は、1万6800円から2万7500円へ。まるでデザートのように濃密な甘味が特徴の「天彩/AMAIRO」は、7300円から1万5400円へ。この理由も、ラグジュアリーブランドとしての価値を考えたうえでの改定だったとか(20年を超える熟成を経た「現外/GENGAI」は、リブランディング前に15万円から16万5000円へ)。
「商品価値は、金額に影響されるという側面があります。また『SAKE HUNDRED』のクオリティは世界の高級ワインにも負けない自信がありますが、いざ並んだときに金額が安いことで下に見られたら悔しいじゃないですか。そういった観点からも、本来あるべき価格に設定させていただきました」(生駒さん)
世界で勝つために樽貯蔵に挑戦
なお、「SAKE HUNDRED」は、今年から海外に進出します。その船出にもふさわしい一本として、新たに加わったのが「思凛/SHIRIN」です。志の高さから、新作の完成までかなりの時間を要するという同ブランドにあって、こちらもやっとリリースにこぎつけた力作とのこと。その特徴は?
「ひとつ挙げるなら樽貯蔵です。ワインやウイスキーなど、海外には熟成させるお酒が根付いていますから、樽で貯蔵した日本酒というコンセプトは文化的に理解されやすいと考えました。選択肢のひとつとしてポートフォリオにあったら面白いですし、ブランドとしても挑戦する価値があると考えています」(生駒さん)
手掛けたのは、「百光/BYAKKO」の作り手とも通じる、高精白の米を使うのが得意な技術のある蔵元(奥羽自慢)。蔵元を選ぶにあたっては、清酒をオーク樽で貯蔵するという難しく珍しい試みにも前向きに取り組む志の高さも決め手だったとか。
「でも、やっぱり難儀でしたね(笑)。清酒の造りはもちろん、樽の種類や貯蔵期間をどうするかなど、手探りのなかで超えるべきハードルが山積みで。何度も試行錯誤を重ね、ミズナラの樽で9日間寝かせるのがベストという答えにたどり着きました」(生駒さん)
華やかさを演出する香りを求め、ミズナラの樽に行きついた
ちなみに、今回、貯蔵用には鏡開きなどで知られる杉樽を使わず、ミズナラの樽を使用した理由は、ワインやウイスキーのような手法を想定していたため。味をイメージしたときに、樽に用いる木は杉ではなかったのだそう。
「杉にも良さはありますが、香りが強くて味への影響も強いんです。目指したのは酒質の良さを際立たせながら寄り添うアロマ。洋酒のように、内側を焦がした樽でありながら、華やかさを演出する繊細な香りがほしかったんです。面白かったのは、洋酒で一般的なフレンチオークではなじみが悪く、日本のミズナラがベストだったということ。ぜひ味わってみてください」(生駒さん)
では、実際に飲んでみましょう。まず酒質が圧倒的にきれい。華やかなで透明感のある米のうまみに、ミズナラ樽のビターなニュアンスや、バニラを思わせる甘味がほんのり感じられます。気高い彫刻のような美しいボディを感じる、きわめてエレガントな味わいでした。
「みずみずしい巨峰のような甘味と、スパイシーなニュアンスをはらんだコク。良い意味で樽に左右されない、凛とした骨格のなかにあるしっとりとした香り。浅すぎず深すぎない、絶妙なバランスに仕上げることが一番難しかったポイントですね。料理に合わせるなら、脂がのった牛肉の霜降りや赤身、マグロなどもマッチすると思います」(生駒さん)
ネットで置換できない「情緒的な価値」が受け入れられた
「SAKETIMES」の運営元であり、業界事情にも精通する生駒さん。これからの日本酒はどうなっていくのか、「SAKE HUNDRED」の展望とともに聞いてみました。
「日本酒の蔵元は約1400あるものの、ひと月に3社が廃業するダウントレンドです。そのなかで今年は五輪やそれに伴うインバウンドなどが追い風となるはずだったので、『盛り返すぞ!』という空気でしたが、(コロナ禍で)打ち砕かれてしまいました。10年連続で伸びていた輸出も同様です。ただ、『SAKE HUNDRED』はそれでも成長しています」(生駒さん)
その理由は、「多くのモノやサービスがオンラインに取って代わられるなかで、置換できないもののひとつが『情緒的な価値』だからではないか」と生駒さん。不安や断絶によって失われがちな心の彩りを豊かにする力が「SAKE HUNDRED」にあると、自身も改めて気付かされたと言います。
「お客様のアンケートを見ると、購入動機の1位は味わいへの期待なのですが、2位はコンセプトに対する共感だったんです。うれしかったとともに、実は驚きもありました。いわばブランドの哲学を共有することが、お客様の価値につながったのだ、と。そしてこれは、応援消費に近い感情なのではないかと思います」(生駒さん)
日本酒の未来を作るためにも、ズバ抜けて成功してみせる
日本酒離れというダウントレンドに加え、アルコール離れに人口減少と、日本酒の置かれる状況がよりシビアになっている現在。だからこそ、ますます道を切り拓いていかなければならないと考えたといいます。
「極端に言えば、『店に行けなくて飲む機会が減ったとしても、だからこそ選ぶならこれ!』というブランドにならなければいけないと思います。そうなるには、おいしさは当然のこと、付加価値の最大化が大切じゃないかなと。おこがましいかもしれませんが、業界に対する危機感も、生産者さんも含めて市場を盛り上げていく使命感もあります。自社の成長は大前提で、産業に影響を与えられるぐらいでないと日本酒の未来は作れません。ズバ抜けて成功する勢いで、これからもいっそう攻めていきますよ!」(生駒さん)
そんな「SAKE HUNDRED」にまた一人、キーパーソンが加わりました。それが、今年の2月からブランドアドバイザーに就任した齋藤峰明(さいとう・みねあき)さん。齋藤さんはエルメスジャポン社長を経て、外国人で初めてエルメスのフランス本社副社長を務めた、ラグジュアリーブランドの大家です。これから生駒さんとのタッグで、より面白い世界をみせてくれることでしょう。今後の「SAKE HUNDRED」、ますます目が離せませんね!
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