今回は、「東京・大衆酒場の名店」シリーズの番外編。下町の大衆酒場の名物・焼酎ハイボールには欠かせない「炭酸水」(以降は略して炭酸)について深堀りしていきます。
東京・下町の大衆酒場で生まれ、いまや全国で愛されている「酎ハイ」(※)こと「焼酎ハイボール」。その味を決めるものとして甲類焼酎や風味づけのエキスなどが注目されますが、ここで焦点を当てるのは、東京でつくられている飲食店用の「びん入り炭酸」。大衆酒場文化と炭酸に詳しい藤原法仁(のりひと)さんを講師に迎え、タレントの中村 優さん、GetNavi web編集部の小林史於(しお)を生徒役として、その魅力をレクチャーしてもらいます。今回は、びん入り炭酸が普及した背景から、炭酸の工場見学、代表的な銘柄を使った酎ハイの試飲会まで、盛りだくさんでお届けします!
※“ハイボール”とは、カクテル用語で「ウイスキーやジンなどをソーダ水などで薄めた飲料」(広辞苑)のこと。焼酎をソーダ水(炭酸)などで割ったものが「焼酎ハイボール」と呼ばれ、その略称が“酎ハイ”になりました
※本稿は、もっとお酒が楽しくなる情報サイト「酒噺」(さかばなし)とのコラボ記事です
炭酸は名優を陰で支える名脇役
中村 藤原さん、今日もよろしくお願いします! 今回のテーマを聞いて、そうだ、炭酸ってつくってるんだなぁ、と改めて思いました。炭酸について深く考えたことがなかったんですけど、思ったより種類があるんですね。
藤原 でしょう? 下町の大衆酒場で見られるびん入り炭酸は、私の周りで確認できる限りだと10種類程度。どれも水道水を使っているから、どこでつくっても同じだろ? と思われるけれど、メーカーによって微妙に味の個性が出るんです。一般的な違いはガス圧。舌に残るピリピリ感が一番わかりやすいです。
小林 すみません、そもそもの話なんですが、焼酎を炭酸で割るメリットって何ですか?
藤原 味わいを長く持続できることですね。例えば、テキーラのショットグラスだとすぐ飲み終わってしまいますが、それを炭酸で割ると量が増えて長く楽しめます。アルコール度数も低くなるので、料理の味を邪魔することもありません。あと、のどごしが良くなって刺激が加わるから、口の中がリセットされてお酒が進みますよね。
小林 確かに、ゴクゴク飲めて、のどにバチバチ来る感じがいいですよね! 水割りだとちょっと物足りないけど、炭酸で割ると華やかさが加わります。
藤原 ただし、割った炭酸がおいしくないと、全体が残念な印象になってしまいます。その意味で炭酸は、名優を陰で支える名脇役と言えるでしょう。
びん入り炭酸には多くのメリットがあった
中村 こういうびん入りの炭酸って、いつごろから出始めたんですか?
藤原 戦後からですね。それまでラムネやサイダーは飲まれていましたが、水と炭酸ガスだけのプレーンな炭酸を飲む文化はありませんでした。戦後、進駐軍がウイスキーをソーダ水(炭酸)で割っていたのをヒントに、焼酎を炭酸で割って飲むようになったんです。
中村 あ、そのエピソードは、前回取材した三祐酒場で聞きましたね! でも、どうしてびん入りの炭酸が下町の酒場で広まったんですか。
藤原 実は、前回の三祐酒場のように、昔から自家製の炭酸をつくっている酒場もありました。でも、炭酸をつくるボンベは値段が高くて場所を取る。だったら、びん入りを使ったほうが早い、となったわけです。
小林 確かに、「焼酎ハイボールを出すにはボンベが必須」となったら、なかなかハードルが高いですね。
藤原 それに、このびんはちょうど酎ハイ一杯分に使うから、この空きびんが並んでいるのを見て、この人は何杯飲んだんだな、ということがわかって都合がいいんです。
小林 へえ、回転寿司のお皿みたいな感じですか!
藤原 その通りです。あと、酎ハイは冷やすと美味しいんですが、前回の三祐酒場のご主人によると、当時の氷は高価で、今のようにグラスに入れて使えるほど手軽なものではなかったそうです。一方、冷蔵庫も炭酸のボンベと同様、高価でスペースを取るから導入できる店が少なかったんです。そうなると、びんをどぶづけして出すしかなかったわけですね。どぶづけというのは、水を入れた容器で冷やすこと。だから、炭酸もびん入りのほうが使い勝手が良かったんです。
炭酸のびんは再利用されるため、サイズが統一されている
中村 このびんもカワイイですね。ちょっとノスタルジーを感じます。
藤原 このびんは、洗浄して再利用されるリターナブルびんで、お店にびんだけを持っていくと換金してくれますよ。
中村 びんを捨てずに再利用するなんて、エコですね!
