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お酒
2020/12/11 18:00

世界一のバーテンダーが「伝説を作るまで」と「最先端のバーの作り方」を語る噺

大人の社交場である「バー」に焦点を当てる連載。第3弾となる今回も、東京・渋谷にあるバー「The SG Club(エスジー クラブ)」の設立者であり、バーテンダーの世界大会で優勝経験を持つ後閑信吾(ごかん・しんご)さんに、世界一に至る道のりと世界のバーで印象に残ったことをうかがっていきます。

元バーテンダーであるGetNavi編集部の鈴木翔子がバーに詳しい人のもとを訪れて、バーの魅力やバーにまつわるエピソードを聞いていく本企画。第1回は、日本と海外のバーの違い、第2回はバーの楽しみ方を後閑さんに語って頂きましたが、最終回となる第3回は後閑さんご自身のことについて語っていただくのがメイン。なぜバーテンダーの道を志したのか、どうやって世界一になったのか、世界で印象に残ったできごとなどを、たっぷりと語ってもらいました!

※本稿は、もっとお酒が楽しくなる情報サイト「酒噺」(さかばなし)とのコラボ記事です

↑今回お話をうかがう後閑信吾さん。後閑さんは2001年より地元・川崎でバーテンダーとしてのキャリアをスタート。2006年に渡米し、ニューヨークの名門「Angel’s Share」でヘッドバーテンダー兼バーマネージャーとして10年間勤務し、同店在籍中の2012年には「バカルディ レガシー グローバル カクテル コンペティション」の世界大会で総合優勝を果たします。2017年にはバーテンダーの頂点と言われる「テイルズ オブ ザ カクテル」で「インターナショナル バーテンダー オブ ザ イヤー」を受賞し、名実ともに世界最高のバーテンダーとしての地位を確立しました

 

「なんとなく」でバーテンダーを始め、本格的なバーの世界にのめり込む

鈴木 今回はまず、後閑さんがバーテンダーになるきっかけから教えてください。

 

後閑 2001年、18歳のときにアルバイトで始めました。動機は「なんとなく」でしたが、何かを作って技術を得られる仕事がいいと思ったんです。パティシエや料理人も考えていたので、最初はケーキ屋さんに行ったんですよ。でも面接で落ちてしまって、次に受かったのがバーテンダーだったんです。当時は2年ぐらいやったら、また違う仕事をしてみようかなんて考えていました。

 

鈴木 最初に働いたバーはどんなお店だったんですか?

 

後閑 場所は地元の川崎で、居酒屋チェーンが運営するバー業態でした。店で働くのは楽しかったですね。そのうち本格的なバーに連れて行ってもらって、大人な世界観に魅了されていったんです。

 

鈴木 そうしてバーの世界にいっそうのめり込んでいったわけですね。

 

後閑 はい。そして、19歳のときに職場を変えたんですが、すぐにそのバーで店長を任せてもらえることになりました。これを機にバーテンダーの技術をしっかり教わろうと思い、働きながらバーテンダーのスク―ルにも通いました。アメリカに行ったのは2006年、22歳のときです。常連のお客さんから「ニューヨーク(以下NY)に行ったら成功すると思うよ」と背中を押していただいたのがきっかけでした。

 

NY屈指の有名店に入り、半年でマネージャーに

鈴木 そして、アメリカに渡った後閑さんは、NY屈指の有名店「Angel’s Share」で働くことになるわけですよね。そんな有名店にいったいどうやって入ったんですか?

 

後閑 NYに来て最初に働いていた日本食レストランに、「Angel’s Share」のマネージャーがよく来ていて、声をかけてもらったんです。実は、それ以前にも人に「Angel’s Share」を紹介されたんですが、そのときは雇ってもらえませんでした。当時はアメリカでのバー経験はもちろんないし、英語もしゃべれなかったので。

 

鈴木 最初は英語が話せなかったんですね。

後閑 行けば何とかなると思っていまして、まったく勉強しませんでした(笑)。

 

鈴木 まったく勉強しないというのも、すごい話です(笑)。「Angel’s Share」に入ってからはいかがでしたか?

 

後閑 店に入った当時、マネージャーが後任を探しているタイミングで、入って半年でマネージャーを引き継ぐことになったんです。

 

鈴木 すぐに実力が認められたんですね。それはそれで大変だったんじゃないですか?

 

後閑 そのときは、さすがに英語も少しは話せるようになっていましたけど、商談や取材対応などがままならず大変でした。英語の堪能な日本人スタッフに通訳してもらうこともありましたね。前任の売り上げを超える、結果を残す、といったプレッシャーもありました。僕自身がストイックだったからなんですけど、とにかく毎日がハードでした。NYのバーは体力勝負。ましてや「Angel’s Share」は忙しかったですから、一日中体を動かして300杯、400杯くらいのカクテルを作るんですよ。「バーテンダーは一生できる仕事ではないだろうな」と思うぐらい。

 

鈴木 体力が維持できないとやっていけない仕事だったんですね! まるでアスリートみたいです。バーテンダーとして一生やっていく決意も揺らぐほどだったと……?

