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2021/4/23 21:00

知っておきたいワインの蘊蓄。ソムリエが解説する「オーストラリアワイン」の5産地にまつわる話

自宅でワインを楽しみたい、できれば産地や銘柄にもこだわりたい、ワインを開けて注ぎ、グラスを傾ける仕草もスマートにしたい……。そう思っても、基本はなかなか他人には聞きにくいもの。この連載では、そういったノウハウや、知っておくとグラスを交わす誰かと話が弾むかもしれない知識を、ソムリエを招いて教えていただきます。

「ワインの世界を旅する」と題し、世界各国の産地についてキーワード盛りだくさんで詳しく掘り下げていく、このシリーズのフランス、イタリア、ドイツに続く今回は、ワインの“新世界”オーストラリア。寄稿していただくのは引き続き、渋谷にワインレストランを構えるソムリエ、宮地英典さんです。

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オーストラリアワインを旅する

オーストラリアにおけるワインの歴史を紐解くと、入植初期の二人のイギリス人の名前が挙がります。

 

一人目は、イギリスから8か月の航海の末、1788年初頭にシドニー湾にたどり着いたアーサー・フィリップ。ニューサウスウェールズ最初の統治者となる彼が、湾内のファーム・コーブに記念碑的に植えたブドウが、オーストラリア最初のブドウ樹でした。それまで、オーストラリアにはブドウは自生しておらず、一説には南アフリカのケープタウンで積み込んだ挿し木を植樹したと伝えられているため、ボルドー系品種だったのではないかと、私は想像しています。

 

ただ、シドニーは降水量が多くワイン生産に不向きだったため、徐々にブドウ畑は内陸に移り、フィリップ総督の帰国後、1795年にオーストラリアで初めてワインが生産されました。それから、ワイン生産が本格化するまでには、1820年代にイギリスからオーストラリアに渡った“オーストラリアワインの父”ジェームズ・バズビーの登場を待たなければなりません。ハンター・ヴァレーを初めてのワイン産地として確立し、1830年代には650品種をオーストラリア行きの船に積み込み、そのうちの362品種が長旅に耐え現地に持ち込まれたといわれています。

 

その後、ヨーロッパから栽培、醸造の経験のある入植者によって、広大なオーストラリア大陸のブドウ栽培に適した南側沿岸部に、ワイン産地が広がっていきます。東のシドニーから西のパースまでの距離は、モスクワからロンドンまでの距離よりも長いと聞けば、その広大さを理解いただけるかもしれませんね。

 

オーストラリアワインの200年ほどに及ぶ歴史のなかで、20世紀半ばまでは、輸出用の酒精強化ワイン(ポートワインなど)が主流でした。国内の一般消費者にとっても、ワインはそれほど身近ではなかったと聞くと意外に思えますが、日本でもほんの50年ほど前まで“ワインを飲む”という人が少数派だったことを考えると、腑に落ちる気がします。

 

現在では、その広大な土地の多様な気候風土から幅広い高品質ワインが造られ、ワインツーリズムやワインイベントも盛んな環境も、洗練され近代化されたのは、ほんのつい最近のことなのです。

 

[目次]
1. 南オーストラリア州バロッサ・ヴァレー
2. 南オーストラリア州クナワラ
3. 南オーストラリア州クレア・ヴァレー
4. ヴィクトリア州ヤラ・ヴァレー
5. 西オーストラリア州マーガレット・リヴァー

 

1. 南オーストラリア州バロッサ・ヴァレー 〜オーストラリアのナパ・ヴァレー〜

 

アデレードを州都とする南オーストラリア州は、オーストラリア全体のワイン生産の48%を占め、アメリカにとってのカリフォルニアのような“ワイン州”。そのなかでも、バロッサ・ヴァレーは、まるでカリフォルニアにおけるナパ・ヴァレーのような中心的な存在です。

 

それぞれの国で、早くから産地としての評価を高めたこともあり、セラードアでのテイスティングや、現地のワインを楽しめる数々のレストランと併せて、観光客はワインツーリズムを楽しめるという点でも、このふたつの産地には似たところがあります。ただ、カリフォルニアワインと比べた時に、バロッサ・ヴァレーの銘醸ワインとしてのイメージは、日本人にとって見劣りするように私は思っています。

 

実際は、素晴らしい品質のワインを産み出し、大きな可能性をもった産地なのですが、オーストラリアワインの魅力を伝えるレストランやワインショップは日本ではまだまだ数少なく、もったいないと個人的には感じています。2019年の輸入量では、アメリカに次いで6位3.5%ですが、アメリカワインの方が金額ベースでは高価格が多い傾向にあります。