藤原 びんのサイズはどのメーカーも200mlで、みな同じ大きさになっています。これは、びんを回収する通い箱が共有できるから。ですから、たまにメーカーが取り違えて、びんのボディと王冠でブランド名が一致しないときもあります(笑)。
小林 へえ、それは面白い! そんなびんに出会えたらラッキーじゃないですか(笑)。
藤原 ちなみに、配達する側にとっては、炭酸を扱うお店が同じ通り道にあったほうが配りやすいし、空きびんも回収しやすい。ということで、一軒が炭酸を使い始めると、「あの店で人気ですよ」と、近くのお店に営業をかけるんでしょうね。近辺の飲食店に炭酸が広まっていくんです。
中村 なるほど。その話を聞くと、前回に聞いた「酎ハイ街道」みたいに、ストリートができる意味がちょっとわかります。
藤原 いいところに気がつきましたね。確かに、酎ハイ街道でも同じようなことがあったかもしれません。人気が伝われば、じゃあウチでもやろう! となりますからね。
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炭酸工場を見学し、できたての味に感激!
中村 ちなみに、この炭酸ってどうやってつくられているんですか?
小林 あ、それ聞いちゃいます? 実はここに来る前、炭酸を手に入れるついでに、藤原さんと一緒に炭酸メーカーの「東京飲料」さんの工場を見学させてもらったんですよ。
中村 えっ、それは面白そう!
小林 いやぁ、あれはすごかったですよね! 製造工程を簡単に言うと、リターナブルびんを洗浄→ろ過・殺菌した水に二酸化炭素を混ぜる→びんに詰めて殺菌→検査・箱詰め、という流れです。藤原さん、そうですよね?
藤原 そうそう。工場に大きなタンクがあったのを見たでしょう? 二酸化炭素は水に溶けにくいので、あのタンク内で高い圧力をかけて、なかば無理やり二酸化炭素を溶かすんです。水に溶ける気体の量と圧力には「ヘンリーの法則」と呼ばれる関係があって、高い圧力をかけるほど、気体は水によく溶けますから。
小林 あのタンク、上ぶたにでっかい鋲がいくつも打ってあって、いかにも頑丈なつくりでしたね! 中では相当強い圧力がかかっているんだろうなぁと思いました。
藤原 打栓前の炭酸を飲ませてもらいましたが、ウマかったですよね! しっかり冷えていて、炭酸ガスもきめ細やかでシュワっと勢いもありました。
小林 あれは貴重な体験でしたね~。実際に工場を見学すると、1本の炭酸を見る目も変わってきます。特に、最終工程で東京飲料の寺田社長が通い箱に入れる前、真剣な目で1本1本チェックしているのが印象的でした!
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4種の炭酸で酎ハイをつくって比較試飲
小林 というわけで、できたての炭酸が手に入ったところで試飲してみましょうか。今回は、4種類の炭酸で酎ハイをつくって試飲していきます。では藤原さん、基本的な飲み方から教えてください!
藤原 最初に焼酎を入れるか、炭酸を入れるかという問題があります。墨田区あたりだと炭酸は先に入れる店が多いですね。最初に入れるほうが、絶対にあふれないですから、こんなふうに。……って、あふれちゃいましたね(笑)。まあ、これはこれで「炭酸かけ流し」といって縁起物みたいなものです。
中村 おおー、すごい泡! その注ぎ方、知ってますよ! 篠崎の「大林」で教えてもらった「ぶっさし」(※)ですよね。
※びんを真下に向けて一気に入れる注ぎ方。「反転注ぎ」や「隅田式」と呼ばれることもあります
藤原 下町酒場では普通、これにエキスが入っているんですが、今回は宝焼酎に炭酸を入れただけのシンプルな酎ハイで飲み比べていきましょう。
小林 ではまず、葛飾区は野中食品工業の「ドリンクニッポン」から。これはどういうブランドでしょうか?
藤原 こちらは、葛飾区や江戸川区で最もよく目にする下町炭酸の有力ブランドですね。私は「稀代の暴れん坊」と評価しています。
小林 おお、1杯目にふさわしいブランドですね。それでは、カンパーイ!