 

後閑 いえ、当時はバーテンダーとしてやっていこうと決めていたわけではありません。もちろん、NYで結果を残すつもりではいましたし、いつか何かの道で独立したいとは思っていましたが、それがバーテンダーとは決め切れていませんでした。

 

世界大会での優勝で「バーテンダーとして生きていく」と決意を固めた

鈴木 その後、後閑さんは「Angel’s Share」に在籍中の2012年、「バカルディ レガシー グローバル カクテル コンペティション」に出場して総合優勝されました。後閑さんにとって、これはどんな意義がありましたか?

後閑 バーテンダーにおいて、賞を獲っていないといけないわけではありません。ただ、僕としてはこれで人生が変わりました。この優勝がなければ、いまの自分はありえないと思っています。

 

鈴木 バーテンダーとして生きていく決意につながったということですよね。

 

後閑 そうですね。僕の中で「バーテンダーとして生きていく」と決意が固まったのは、この大会からです。

 

鈴木 世界一になって、何が変わりましたか?

 

後閑 多方面から仕事のオファーをいただくなど、チャンスが広がりますよね。僕やお店のことを知っていただくきっかけにもなり、お客さんも増えて非常にありがたかったです。ただ、賞を獲ったといって安心していてはダメで、そこからが本当の勝負。賞に値するパフォーマンスを発揮し続けることが大事になってきます。僕個人としては、世界一のバーテンダーとして見られるわけですから。

 

鈴木 なるほど。受賞後もそれに恥じないための努力が必要ということですね。

 

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「バーテンダーの聖地」で、歴史上唯一のゲストバーテンダーになる

鈴木 その後、世界一のバーテンダーとして、後閑さんは様々な国でゲストバーテンディング(※)やセミナー講師をされたとうかがいました。特に海外で印象的だったエピソードはありますか?

※バーテンディング……バーテンダーを務めること。「ゲストバーテンディング」は、自分が所属していない店に招かれてバーテンダーを務めること

 

後閑 強く印象に残っているのは、やっぱりロンドンのサヴォイ・ホテルでのゲストバーテンディングですね。

 

鈴木 サヴォイ・ホテルのバーといえば、「バーテンダーの聖地」といわれるお店ですよね。130年以上の歴史のなかで唯一、ゲストバーテンダーとしてカウンターに入ったのが後閑さんだけだったという、あの伝説の……。

 

後閑 すごく感慨深いものがありました。当時は29歳で、実はこれが初めてのゲストバーテンディングだったんです。いま考えれば、もっと噛みしめてやればよかったなぁ……とも思います。

 

鈴木 この先、サヴォイ・ホテルにゲストとして入るバーテンダーはいないということなんですよね。

 

後閑 はい。歴史上で僕だけで、この先もゲストバーテンダーが入ることはありえないと聞いています。

 

鈴木 そのときに印象に残ったことはありますか?

 

後閑 バーテンディング前日の昼にカウンターで仕込みをしていたとき、バーテンダーが僕しかいないという時間があったんですね。そしたら、たまたまお客さんが入って来られて。自分の事情は説明したんですけど、「君もバーテンダーでしょ。何か飲ませてよ」とオーダーされて、作ったら「おいしいね!」とすごく喜んでくれたんです。そのあと彼が「ちょっと席を外すよ」と言ってしばらくしたら、サヴォイ・ホテルのギフトショップでロゴ入りの銀のシェイカーを買って戻ってきて、これを僕にプレゼントしてくれたんです。

 

鈴木 うわぁ、粋ですねー!

 

後閑 うれしかったし感動しました。そのシェイカーは、いまでも上海の店に飾っています。

 

【後閑信吾さんインタビュー記事のバックナンバーはこちら】

第1回 「世界一のバーテンダー」が語る「日本と海外のバーの違い」の噺

第2回 「世界一のバーテンダー」が語る! 初心者に伝えたい「バーのキホンと選び方」の噺

 

日本人の感性を活かし、バーの魅力をグローバルに伝えていきたい

鈴木 後閑さんのバーテンダー人生を振り返ってみて、日本というバックグラウンドが役立ったと感じたことはありますか?

 

後閑 それは常々感じています。まずは舌の感覚。よく、世界でも日本人の舌は優れているといわれますけど、これは確かでしょう。あとは日本独自の四季の感覚がありますね。色彩や温度感など、これも武器だと思います。

鈴木 繊細な味覚や四季の感覚は、日本人が世界に誇っていいものなんですね。

 

後閑 ただ、日本人の感覚や文化をそのまま海外に持っていっただけでは難しいでしょう。バーに関しては、その土地に合わせてアジャストすることも必要だと思います。

 

鈴木 この「The SG Club」も、和と洋の感性がうまく調和していると思いますが、改めてお店の特徴を教えてください。

 

後閑 これは「The SG Club」だけでなく、ほかの店舗にも共通していることですが、芯となるコンセプトをしっかり固めていることです。メニュー、ロゴ、音楽、ユニフォーム、サービス、内装、ライティングなど……挙げるとキリがないのですが、コンセプトをしっかりと固めることで、その方向性がまとまっていきますから。

 

鈴木 確かに、後閑さんは現在、東京で2店舗、中国の上海で3店舗プロデュースされていて、どの店もそれぞれ明確なコンセプトが打ち出されていますよね。しかも、店舗ごとにまったく違うコンセプトになっています。

 

後閑 「ほかにあるような店を作りたくない」という思いもありますし、それ以上に誰もやってないことにチャレンジしたくなるんです。効率を考えると、同じような店を作ったほうが楽なのでしょうけど。

 

鈴木 なかでも、2018年にオープンしたこの「The SG Club」は、母国への凱旋ともいえる出店でしたが、日本に出店する店ならではの特徴はありますか?