 

ノース・パラ川沿い30kmに渡って広がるブドウ産地、バロッサ・ヴァレーと、東隣のイーデン・ヴァレー(やや標高が高く、バロッサ・ヴァレーが拡張した産地)は兄弟のような産地で、「バロッサ・ゾーン」というふたつの地域を包括する呼称として「バロッサ」が用いられており、エチケットに「バロッサ・シラーズ」と表記されているワインはおおむね、この2地域のブドウをブレンドして造られています。

 

これまで、バロッサ・ヴァレーのシラーズは凝縮度の高いチョコレートのような濃密さとスパイシーさ、アルコール感も含め、主張の多い個性的なスタイルで知られてきましたが、「バロッサ・グラウンズ・プロジェクト」(バロッサ区域の土壌の差異を分析する試み)により、小区画ごとの個性が徐々に明らかになってきており、また意欲ある小規模生産者の手によって、よりエレガントなスタイルでのテロワール表現に挑戦したワインが、続々と産み出されています。

 

これから、そういった区画ごとのラベル表記がされ、それぞれの区画の味わいのスタイルが知られていったなら、シラーズを中心としたバロッサのワインは、より広がりのある世界観を感じさせてくれるのではないでしょうか?

 

元々、ジェームズ・バズビーがエルミタージュから持ち込んだブドウ樹が、オーストラリアのシラーズの始祖にあたるといわれているのですが、19世紀当時、シラー(Syrah)はシラース(Scyras)とも呼ばれていたそうで、シラーの名称の起源のひとつであるペルシアの都市シラーズ(Shiraz)に由来。19世紀に持ち込まれたシラーは、当初からイギリス人入植者の間でシラーズと呼ばれ、200年に渡って、ローヌ地方よりも温暖で乾燥したバロッサに適応したブドウ品種になっていきました。

 

エレガントなテロワール表現は、世界中で同時進行するトレンドでもあり、シラーズ(=シラー)の魅力をより広げる可能性がバロッサにはあると思うのです。写真はイーデン・ヴァレーのシラーズも使用した広域バロッサのワイン、入門編的なワインとして紹介させていただきます。

 

Elderton(エルダトン)
「Barossa Shiraz2017(バロッサ・シラーズ2017)」
3500円
輸入元=ヴィレッジ・セラーズ

 

次のページでは、オーストラリアのカベルネ・ソーヴィニヨンを象徴する産地、南オーストラリア州クナワラについて。

2. 南オーストラリア州クナワラ 〜オーストラリアのカベルネ・ソーヴィニヨンを象徴〜

 

カベルネ・ソーヴィニヨンは、赤ワインの代名詞的なブドウ品種で、現在世界中で栽培されています。色調が濃く、カシスやベリーといった果実の味わい豊かで、渋みのあるフルボディ・スタイルのワインを産みますが、本当の意味で適した産地というのは、実はそれほど多くはありません。

 

アデレードの南400km、ヴィクトリア州との境に位置するペノーラ村の北に広がるクナワラは、ワインに興味のない人にとっては、足を踏み入れる可能性の低い辺境の土地なのかもしれませんが、この土地を特別なものにしているのは、ほかならぬカベルネ・ソーヴィニヨンでしょう。「テラ・ロッサ」と呼ばれる赤土の表土の下には石灰岩、その下には良質な地下水を湛える土壌で、晩熟で水はけのよい土地を好むカベルネ・ソーヴィニヨンにとって、世界でも数少ない好適地として、素晴らしいワインを産み出しています。

 

元は主にシラーズが植えられており、20世紀前半には「ヴァイン・プル・スキーム」(政府主導のブドウの抜根政策)の対象にもなりかけましたが、1960年代以降、カベルネ・ソーヴィニヨンにスポットライトが当たり、一躍銘醸地となりました。

 

現在では、9割以上赤ワインが造られ、栽培品種の6割以上はカベルネ・ソーヴィニヨンが植えられています。ブドウ畑は、リドック・ハイウェイ(1890年頃初めてブドウを植えたスコットランド人、ジョン・リドックの名前を残しています)沿いの20kmほどに、約90のブドウ栽培農家、ワイナリーやセラードアは20数軒と、それほど大きな産地ではありません。また、温暖なイメージがありますが、生育期の平均気温ではボルドーよりも1℃ほど冷涼でもあります。

 