中村 あっ、美味しい! 私、酎ハイって甘くないと飲みづらいと思っていたんですけど、これはすごく美味しいです!
小林 あ、中村さん、ついにそのトビラを開けてしまいましたか! ようこそコチラ側へ(笑)。炭酸の印象はいかがですか?
中村 炭酸は強すぎず、弱すぎず、ほどよい刺激です。
藤原 飲み飽きないですよね。どんな料理にも合いますよ。
小林 まだ1杯目ですから、これを基準に飲み比べていきましょう! 続いて2杯目は同じ野中食品工業の「花月」です。
藤原 この「花月」はもともと別の会社が手掛けていたブランド。経緯は不明ですが、近年になって野中食品工業が生産するようになりました。
中村 (注いだ様子を見て)ああー見るからに泡が!
小林 ええ、炭酸の粒がデカい! では、いただきましょう!
中村 あれっ、見た目の割にバチバチこないです。ドライな味わいで、少し苦みが出るような。こっちのほうがオトナな味って気がします。
小林 確かに、思ったよりおとなしい印象ですね!
藤原 花月は口のなかでうまく炭酸が溶けている。さっきのドリンクニッポンは、のどまで炭酸が伸びてくるんですよ。
できたてを調達した「トーイン」の味わいは?
小林 いやー、炭酸が変わると印象も変わりますね! 次は下町でつくられたものではないのですが、中野区・東京飲料の「トーイン」を試しましょう。今日、工場で調達してきたものです!
中村 泡の見た目は普通。花月ほど大きくはないですね。いただきます!
藤原 ああ、明らかに刺激がやわらかいですね! これは油っこい料理に合いそう。
小林 泡が滑らかで美味しい! 香りも立っています!
中村 なんでだろう、コレが一番濃く感じる。お酒の濃さ違うかな? っていうくらいです。
小林 香りが立って、焼酎の風味が強まるのかもしれませんね。さて、最後は墨田区にある興水舎の「アズマ炭酸」です。
藤原 こちらは戦前からラムネをつくっていて、一番歴史が古いメーカーですね。アタックは強めですよ。
中村 うん、泡の見た目は粒が大きいですね! それでは、カンパーイ!
小林 飲んでみたら、口のなかでデカい泡が弾けて、舌にビリビリきます!
中村 最初は泡が大きく感じるけど、あとで細かい刺激が来ますね。初めの勢いがスーっと消えてお酒の甘味が残ります。
試飲では「西の横綱」と「東の横綱」が好評
小林 では、4種類すべてを試したところで、お二方の一番のお気に入りを教えてください。ちなみに、私は工場まで行って手に入れた「トーイン」が好きです!
中村 私が好きなのは「ドリンクニッポン」! やさしい甘味を感じて、とても飲みやすく感じました。
藤原 僕も中村さんと一緒で「ドリンクニッポン」(笑)。まあ、小林さんが選んだ「トーイン」はいわば東京の西の横綱で、「ドリンクニッポン」は東の横綱。東と西の両雄が選ばれたという形ですね。
小林 最後に中村さん、これまでを振り返ってみていかがですか?
中村 飲む前は炭酸の違いなんてわかるのか、自信がなかったんですが……試してみたら、明らかに違いがあって面白かったです。炭酸って大事なんですね! あと、シンプルな酎ハイも美味しいんだ、とわかったのも良かったです。なんでいままで知らなかったんだ…‥と悔しく思うくらい。これからはもっと試していきたいです!
奥深い炭酸の世界に触れ、さらなる酎ハイの魅力に目覚めた中村さん。みなさんもぜひ、「下町炭酸」を見かけたら酎ハイで使ってみてください。きっとハマるはずですよ!
撮影/我妻慶一 撮影協力/大衆酒場 酒呑気まるこ(東京都渋谷区鶯谷町4-1-1F) 取材協力/東京飲料株式会社
記事に登場したお酒の紹介はこちら▼
・宝焼酎
https://www.takarashuzo.co.jp/products/shochu/takarashochu/
「東京・大衆酒場の名店」バックナンバーはこちら▼
・第1回 【東京・大衆酒場の名店】この緊張感は何だ? 行列しても入りたい立石「宇ち多゛」の強烈な魅力の噺
・第2回 【東京・大衆酒場の名店】初心者女子と楽しく学ぶ! 篠崎「大林」の魅力と「下町酒場の成り立ち」の噺
・第3回 【東京・大衆酒場の名店】伝説の「三祐酒場」で聞く「元祖焼酎ハイボール」発祥の噺
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