 

後閑 行燈をモチーフにした照明や格子戸など、日本の伝統的な意匠を様々な部分に落とし込んでいます。この手法は、上海の店には使っていません。というのも、その地で生まれ育ったからこそわかる文化やデザイン、合致するストーリーってあるじゃないですか。

 

鈴木 確かに。「The SG Club」の「江戸時代にアメリカへ渡った侍たちが、帰国してバーを開いたら?」というコンセプトも、世界を見てきた後閑さんによる、日本のお店だから成立するということですね。

 

後閑 はい。デザインの面でもストーリーの面でも、ネイティブならではの要素をうまくちりばめることができて、内容もいっそう濃くなったと思います。

 

鈴木 「The SG Club」は国内のバーシーンをけん引する一軒だと思いますが、これからはどういう存在でありたいと思いますか?

 

後閑 欧米のバーのように開放的な空間でありたいです。バーに慣れていない人でも注文しやすいようメニューリストも用意しているので、気軽に利用してほしいですね。

 

鈴木 1階の「Guzzle」は昼からオープンしていて(※)、テーブルチャージもないのがいいですよね。外から店内の様子が見える造りですし、すごく入りやすいと思います。

※2020年12月11日現在は17:00~翌1:00で短縮営業中

 

後閑 うちみたいに自由な店が増えていけば、バーが日本人にとってもっと日常的になるのかな、と。「The SG Club」にはそういった思いも込めています。

 

鈴木 では、最後に今後の目標を聞かせてください!

 

後閑 自分の店づくりはもちろんですが、商品開発やプロデュースなどにも力を入れていきます。また、日本の文化を世界に発信する一方、海外の面白いバーカルチャーをもっと日本に広めて、バーの魅力をグローバルに伝えていきたいです。

 

鈴木 ありがとうございました! 今後のご活躍も楽しみにしています!

 

「The SG Club」は今年の11月、世界最高のバーアワード「THE WORLD’S 50 BEST BARS」で日本最高位の第10位を受賞。「バーの魅力をグローバルに伝えていきたい」という後閑さんの思いは、確実に実を結びつつあるようです。さらに同店では、自由に海外旅行ができない今、食を通じて旅の気分を味わってもらおうと、世界の様々な街をテーマにしたカクテルペアリングコース「SG Airways」を提供中。みなさんもぜひ「The SG Club」を訪れて、バーの魅力と後閑さんの世界観を堪能してみてはいかがでしょうか。

撮影/我妻慶一

 

<取材協力>

The SG Club

上海に「Speak Low」「Sober Company」をオープンしてきた後閑信吾さんが、世界3店舗目として渋谷にオープンしたのが「The SG Club」です。“1860年、幕府の命でアメリカに派遣された侍たちが、その文化を持ち帰って日本にバーを開いたら?”というのがコンセプト。店内は異なるテイストの3フロアで構成。1階はカジュアルなスタイルでカクテルが楽しめる「Guzzle」(ガズル=英語で“ごくごく飲む”という意味)、地下1階はクラシックな雰囲気の「Sip」(シップ=“ちびちび飲む”という意味)となっており、この頭文字をとって店名を「The SG Club」と命名したそう。2階は会員制のシガーバー「Savor」(セイバー=英語で“味わう”という意味)で、和とキューバの粋が溶けあう空間となっています。

住所:東京都渋谷区神南1-7-8 B1~2F

アクセス:JRほか「渋谷駅」徒歩8分

営業時間:日~木11:30~翌2:00、金土11:30~翌3:00(B1「Sip」は18:00~)

※2020年12月11日現在は17:00~翌1:00で短縮営業中

定休日:不定休

※上記は2020年12月11日時点の情報です。新型コロナウイルス感染症の影響に伴い、以降の営業時間等に関しましては、店舗にお問合せください

↑1階の「Guzzle」

 

↑地下1階の「Sip」

 

↑2階の「Savor」

 

記事に登場したお酒の紹介はこちら▼

・ブラントン

https://www.takarashuzo.co.jp/products/blanton/blantons/

 

後閑信吾さんインタビュー記事のバックナンバーはこちら▼

・第1回 「世界一のバーテンダー」が語る「日本と海外のバーの違い」の噺

・第2回 「世界一のバーテンダー」が語る! 初心者に伝えたい「バーのキホンと選び方」の噺

 

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