クナワラというと、ワインに親しんでいないとなかなか耳にする機会は少ないかもしれませんが、ことカベルネ・ソーヴィニヨンという品種のワインが好きであれば、ぜひ一度手に取って味わっていただきたい産地です。

 

Bowen Estate(ボーエン・エステート)
「Coonawarra Cabernet Sauvignon2018(クナワラ・カベルネ・ソーヴィニヨン2018)」
4000円
輸入元=ヴィレッジ・セラーズ

 

次のページで取り上げる3つめの産地は、南オーストラリア州クレア・ヴァレーです。

3. 南オーストラリア州クレア・ヴァレー 〜オーストラリア最高のリースリング〜

 

バロッサの北に位置するクレア・ヴァレーは、アイルランド人エドワード・グリーンソンによって、1846年に名付けられました。オーストラリアは多くの地域で、開拓者としてイギリス系の人物の名前が残りますが、アデレード近郊はドイツ、ポーランド系の移民が多かった地域でもあり、バロッサのイーデン・ヴァレーとクレア・ヴァレーでは、ドイツ系品種とされるリースリングが、主要品種のひとつとして当時から今に至るまで栽培されています。

 

また、バロッサ・ヴァレーをはじめとして、オーストラリアの各産地では大手資本のワイナリーが土地土地の主要生産者としてワイン産業を牽引していますが、クレア・ヴァレーでは小規模な生産者が多く、品質の追求という点でも、信頼のできる産地です。今ではニュージーランドを中心に世界的に普及したスクリューキャップを、2000年頃から本格的に採用したのもこの産地であり、そういった意味でも先駆者的な存在です。

 

イーデン・ヴァレーに比べ、クレア・ヴァレーのリースリングは“ライムのよう”と形容される、鮮烈な酸と、にじむような奥行きのある味わいが特徴的で、その硬質で繊細ともいえる個性をコルク・ダメージから守るためにいち早く決断したことは、その後のワインの世界に大きな影響を与えました。

 

一度、2000年ヴィンテージの「ポーリッシュヒル・リースリング」を、コルクとスクリューキャップで7年ほど熟成したものを比較試飲する機会があったのですが、そのフレッシュさが失われることなく、ほのかに果実味が熟成している味わいからは、クロージャーを通じて生産者の思いを感じるようで、特別なワイン体験でした。

 

リースリングが好みなら、ドイツ、アルザスだけではなくクレア・ヴァレーのリースリングも一度お試しいただきたいと思います。

 

Grosset(グロセット)
「Polish Hill Riesling2016(ポーリッシュヒル・リースリング2016)」
6500円
輸入元=ヴィレッジ・セラーズ

 

4つめの産地は、ヴィクトリア州ヤラ・ヴァレー。

4. ヴィクトリア州ヤラ・ヴァレー 〜ゴールドラッシュとフィロキセラとブルゴーニュ品種〜

 

19世紀、オーストラリアのワイン生産の中心は、メルボルンを州都とするヴィクトリア州でした。写真の「イエリング・ステーション」は、メルボルンの北東(車で1時間ほどの距離)に位置するヤラ・ヴァレー最古のワイナリーで、その歴史は1838年にまでさかのぼることができます。

 

現在ヤラ・ヴァレーは、ピノ・ノワールとシャルドネで成功を収める産地となっていますが、その道のりは平坦なものではありませんでした。1850年代にイエリング・ステーションを引き継いだスイス人、ポール・ド・カステーラは、シャトー・ラフィットの穂木(ほぎ)を2万本ほど植え、1889年のパリ万国博覧会では“南半球のワイン”として唯一のグランプリを獲得。現在でも、素晴らしいボルドー・スタイルはあるのですが、19世紀の主流はカベルネ・ソーヴィニヨンだったのですね。

 

19世紀半ばのゴールドラッシュでは多くの移民を受け入れた結果、人口の激増と現在につながる多様な文化の礎を形成し、質量ともに、ヴィクトリア州はワイン産業の隆盛の時代を過ごした時期の出来事でした。ところが1870年代に、メルボルンの対岸ジーロングを始まりとしたフィロキセラ(害虫)禍によって壊滅的な被害を受け、生産者の帰国やブドウ畑の牧場への転用といったワイン産業の逆風のなかで、ヤラ・ヴァレーのブドウ畑は1920年代までに多くが失われてしまいました。

 

この地域のワイン生産が復活を遂げるのは1960年代以降のこと。当初は、以前と同じように高品質なボルドー・ブレンドが主流でしたが、1980年代には挑戦的な造り手によって、それまでにはない高品質なピノ・ノワールが、オーストラリアワインの地図に描き出されます。イエリング・ステーションは、この産地の盛衰を表すかのように幾度となくオーナーが変わり、現在のオーナーが購入したのは1996年のことです。

 

現在、世界で一番住みやすい都市のひとつとして名前の挙がるメルボルンは、多様な価値観を許容し、さまざまな困難を乗り越えてきた歴史があります。それは、オーストラリアワインの長くはない歴史のなかでの幾多の困難とも重なり合うように思えるのです。メルボルンからのワインツーリズムといえば、ヤラ・ヴァレーが真っ先に候補に挙がる銘醸地ですが、そう思って手に取ると、ヤラ・ヴァレーのワインにはこれからも変化し続けるという気骨やバイタリティを感じるのは、私だけでしょうか?

 

21世紀になってからも、再度のフィロキセラ禍、地球温暖化と、この地域の試練は枚挙にいとまがありませんが、より冷涼な畑での新しいスタイルのワインなど、これからの可能性にも満ちた魅力的なワイン産地です。

 

Yering Station(イエリング・ステーション)
「Village Pinot Noir2015(ヴィラージュ・ピノ・ノワール2015)」
3200円
輸入元=ヴィレッジ・セラーズ

 

最後に紹介する産地は、プレミアムワインを産む美しいワイン観光地、西オーストラリア州マーガレット・リヴァーです。

5. 西オーストラリア州マーガレット・リヴァー 〜プレミアムワインを産む美しいワイン観光地〜

 

広すぎるオーストラリアの大部分は、ブドウにとっては暑すぎるか乾燥しすぎていて、主要なワイン産地はシドニー(ニューサウスウェールズ州)、メルボルン(ヴィクトリア州)、アデレード(南オーストラリア州)の周囲、南東の海岸沿いとタスマニアに限定されています。

 

西オーストラリア州は、そういった中心的な産地から1000km以上離れ、“陸の孤島”といった趣の産地。生産量はオーストラリア全体の5%ほどと、わずかですが、今回紹介するマーガレット・リヴァーを中心に、ことプレミアムワインに限ると、オーストラリアワインを楽しむうえで外せない重要な産地です。

 

州都パースからも300kmほど離れており、自然の恵みをふんだんに受けるオーストラリアのなかでも、マーガレット・リヴァーほど緑にあふれ、森林に囲まれた美しい景観はそう多くはないと、誰もが口を揃えます。そして、その素晴らしい自然環境のなかで産まれるワインも、オーストラリアのなかでも特に、エレガントでオリジナリティを表現した秀逸なものばかりです。

 

そして特筆すべきは、このワイン産地の歴史は50年そこそこと、日が浅いことではないでしょうか。1970年頃に初めてヴァス・フェリックスがワインを造り、モス・ウッド、カレン、そして写真のルーウィン・エステートといった、今も残る有力生産者が後に続きます。写真のルーウィン・エステートは、そのアートシリーズ・シャルドネが、リリースからほどなくイギリスの評価誌で最高賞を受賞し、ワインの品質を牽引するとともに、エチケットに採用された国内新鋭画家の作品を展示したアート・ギャラリーや、野外ステージで開催されるルーウィン・コンサートなど、文化芸術とワインを融合した企画で、このワイン産地を盛り立てています。オーストラリアの長くないワインの歴史のなかでも特に日が浅いマーガレット・リヴァーは、その雄大な自然と共に高品質のワインと独自のワインツーリズムを提供し、成功を収めています。

 

Leeuwin Estate(ルーウィン・エステート)
「Art Series Chardonnay2015(アートシリーズ・シャルドネ2015)」
1万500円
輸入元=ヴィレッジ・セラーズ

 

ワインを楽しむということは、味わうだけではなく体験するということ、ともに時間を過ごすことだと、マーガレット・リヴァーのワインは伝えていますが、オーストラリアワインの魅力とはそもそも、そういったところにあるように思えるのです。

 

※ワインの価格はすべて希望小売価格です

 

【プロフィール】

ソムリエ / 宮地英典(みやじえいすけ)

カウンターイタリアンの名店shibuya-bedの立ち上げからシェフソムリエを務め、退職後にワイン専門の販売会社、ワインコミュニケイトを設立。2019年にイタリアンレストランenoteca miyajiを開店。
https://enoteca.wine-communicate.com/
https://www.facebook.com/enotecamiyaji/